第30話 帰還

 ミーティンに帰ってこれたのは、≪オーラクルム山≫を下りてから二日後だった。

 あそこを根城にしている連中とのすったもんだのお陰で、リーリエがかなり疲弊してしまっていた。なので、下山してからその日は馬宿で一泊し、その次の日にまたストラトス号で爆走して帰って来た訳である。

 街に着いて直ぐに≪竜の尾ドラゴンテイル≫へと足を運び、天雷鉱石ボルエノダイトをゴードンさんに預けて来た。

 俺達を運んだストラトス号は、馬車の受付場の隅っこにある空きスペースに置かせて貰える事になった。正直すげぇ助かった……保管に関する事はすっぱり頭から抜け落ちてたからな。

 予想よりもずっと早く持って来た事にゴードンさんは驚いていたが、素材を受け取ると直ぐに作業へと取り掛かってくれた。


「超特急で最高の一振りを作ってやる」


 との事だったが……。

 ちなみに、その時俺の防具もセットで預けて来た。と言うか、ゴードンさんに脱がされた……どうやら、ハガネダチと斬り結んだ時に斬撃波によって出来た傷が思ったよりも深かったらしく、このままだと割れクラックを引き起こすとの事。修理するから置いて行けとの事だった……なので、今の俺はマジックポーチにぶち込んでおいた黒つなぎを着ている。


「あんな乱暴に脱がさんでええやん……」

「ま、まあまあ。ゴードンさんも早く仕事に取り掛かりたかったようですから、仕方ありませんよ」


 リーリエはそう言うが、あれ脱がされる側としちゃ結構怖かったぞ? 思わず内股になるレベル……ヴォエッ! 俺のそんなシーンは誰も得しないですね、ハイ。


「にしても……ムサシさんのつなぎ、前よりピチピチになってませんか?」

「あ、リーリエもそう思う?」


 そうなのだ。このつなぎは俺が魔の山を下りて最初に手に入れた文明的な服なのだが……当時よりも、余裕が無くなって来ている。太った……訳じゃあないんだよね。


「多分この街に来た時より体がデカくなったんだろうなぁ。成長期だ成長期」

「えぇ……まだ成長してるんですか?」

「何言ってんだ、人間は生まれてから死ぬまでずっと成長期だぞ」

「いえ、それはムサシさんだけです」


 き、きっぱりと断言された……でも、このままだとまた服を買い直さなきゃいけなくなるな。その時はまたシェイラさんに見繕って貰おう。


「それはそれとして、帰って来た訳だからアリア達と合流したい所だが」

「そうですね……図書館でまだ調べ物をしているのか、治療院でコトハさんと一緒に居るのか」

「うーん……取り敢えず、治療院の方に行ってみるか。多分だけど、一緒に行動してると思うんだよなあの二人」

「分かりました。じゃあ、治療院の方に行ってみましょう」

「おう」


 話が付いた所で、俺とリーリエは治療院へと足を向けた。


 ◇◆


 結論から言えば、治療院にアリアとコトハの姿は無かった。何でも、俺達がクエストに出発した次の日には復調して退院したらしい。

 院長先生エイミーさん曰く、「あんたの血のおかげ」だそうだが……俺の血液には超再生能力でもあんのか?

 詳しく話を聞いた所、どうやら退院したその日からギルドの方に……正確に言えば、ギルドの施設内にある訓練場に出向いているらしい。ギルドに出入りしている治療院の職員さんから聞いたから間違い無いだろう。

 そんな訳で俺とリーリエはギルドに足を運んで、今まさにその訓練場に向かって歩いていたのだった。


「回復して直ぐに訓練場直行とは……大丈夫なんでしょうか」

「大丈夫っしょ、エイミーさんからお許しが出てるって事なんだろうし……おっ、アレだな」


 ギルド内にある訓練場と言うのは、≪竜の尾ドラゴンテイル≫で俺が金重かねしげの素振りをやった中庭よりもずっと広い。訓練場をぐるっと囲む様にして一階と二階に回廊も設置されてるのも大きな違いだ。

 その訓練場の一階にある回廊、俺達が進んで行く先に見慣れた銀髪の女性の後ろ姿が見えた。


「よっ、アリア」

「アリアさん!」

「あら、お二人ともお帰りなさい」


 俺達が声を掛けると、銀髪の女性――アリアがくるりとこちらを振り向いてにこりと笑った。


「随分と早かったですね。場所が場所だけにもう少し掛かると思いましたが」

「ストラトス号のお陰やぞ」

「す、すとらとす……?」

「うっ……」


 俺が胸を張って口にした聞き慣れない言葉にアリアは首を傾げ、リーリエは若干顔を青くして顔を引き攣らせた。


「何だよリーリエ、メッチャ速かったしメッチャ楽しかっただるぉ?」

「は?」

「すんません……」


 こ、怖い。リーリエが怖い……次はもう少し乗り心地を改善するか。車体に関してはあれ以上のカスタムは厳しいだろうから、多分俺のテクニック次第なんだよね。出来ればアリアとかも乗せて感想を聞いた上で、技術を洗練させていきたい所だが。


「な、なんでしょうリーリエ……ワタシ、今ムサシさんが碌でも無い事を考えている気がしてなりません」

「私もですよ、アリアさん。あの顔は絶対碌でも無い事を考えています」


 若干引き攣った顔のアリアと、しらーっとした表情のリーリエが俺の顔を見詰める。何だか旗色が悪いな……っと、今はそうじゃなくて。


「まあまあそれは置いといて……コトハの奴、もう随分と回復しているみたいだな」


 俺は回廊にある手すりに肘を乗せながら、訓練場の真ん中で雷桜らいおうとほぼ同じ長さの訓練用ハルバートを鋭く振り抜き、くうに連撃を繰り出しているコトハの姿を見る。

 その身はあの和風な防具で覆われており、実戦とほぼ同じ状態だ。魔法は使っていないが、それでも惚れ惚れする程の鮮やかな斬撃に目を奪われる。

 その姿を眺めていると、俺とリーリエの視線に気が付いたのかコトハがピタリと動きを止め、構えを解いてこちらを向く。白い長髪と尻尾が、ふわりと宙を舞った。


「あら? ムサシはんとリーリエはん、もう帰って来とったんや」


 俺達の姿を視界に収めると、ハルバートを手に持ったまま笑顔を浮かべてこちらへと小走りに近付いて来た。

 ……この表情の裏に、あの激情を仕舞い込んでるんだもんなぁ。


「おう、帰って来たぞ。素材の方はバッチリ採掘出来たから、後はゴードンさん待ちだな」

「そうなんや……ごめんなぁ、二人とも。何から何までやって貰うて」

「コトハさん。そこは“ごめん”じゃなくて“ありがとう”ですよ。その方が嬉しいです」

「おっ、リーリエ良い事言うねぇ。まあ、そう言う事だからよ。コトハ、前にも言ったけどそう言う遠慮は俺達には無しな?」

「……うん、分かった。おおきに、二人とも」


 うむ。それで良いんだよ、コトハ。俺達は力を貸したいから貸してるだけなんだからさ。

 さて、ここでアリアとコトハには俺とリーリエが居ない間にあった事を聞いておかないとな。


「二人とも、俺達が居ない間に何か進展とかあったか?」

「ワタシの方は調べ物が粗方終わりましたね。これ以上、この街でハガネダチについての情報は得られないと思います。その辺りの事はコトハさんには既に話しているので、ムサシさんとリーリエにも後ほど」

「おけおけ。コトハは?」

「そうやなぁ……うちは、体調が戻ったからこうやって体を動かし始めたって事位やろか」


 ふむふむ。となると、ハガネダチの情報に関してはアリアが言った様に後で聞くとして……今はコトハの方だな。


「コトハ、体調の方はもうなのか?」

「うん。『回復が早すぎる』って先生ぇも驚いとったけど、今の所特に調子が悪いって事はあらへんよ。せやから、今は体の感覚を取り戻す為に訓練場ここを借りて鍛錬をしとったんよ」

「成程な……よっしゃ!」


 パン、と手を一つ叩いて俺はその場から天高く跳躍した。新体操選手の如く空中回転をかましながら訓練場の中心に降り立ち、コトハを手招きする。



「――コトハ。俺と一発、模擬戦やろうぜ」

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