第34話 芽吹き始める想い

【Side:コトハ】


(どうしてこうなってしもたんやろ……)


 テーブルを挟んで正面に座っているリーリエはんとアリアはんを見ながら、うちはボーっと考える。

 ひとまず、今日のについての話は収まった筈だった。その後ご飯食べて、少しお酒飲んで宿に帰る筈だったのに……最後の最後で、やってしまった。


「で、どういう状況でムサシさんの子守唄を聞く事になったんです?」

「う……」


 グラスに口を付けながら静かに聞いて来るアリアはんに、うちは言葉に詰まってしまう。

 油断していたと言わざるを得ない……まさかあの時の事を、知らず知らずの内に口にしていたとは。普段なら、そんな迂闊な事は絶対しない筈なのに……でも、どうして口に出てしまっていたのだろうか?


「その、うちが入院した日の夜やったんやけど……ムサシはんと色々とお話をしたんよ。うちの過去の事とか、これからの事とか」


 視線を泳がせながらそう話すうちを見詰めるリーリエはんとアリアはんの顔は真剣その物で、うちが適当な事を言うのを許さない。

 ムサシはんと恋仲にある二人からしたら、気になる話だとは思うけど……は、恥ずかしい……!


「話が終わって、もう今日は寝ようってなった時にムサシはんが言うたんよ……『眠れないなら子守唄でも歌ってやろうか?』って。ムサシはん的には、多分冗談のつもりやったと思うんやけど……でも、その」


 そこまで話して、うちはあの時の事を振り返る。

 そのまま冗談として受け流せばよかったものを、どうしてうちは真に受け取ってしまったのか……それが、未だに分からない。


「――あれ? 何で馬鹿正直にお願いしたんやろ、うち」


 ポツリと零したうちに、二人が少し目を丸くする。一拍置いて、リーリエはんが落ち着いた声で話し始めた。


「……案外、そこに深い理由は無いのかもしれませんよ?」


 酒精で頬を薄く染めながらも、落ち着いた様子でリーリエはんは言葉を紡ぐ。その一瞬だけ、リーリエはんがうちよりもに見えた。


「後から疑問に思った事なんて、大抵は考えても答えは見つかりません。その時コトハさんはそれを望んで、ムサシさんはそれに応えた……もしかしたら、コトハさんはムサシさんに自分の過去を話した事で、無意識に安堵していたのかも」

「安堵……」


 この地に至るまで、うちはずっと一人で戦って来た。誰の手も借りず、慣れあわず……臨時とは言え、パーティーを組んだのもムサシはん達が初めてだったし。

 寝る時も、傍に雷桜らいおうを常に置き気を張って眠っていた気がする。誰かが、うちが寝付くまで傍に居てくれた事なんて無かったし、居て欲しいなんて思った事も無い。

 でも、あの時ムサシはんが朝まで傍に居るって言ってくれた時……不思議と嫌な気持ちはしなかった。寧ろ、そう言ってくれた事で落ち着いた気すらした。


「それにしても、ムサシさんの子守唄……ちょっと想像出来ませんね」

「そうですね、ワタシ達は聞いた事がありませんから……コトハさん、ムサシさんはどんな子守唄を?」


 うちが悶々とした思考に囚われそうになった所で、話が本題に戻った。


「ん、聞いた事ない歌やったね。何処の言葉なのかも分からへんかったし……でも、凄く上手やったよ?」


 耳に残っているのは、静かに流れ込んで来る低い声。それを聞いて居たら、自然と眠りにつけた。


「……頼んだら歌ってくれないかなぁ」


 リーリエはんが机に突っ伏してうわ言の様に呟く。それを見たアリアはんが苦笑しながら優しくその金色の髪を梳いた。


「……二人とも、本当にムサシはんの事が大好きなんやね」

「うぇ!?」

「ええ。愛していますから」


 ガバリと体を起こして頬を朱に染めるリーリエはんと、平静を装いながら耳の先を赤くするアリアはん。二人の様子を見る限り、本当に強くムサシはんの事を想っているのだろう。

 にしても……“好きだから”じゃなくて“愛しているから”か。もしかしたら、三人の関係と言うのは単なる恋仲ではなくもっと奥深く、強い繋がりのモノなのかもしれない。



 ――ズキッ――



 そう考えた時、不意に心臓近くに痛みを覚える。それは一瞬の事だったけど……今まで感じた事の無い未知の感覚だった。


「でも、よくムサシはんがリーリエはんとアリアはんを二人いっぺんに恋人にするのを受け入れはりましたなぁ……自分だけを見て欲しいとは思わへんかったん?」


 ……今の質問は、少し意地悪だったかもしれない。でも、二人は意に介した様子も無く答えてくれた。


「んー……ムサシさんが『二人とも幸せにする』って言ってくれましたから、それ以上は望みませんでしたね」

「そうですね。ムサシさんがワタシ達を愛してくれるのなら、それだけで十分でしたから」


 そう言って笑う二人の様子を見て、また少し痛みが走った。


「……ねぇ、もし良かったら二人がムサシはん両想いになった時の事、うちに教えてくれへん?」

「えっ? わ、私は別に話してもいいですけど……」

「ワタシも構いませんよ。少し、気恥ずかしいですが」


 そうして語られ出したのは、三人が結ばれるまでのサクセスストーリー。それは、うちが想像していた様な甘酸っぱい物ばかりでは無かったけれど……話しているリーリエはんとアリアはんは、とても眩しく見えた。


 ◇◆


「……リーリエはん、寝てしもたなぁ」

「ですね。今日はこのままワタシの部屋で寝かせます」


 机の上で自分の腕を枕にして規則正しい寝息を上げ始めたリーリエはんを見て、うちとアリアはんは小さく苦笑する。とても、あの大説教をかましていた当人とは思えない位、年相応のあどけなさを残した寝顔だった。


「それにしても……中々、波乱万丈やったんねぇ」

「ええ。本来なら、ムサシさんと結ばれるのはリーリエ一人だけの筈でしたが……まさか、三人で幸せになろうなんて言われるとは、正直思っていませんでした」

「そらそうやね。リーリエはんの想いを成就させるために身を引こうとしたアリアはんを引き留めたのが、他ならぬリーリエはん本人なんやもんねぇ」

「はい。お陰で、ワタシは自分の想いを捨てずに済みました……凄い女性ですよ、このは」


 全く以ってその通りだと思う。一般的に、好いた相手には自分だけを見て貰いたいと願う物だと思うが、リーリエはんは違った。ムサシはんと同じ位大切な友人であるアリアはんにも幸せになって欲しくて……考えた末に、“ムサシさんには二人とも愛して貰おう”なんて結論には、中々至らない……否、至れない。

 そして、それに応えたムサシはんも相当である。不誠実だと言われるのを覚悟の上で“二人の愛をくれ”なんてセリフ、普通は言える物ではない。

 凄いのは、その後ちゃんとリーリエはんとアリアはんを平等に愛していて、二人もまたそんなムサシはんに愛されて幸福を感じていると言う事だ。


「アリアはんも中々やと思うよ? “何人連れて来てもいいから、ちゃんと自分達の事も愛せ”なんて、幾ら何でも豪気過ぎるわ」

「ムサシさんの隣に居続けたいのなら、そう言い切る位の覚悟と度量が必要なんですよ……あの人、苦しんでいる人に躊躇無く手を差し伸べて、無意識にそのまま相手の心を奪ってしまう様な人ですから」

「……自重して貰おうとは、思いまへんの?」

「ムサシさんはそう言う性質タチだと受け入れていますから……あまり、思いませんね。現にこうしてコトハさんを誑かしこんでいる訳ですし」


 ……えっ!?


「ちょ、ちょい待って? 誑かしこまれてる? うちが、ムサシはんに!?」

「あら、無自覚でしたか……思い当たる節、ありません?」

「ないない! うちがそんな、事……」


 アリアはんの指摘を否定しようとした自分の言葉で、再び胸に痛みが走った。何だこれは、これじゃまるで……。

 その時、うちの脳裏に今までのムサシはんとの記憶が蘇っていく。印象的なのは、夜の病院でのやり取り。

 どうして、あの時うちはムサシはんの言葉に耳を傾け自分の過去を話したのか。どうして、話し終わった後にうちの今までを否定されるのを怖がったのか。どうして、ムサシはんがうちが話した事全部を肯定してくれた時に安堵したのか。

 どうして、そこまで深い間柄では無かったムサシはんが隣に居て心置きなく眠る事が出来たのか……。


 どうして、どうして、どうして。考えれば考える程、疑問が尽きる事無く湧いて来る。そして、一つ湧く度に心の中が搔き乱される。

 うちが普通の暮らしをしていた頃にも修羅道に身を堕とした後にも、一度たりとて経験した事の無い状況に置かれた頭が、どんどん思考の坩堝るつぼに嵌まっていった。


「……はぁ。本当に、あの人は」


 そう言ったアリアはんの溜息が、随分と遠くに聞こえる。


 結局、自分の心に巻き起こった嵐の正体が掴めず……気が付けば、うちはアリアはんの部屋で朝を迎えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る