第33話 お説教だよゥ!

 その夜……俺とリーリエが≪オーラクルム山≫から帰り、コトハと模擬戦をやった夜。≪月の兎亭≫にて、俺は体を小さく縮こまらせていた。


「――聞いていますか、お二人とも!!」

「「ハイ、キイテマス」」


 腕を組みながら仁王立ちでこちらを見下ろすリーリエの怒気に、俺は食堂の床に正座をしてひたすら耐えていた。あるぇ? 前にも同じ事があった気がするなぁ?

 あの時と違うのは、俺の隣には同じ様に正座をして耳をしゅんと垂れているコトハの姿があるって事かな。


「何度でも言いますけど、幾ら模擬戦とはいえやり過ぎです! コトハさんだって復調したとはいえ、まだ病み上がりの状態だったのに……ハガネダチを討伐しに行く前に大怪我でもしたらどうするつもりだったんですか!?」

「いや、ちゃんと怪我をしない様に細心の注意を払ってたからそこは問題な――」

「そ う 言 う 問 題 じ ゃ あ り ま せ ん ッ ! !」

「ヒエッ」


 怖い、怖いぞリーリエ! 何がヤベぇって、今は夕食時の真っ最中で≪月の兎亭≫の食堂には俺達以外にも大勢人が居るって所だよ。

 いつもなら、こう言うお説教は営業時間外にブチかまされてたのに……つまり、今のリーリエは周りの目なんて気にしない位に怒髪天って事だな! 怖すぎる!!


「り、リーリエはん? ムサシはんはうちの為にやってくれた訳やから、そこまで怒らんでも……」

「私 は コ ト ハ さ ん に も 言 っ て い る ん で す か ら ね ?」

「ひいっ!」


 あーあ、自分から火中の栗拾いに行くような真似しちゃって……庇おうとしてくれたのは嬉しいが、今のリーリエにそれは逆効果やで、コトハ。

 ちらりと周りに視線を遣ると、他のお客さんが一斉に俺から目を逸らす。今のリーリエの領域に近付く様な馬鹿な真似をする輩は、どうやらここには居ない様だ。タスケテ……。


「全くもう! 本気で殺し合いを始めるわ、武器ハルバートはダメにするわ、訓練場をボロボロにするわ……見ましたか? ギルドマスターの顔! 死んだ魚みたいな目をして、ふらふらと修理の見積書を作ってましたよ!? 他の人達に迷惑を掛けてまでやる鍛錬って何ですか、大概にして下さい!! だいたい――」


 だーめだコレ。時間が経てば多少怒りも収まるかと思ったけど、どんどん激しくなってやがる。あとどの位耐え忍べばいいんだろう……。


(ムサシはん、ムサシはん!)

(どうした?)

(なんか、うちの知ってるリーリエはんじゃあらへんのやけど!)

(リーリエは基本優しい性格だけど、その分こうやって怒るとクッソ怖いんだよ!)

(何でもっと早くに教えてくれへんかったの!?)

(教える様な機会は無かっただろ! あとこの際だから言っとくけど、アリアも怒るとリーリエとは別ベクトルで怖いからな?)

(そ、そないな事今教えられてもどうしようもあらへんやん!)


「……お二人とも、何をひそひそ話しているんですか?」

「い、いや」

「な、何も話しておらへんよ?」

「そうですか。なら、私が今どんな事を話していたか分かりますよね?」


 あ、これ駄目だわ。学校で先生の話聞いてなかった時に、突然指名されて今先生が話してた事聞かれて、答えられずに怒られるヤツや。


「……この位でお説教は終わりにしましょう、って話だろ?」

「あ゛ん゛?」

「ススススイヤセンシタァッ!!」


 ドスの利いたリーリエの声を聴いた瞬間、俺はその場で流れる様に土下座を披露していた。周りの目もクソもあるか、今俺に出来る最大限の謝意を示すにはこれしかぬぇ!


「――リーリエ」


 事の推移を見守っていたアリアが、徐に声を上げる。ああ、やっとこの状況が終わる。

 内心で胸を撫で下ろした俺とコトハの前で、アリアはある物をリーリエに渡す……え、ジョッキ?


「水です。ずっと喋りっぱなしで喉がカラカラでしょうから、適度に水分を取って下さい」

「ありがとう御座います、アリアさん!」

「は!?」

「え!?」


 予想の真逆を行く展開に、俺もコトハも揃って素っ頓狂な声を上げてしまう。

 味方の援軍だと思ったら敵の増援だったでござる。そりゃそうか、そりゃそうだよなぁ! ちょっとでも甘い考えに逃げた俺が愚かだったッ!

 頭を抱える俺の横で、コトハは顔を青くする。「まだ続くのか……」そんな事を考えている顔だ。

 分かるぞ、その気持ち。お前がリーリエとアリアの前で誤解を招く様な事やった日の夜、俺もそう思ったからなぁ!!


 そんな俺達の前で、リーリエはアリアから受け取ったジョッキを腰に手を当てて一息で空にする。相変わらずいい飲みっぷりで――。


「……けぷ」


 ……ん? おかしい、ジョッキを飲み干したリーリエの顔がどことなく赤い。目も何だかふわふわした感じになってるし……ま、まさか。

 俺はアリアの方に視線を移す。見ると、その頬はほんのりと朱に染まっており、若干体がふらついている。これは……酔ってますねぇ!


「おいアリア! お前、それ水じゃなくて酒――」

「ムサシしゃん!」

「ゲェッ!?」


 やっぱりかよ! 一杯のジョッキで呂律が回らなくなってる当たり、かなり強い奴飲みやがったな……あと、一気飲みだったっつうのもあるな。危ないからやめようね!


「コトハしゃん!」

「り、リーリエはん大丈夫? 顔赤いよ?」


 二転三転するリーリエの様子に、コトハはおろおろとし始める。そらお前、自分の中にあった人間のイメージがここまで砕け散ったら慌てるだろうな。


「おふたりゅとも……正座ぁ!」

「もうしてる!!」

「もうしてるよ!?」


 あーもう収集つかねぇよコレ! おいアリア、何事も無かったかのようにテーブルに戻るな!

 結局、この後場が落ち着いたのは食堂から他のお客さんが居なくなった頃だった……。


 ◇◆


 月が真上に差し掛かろうと言う頃。色々とカオスだった状況が終わってから、俺達はテーブルを囲んで思い思いの酒を手に言葉を交わしていた。


「リーリエ、もう寝たら? 眠たいんだろ?」

「そんな事ないれす……ふゃ」


 俺の横でジョッキを片手にテーブルにべったりと頬を付けているリーリエを見て、一つ溜息を吐く。何だよ“ふゃ”って……クッソ可愛いんだが?


「リーリエ、そのままでは風邪をひきますからこの毛布を」

「アリア、毛布とジョッキの区別がつかないようならお前も寝ろ」

「むぅ……」

「何が“むぅ”だ」


 可愛く言っても駄目なもんは駄目。何でこの二人は毎回毎回悪酔いしちまうかね……まぁ「止めろよ」って話なんだが、リーリエもアリアも幸せそうに酒飲むからなぁ……。


「アリーシャはん、二人ともお酒飲むといつもこうなってまうんどすか?」

「ん、そうだね。大体こうなっちまうかねぇ」


 俺の対面では、コトハとアリーシャさんが並んで座りグラスを傾けている。今日が初対面の筈だけど、すっかり打ち解けている様だった。同性で、現凄腕と元凄腕……お互い、どこか通じ合う部分があるのかもな。


「しかし……アレだな。コトハとアリーシャさんって、酒飲む姿が凄く絵になるな」

「そうかい?」

「あら……ムサシはんには、どんな風に見えてるん?」


 クスリ、とコトハが悪戯っぽく笑いこちらを見て来る。どんな風、か……。


「……“色っぽい”かな。酔いどれ美人っつーの? まあそんな感じ」


 俺が正直にそう答えると、コトハは一瞬ポカンと口を開けてからアリーシャさんに耳打ちする。


「アリーシャはん……ムサシはんって、どすか?」

「だね。コイツは誰を相手にしてもって事をしないから……」


 聞こえてる、聞こえてるぞ二人とも。俺の聴覚が相手だとひそひそ話なんて成り立たねぇぞー……つってもなぁ。自分が言いたい事に何かしら着せるってのはあんまり得意じゃねえし、その辺は適当に受け流して貰えると有難いんだが。


「むむぅ……コトハさん、一つお聞きしたい事が」

「? なぁに?」


 そんな俺達の様子を見ていたアリアが、若干頬を膨らませながらコトハを見詰める。ちゃんと見えてるって事は、酔いに負けない位の真面目な話か?


「――ムサシさんの子守唄って、どんな感じでしたか?」


「ブッフォッッ!!?」

「ぶふっ!?」

「ふぇっ?」


 アリアの問いに、俺とコトハは同時に口に含んでいた酒を吐いてしまう。きたねぇ……が、そうなっちまう位のインパクトをもった爆弾発言だった。


「ななな何の事かなぁ? うち、全然わからへ――」

「ムサシさんとリーリエが≪オーラクルム山≫へ向かった日、治療院で眠ろうとした時に口から零れてましたよ」

「ふぐぅっ!? こ、声に出とったん……?」

「ええ、ハッキリと」

「お前……マジかよ……」

「こここコトハさん! 子守唄って何です!? ムサシさんが歌ったんですか!!?」


 あーあ、折角落ち着いて来てた雰囲気が台無しだよ……リーリエも目が覚めちまってるじゃないか……。


「……これは、尋問ですね!」

「そうですね。コトハさん、続きは上で」


 さっきまでの酔いは何処へやら、リーリエもアリアもしっかりとした足取りで立ち上がり、つかつかとコトハの両サイドに回るとその腕をガッチリと掴んで立ち上がらせた。


「えっ、えっ!?」

「さあさあ、二階に行きましょう。リーリエ、ワタシの部屋でいいですか?」

「はい、構いません。あっ、そうだアリーシャさん! テーブルの上に残っているお酒とグラス三つ、持って行っても良いですか?」

「構わないよ。グラスは明日の朝持ってきな」

「ちょっ! む、ムサシはん助け――」

「アリーシャさん、このおつまみ美味しいっすね。新作っすか?」

「ムサシはん!?」


 俺、しーらね。お前がバラしちまったんだから、自分の不始末は自分でつけて来い。心配すんな、骨は拾ってやるからよォ!


 そうして、コトハは自分よりも背の低い二人に腕を掴まれ、情けない抗議の声を上げながら二階へと拉致されていったのだった……ああ、巻き込まれなくてヨカッタ。

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