第26話 女教師ってステキ

 太陽が沈み、夕飯時もとっくに通り過ぎた頃。俺達は五日ぶりに≪ミーティン≫の地を踏むと、寄り道をせずにギルドへと向かった。

 どっぷり日は暮れているが、恐らくアリアがギルドで待っている。当初の予定では、夕方には着く予定だったが、途中で雨に降られて馬車の速度が落ちたりした結果、今の時間になっちまった。

 安全運転に努めた御者の兄ちゃんに罪は無し、悪いのは空気の読めないあの雨だコンチクショウ。

 そんな恨み言を心の中で吐き出している内、ギルドへと到着した。俺達が足を止めずに中へ入ると、聞き慣れた涼やかな声がする。


「あら、おかえりなさいムサシさん」

「ただいまー……悪い、夕方には着く予定だったんだが」

「お気になさらず、待つのは得意です」


 そう言って、アリアは小さく笑う。そして俺からすっと視線を外し、背後に控えていたリーリエ達へと目を向けた。


「リーリエもコトハさんも、おかえりなさい」

「ただいまです!」

「ただいま~。アリアはんの方はどう? 何か変わった事はあらへんかった?」

「至って平和でしたよ、ギルドマスターに頼まれた書類仕事が少し多かったくらいで」


 ……あの野郎。アリアの優秀さは知れ渡る所であるから致し方無いとは思うが、何となくムカつくから今度ドアの前にバナナの皮千枚位ばら撒いといてやろうか。


「ラトリアさんも、おかえりなさい。どうでしたか、初めてのクエストは?」

「ん……だいじょうぶ、だった。ムサシ達が、サポートしてくれたから」

「それは何よりです。さて、そうしましたらクエスト完了手続きを行いましょうか。依頼書の写しと、討伐したカルブクルスの一部素材の提出をお願いします」

「「「「あっ!」」」

「……あ」


 アリアの一言で、俺達はハッとした表情になる。そうか、そうだよな……討伐の証明の為に、素材が必要になるよなぁ!?

 しかし、肝心のカルブクルスはラトリアの魔法で跡形も無くなっちまった。そりゃもう、綺麗さっぱりと……ど、どうしよ。今までこんな事無かったからなぁ。


「……? どうかされましたか?」


 俺達が若干冷や汗を流し始めたのを見て、事情を知らないアリアが怪訝な顔をする。うーん……いや、隠したってしょうがねぇ。正直に全部話すしかねぇな。


「えーっとだな、実は……」


 俺は周りに聞き耳を立てている奴が居ない事を確認してから、アリアに事の経緯の説明を始めた。


 ◇◆


「なるほど……そんな事が」


≪ジェリゾ鉱山≫で起こった事。主にラトリアの事についてをかいつまんで話すと、アリアは暫く顎に手を当て、やがて顔を上げた。


「取り敢えず、クエストの報告については大丈夫です。ギルドの方で依頼主の鉱夫組合に確認が取れれば、素材の提出無しでも完了手続きを行う事は出来ますから。ただ、少し時間が掛かるので報酬金の受け渡しは今直ぐにとはいきませんが」

「そりゃそうだな」

「出来るだけ早めに手続きが行えるようにしますので、そこは皆さんご理解をお願いします。それとラトリアさんの魔法についてですが……ワタシも、新しい魔法を覚えた方が良いと思います」


 アリアの言葉で、俺達は頷き合う。それを見ていたラトリアの手に、きゅっと力が入るのが分かった。


「ラトリアさんの体に掛かる負荷の軽減という理由が第一ですが、それ以外にもスレイヤーとしてこれからいくなら、間違い無く必要かと」

「だよなぁ……」

「本当は、スレイヤーの登録を行った時にラトリアちゃんが魔法の教練をギルドで受けられれば一番良かったんですけど……」

「仕方あらへんよ。そもそもラトリアはんの場合ケースが特殊やから、他の新人スレイヤーと一緒に受けさせる訳にはいかへんからなぁ」

「うんむ」


 ぽんぽんとラトリアの頭を撫でながら俺は思案する。

 ラトリアに過剰な負荷がかかる、クエストの報告に支障が出るというのもそうだが、スレイヤーとしての稼ぎを良くするという意味合いも強い。だからアリアは“生計”と言ったのだ。

 スレイヤーの収入源と言えば、クエスト達成時の報酬金である。しかし、それだけだと日々の生活や武具の整備、アイテムの買い揃え等で割とカツカツになる事が多い。

 そこで役立つのが、クエストの時に手に入れた素材だ。ドラゴンの素材にせよ鉱石や薬草類にせよ、余った分等を換金所で売れば結構なお値段になる。

 相手がドラゴンの討伐ともなれば、換金が占める収益の割合は非常に多くなる。自分が使う分以外は全部売り払って、それで得た金銭とクエストの報酬も合わせれば結構豊かで余裕のある生活が出来る様になるのだ。

 だが、ラトリアの【六華六葬六獄カタストロフィー】を使ってドラゴンの討伐を行った場合、今回の様な素材が何一つ残らない状況が発生する。

 それでは、余りにも割に合わない。少なくとも、将来ラトリアが独り立ちしたいと言い出した時に「金が無ぇ!」って事にならない様にする必要があるのだ。

 その為に、【六華六葬六獄カタストロフィー】以外の魔法の習得が急務……世知辛い話ではあるが、こればっかりは捨て置けない問題だ。

 防人としての役割を担うスレイヤーではあるが、そのスレイヤー自身の生活も懸かっているのだから。


「お金を稼ぐって、大変だなぁラトリア」

「……?」


 俺のしみじみとした呟きに、ラトリアが不思議そうな顔をする。あ、これは良く分かってない顔ですね……しゃーない、説明しませう!


 ◇◆


 俺達がラトリアに討伐後ドラゴンの素材を手に入れる事の重要性、生計の立て方等を説明すると、ラトリアはきちんと理解して納得してくれた様だった。


「……スレイヤーって、思ってたより、たいへん」

「そりゃあな。ラトリアの中にある魔法少女ってスタイルからは大分かけ離れちまってるか?」

「ん……でも、しかたない。生きるのは、戦いだから……夢だけじゃ、おなかは膨れない」

「あ、結構シビアな考えも持ってるんだねラトリアちゃん……」

「ええ事やと思うよ? ちゃんと理想と現実の差を理解してるって事なんやから」

「そうですね。あ、でもだからと言ってラトリアさんの中にある“憧れ”と言う物は捨てなくても大丈夫ですからね?」

「そう、なの?」


 アリアの言葉に、ラトリアは少しだけ曇っていた顔をパッと上げる。それを見たアリアは柔らかく笑いながら窓口から出てきて、ラトリアの髪を優しく梳いた。


「はい。きちんと力を身に着ければ、ラトリアさんの目指すスレイヤー像にきっと辿り着けます。ですから、これからワタシ達と一緒に魔法の勉強を頑張りましょう」

「うん……!」


 自分の夢を否定せず、道を示したアリアにラトリアは花が咲いた様な笑顔を見せる。その光景を見ていたリーリエとコトハの口から、言葉が漏れた。


「何だか……先生と生徒みたいですね」

「せやね……」

「何を他人事みたく言ってんだ、これから二人もラトリアの先生になるんだからな?」

「わ、分かってますよ!」


 俺の突っ込みにリーリエがぷくっと頬を膨らます。その様子を見て苦笑するアリアだったが、ふと思い出した様に俺の顔を見た。


「あ、でもラトリアさんの勉強を手伝っている間ムサシさんには何をやって貰いましょうか。ワタシ達と同じ様に魔法を教えるのは……難しいですよね?」

「アリア。“難しい”じゃないぞ、“出来ない”だぞッ!」


 ドン! と胸を張って俺が言うと、ラトリアを除いた三人がはぁと息を吐く。何だよぅ、正直に言っちゃ悪いのかよぉ。

 ま、冗談はさて置き。現実問題、俺に魔法の指導は不可能なので時間が空く事になる。その間に、俺は俺で調べ物をしよう。主に、あの不気味な地鳴りについてだが……結果を出せるかと言えば、正直不安ではある。しかし、やってみない事には分からない!


「にしても……女教師アリアか」

「……ムサシさん、何かいやらしい事考えてません?」

「控えめに言って興奮してた」

「助兵衛な上に変態さんやったか……」


 リーリエとコトハが頭を抱えていると、ふっと小さく笑ったアリアが立ち上がりずいと俺の前に一歩出る。そして眼鏡をクイと手で上げながらそっと俺に囁いた。


「――ムサシも、一緒に授業を受けますか?」

「ッ!? 受けます受けます是非受けます! あ、出来ればアリア先生には白のカッターシャツと黒のタイトスカート、それに黒ストとちょっとだけヒールが高い靴を履いて頂きたいです!! そして俺にの授業をおどどどどどどどどどどどどど!!!??!?」

「ムサシさんのスケベ! ヘンタイ! 背徳男!!」

「ちゅうか、“ほけんたいいく”ってなに?」


 目を血走らせながら欲望を口から吐き出し切ろうとした俺だったが、両サイドに居たリーリエとコトハが容赦無く罵りながら俺の脇腹をド突きまくって来た事により、悶絶して閉口する羽目になった。

 てか、鎧着込んでるのにその上から俺の肉体にこれ程のダメージ……あれだな、俺の周りの女性達は全員対俺特効を持ってるな。


「……ムサシ、コトハも言ってたけど……ほけんたいいくって、なに?」

「お、気になるか? まぁ言っちまえば性教育の事あ痛だだだだだだだだだだだ!?」

「ラトリアはん、ムサシはんの言葉には耳貸さんでええから!」

「と言うか、やっぱりその手の類の言葉だったんですね……!」

「……ムサシさんって、稀にワタシ達が知らない単語を使いますよね。でも、そうですね……

「アリアさん!?」

「アリアはん!?」

「おー……オトナの、授業……!」


 目を細めて静かに笑ってそう言ってのけたアリアに、リーリエとコトハは驚愕し、ラトリアは目を輝かせる。

 ふっ、俺としては大変有難いがな……しかし、言わせて貰おう。


「アリア……気持ちは嬉しいが、それは顔を赤くして言う様なセリフじゃないずぇ!」

「――っ!?」


 俺の致命的な指摘により、頬を染めながら余裕の姿勢を取っていたアリアの顔からボンッ!と羞恥心が噴き出す音がした。

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