第31話 模擬戦(割とガチ)

【Side:ムサシ&コトハ】


「相手になる、って……ええの?」

「おう。戦闘訓練なら絶対敵役いた方がいいだろ?」


 少し遠慮がちに聞くコトハに、ムサシはつなぎの上半身部だけを脱いで袖を腰の辺りで結びながら快活に笑って答えた。


「うし、これでオッケー。ま、力不足にならない程度に努めさせてもらうさ……そのハルバートって刃潰してあるんだっけ?」

「せやね。訓練用の得物やし」

「なら問題無い……いや、あの速度で振ったら幾ら刃が潰してあっても服くらい余裕で斬れるな……しゃーねぇ、下着タンクトップも脱ぐか」


 一人そう納得したムサシは、つなぎの下に着ていたタンクトップも脱いで無造作にポーチに突っ込んだ。そうして現れた肉体に、コトハは息を呑む。

 ムサシが人ならざる膂力の持ち主だと言う事は分かっていた。ハガネダチの斬撃を片手て弾き飛ばすなんて真似が出来るならば、その力を生み出す肉体とて普通では無いのは明白。体格もその辺りのスレイヤーとは比較にならない程大きい。

 それは、最強の矛であり盾。強靭、と言う一言では済まされない程に研ぎ澄まされた巨大な筋肉。脂肪が殆ど見られないそれは、正しく戦う為のであると言えるだろう。それを支える骨格もまた太く、大きい。



 “筋肉Powerとはof力だMuscles”――身体能力フィジカルと言うカテゴリーにおいて、人間が辿り着ける一つの到達点。その頂に立つ漢が、そこには居た。



(力不足……? 冗談きっついなぁ、ムサシはん)


 コトハの持つハルバートが、と悲鳴を上げる。無意識の内に、コトハは柄を握る力を強くしていたのだ。その頬に、一筋の汗が流れ落ちる。


「十秒だ」

「え?」

「最初の十秒は、コトハにくれてやる。その後、俺も反撃すっからな?」


 そう言って、ムサシは手を後ろで組んで棒立ち状態になる。呆気に取られるコトハだったが、直ぐに我に返ると視線鋭くムサシを見詰めた。


「それはちょっと、うちの事舐めすぎとちゃう? 訓練ちゅうても」

「――十」

「ッ!?」


 ムサシがその言葉を発した瞬間、反射的にコトハは動いていた。今まで一人で鍛錬を行っていた時よりも遥かに速い速度で一気にムサシへと肉薄すると、躊躇無くその首元へハルバートを一閃させた。


「コトハさん!?」


 リーリエの悲鳴が上がるが、コトハにはそれに耳を傾けている余裕は無い。

 ムサシが数字を数え始めた瞬間に、コトハの体はムサシが発した全てを圧し潰さんばかりの濃密な殺気に晒されたからだ。

 だから、コトハは全力で攻撃を仕掛けた。訓練用の得物とは言え、その一撃に乗った殺傷力は人一人の命を奪うには十分過ぎる物。

 一瞬、コトハは我に返る。しまった、自分はムサシを殺すつもりは……。

 しかし、その考えは瞬時に消え去る。何故なら、斬撃を叩き込んだ瞬間にハルバートから伝わって来た感触が異常だったからだ。


 まるで、巨大な鉄塊をハンマーで殴った様な感覚。斬り付けられたムサシの方は薄皮一枚傷付いていない。対して、攻撃を仕掛けたコトハの手は強烈な痺れに襲われていた。

 これでは、仮に得物が万全な状態の雷桜らいおうだったとしても……届いては、いない。間違い無く、今の状況の再現になるとコトハは直感した。


(有り得へん……! うちは、一体相手にしとるんや!?)


 混乱の極みである。そんなコトハを追い詰める様に、カウントダウンは着々と進んで行った。


「九」


 ズン、と体を襲うプレッシャーが増す。

 駄目だ、もう迷っている暇は無い――この状況でそう判断を下したコトハは、一切の手加減無く全力で追撃を仕掛けた。


「シィッ!!」


 空を裂いて振るわれるハルバート。初撃の様な単発では無く、ハガネダチを相手にした時と遜色無い程の連撃だ。普通であれば相手は全身の骨を砕かれている。

 だが、コトハの目の前に居る男は。その証拠に、ムサシはコトハの荒れ狂う嵐の様な攻撃を一身に浴び続けても、平然とした顔つきでしっかりと二本の足で大地を踏みしめていた。


「八、七、六、五、四……」

「くっ……!」


 カウントが進む度、コトハの焦燥が高まっていく。まるで、自分の寿命が一秒進むごとに縮まっている様な気がして、その感覚が更にハルバートを振るう速度とそれに乗せる力を増加させていった。

 勿論、ムサシはコトハを殺す気など毛頭無い。それどころか、傷一つ付けるつもりは無かった。

 これはあくまでも鍛錬の一環であり、断じて殺し合いでは無い。寧ろあと二、三日経てば本命のハガネダチの討伐に赴かなければならないのに、こんな所でコトハに怪我をされる訳にもいかないからだ。

 かと言って、手を抜いたのでは鍛錬の意味が無い。そう言った制約の中で最大限に鍛錬の効果を高める為にムサシが取った行動……それは、出来るだけと対峙した時と遜色無い殺気を作り出すと言う事だった。

 その結果が、今の状況である。ムサシは少しやり過ぎたかとも思ったが、ここで手加減をしても仕方が無いと割り切って、益々その殺気の濃度を上げていった。


「ハァッッ!!」


 体を包み込む殺気が死の気配へと姿を変え始めた頃には、コトハの目に映っているムサシは敵性存在以外の何物でも無かった。

 殺らなきゃ殺られる――スレイヤーとして、復讐者として磨き上げられてきたコトハの体と心がけたたましく警鐘を鳴らしていた。


「三、二、一……」


 だが、幾ら攻撃を叩き込もうとムサシのカウントダウンは止まらない。そして……。


「――零」


 ムサシが短くカウントの終わりを告げると同時に、コトハの動きが止まった……止まらざるを、得なかった。

 最後の瞬間まで繰り出された攻撃は遂にムサシを倒すには至らず、カウントが尽きると同時にコトハの首筋にムサシの右手による手刀がピタリと当てられていた。


「先ず一回……今ので、死んだな?」

「――ッ!」


 ニッ、と口角を釣り上げたムサシからコトハは反射的に飛び退き、即座に攻撃の体勢に入り再び斬撃を繰り出した。

 しかし、もう十秒経ってしまっている。ムサシは、コトハの連撃を許さなかった。

 神速を以って振るわれたハルバートを体を半歩動かす事によって躱し、同時にコトハの首筋に先程と同じ様に手刀を当てる。

 当然、寸止めである。しかしその気配りが、コトハの闘争心を更に煽り立てた。


「ガアッ!」

「ほっ」


 コトハの攻撃が苛烈さを増していく。野生の獣を思わせる縦横無尽な斬撃が次々と繰り出され、ムサシの体を襲った。

 対するムサシは、その荒れ狂う一撃一撃を丁寧に躱し、空振りの度にピタリ、ピタリと何度も手刀をコトハの首筋へと添えていく。

 最早、コトハはムサシとの攻防の中で自分が何度死んでいたかなど気にしてはいなかった。そこにあるのは、目の前に悠然と立つ存在を打ち倒さんとする純然たる闘争心のみ。

 コトハの中には、ある感情が湧き上がっていた。それは、復讐鬼としての道を歩み始めてからはすっかり忘れていたモノ。

 “勝ちたい”――復讐云々と言った感情は関係無く、純粋に目の前に立つこの男を超えたい。

 その時コトハの脳裏によぎったのは、幼き頃に何度も自分に戦う術を教えてくれた父の姿だった。


(結局……一度も、お父さんには適わへんかったなぁ)


 ふっと感傷的な記憶がよみがえった時、何度目か分からない手刀がピタリと首筋に当てられる。そこで、不意にムサシの殺気が霧散した。


「うーん……これ、完全に対人戦の訓練になっちまってるな……よし、ちょいと趣向を変えようか」


 ムサシはそう口にすると、腰のマジックポーチへと手を伸ばす。

 金重かねしげを使う気だ――そう考えた時、コトハは大きく後ろへと跳躍してムサシと距離を取った。

 今までのは前哨戦。ここからが本番だと、本能で理解する。しかし、次にムサシが取った行動にコトハは首を傾げる事になる。

 ムサシが取り出したのは、二振りある金重かねしげの片方だけだった。それを無造作に正眼の構えで右手に収めると、ふっと目を閉じたのだ。


「ムサシはん? 一体何を――」


 そう問い掛けようとした瞬間、コトハの全身をぞわりとした感覚が襲う。同時に、心の中に闘争心以外のモノ……憎悪の炎が、猛り狂う様に燃え上がった。

 金重かねしげを構えるムサシの背後には……コトハの仇敵である、あのハガネダチの姿があったのだ。

 本物では無い。それは、ムサシが十年で磨き上げた類稀なる気配と殺気をコントロールする術が生み出した幻影だ。

 しかし、幻だと理解しても尚……コトハの頭の中に燃え盛る憎悪と言う名の炎は、益々その熱量を上げていった。

 それ程までに、ムサシによる再現度は高精度だった。それは、回廊からはらはらとした目でこちらを見守っていたリーリエが反射的に魔導杖ワンドを構え、アリアがかつてスレイヤーだった頃に使っていたであろう武器を掴もうとして、その腕で空を切る位には。

 にわかに、訓練場周りから慌ただしい音が聞こえてくる。それと同時に、ムサシはゆっくりと目を開いた。


「……これなら、良い感じじゃねぇか?」


 届いているかも分からない言葉を、ムサシはコトハに向かって投げ掛ける。

 訓練場に繋がる扉が乱暴に開け放たれた。そこから雪崩れ込んで来たのは、。各々武器を構えているが、自分達を動かしたが、訓練場の中心に立っている男の物だと理解した瞬間、皆一様に困惑した表情を浮かべた。


 しかし、コトハの視界に彼等は映っていない。目の前に居るムサシハガネダチの姿のみが、今この瞬間世界に存在する唯一の物だった。


「ほれ、いつまでそうしてる? まさか、本番で魔法無しで戦う訳じゃ無いだろ?」


 剣先でくいくいと促すムサシに対し、コトハは犬歯を剥き出しにして詠唱を行う事で答えた。


「――【参式さんしき雷装武御雷らいそうたけみかづち】ッッ!!」


 叫ぶ様に紡がれた詠唱により、コトハが嵐の様に荒れ狂う三つの雷を帯びる。それを見たムサシは、満足そうに頷いた。

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