第61話 一夜明けて

 大波乱のあった昇級試験の翌日、俺の姿は朝早くからギルドマスタールームにあった。私服でここに来たのは初めてだな……。

 ちなみにリーリエは疲労困憊状態から抜け出せていなかったので、≪月の兎亭≫に残してきた。こればっかりはしょうがないね。


「――【飢渇喰竜きかつがりゅう】ディスペランサ、ねぇ」

「ああ。ソイツがお前達が遭遇し、討伐したドラゴンの名前だ。名前以外の情報は、その資料の中に書いてある」


 俺は来客用のテーブルを挟んでガレオと向かい合い、ソファーに腰掛けながら手渡された書類へと目を通していた。

 本来であればこういう書類確認なんかはリーリエが適任なんだが、今日は俺が頑張らなければならない。リーリエにはゆっくり休んで貰いたいからな……。


「ここに書いてある情報を見る限り、俺とリーリエが相手に出来るようなドラゴンじゃなかったんだな。等級的に」

「そうだな。本来であれば青等級以上の上位……出来れば紫等級数人のパーティーで相手をしなければならんドラゴンだったんだが」

「だからギルドマスター自ら討伐隊引っ張って来たって訳か……ガレオって紫等級だったよな?」

「そうだ。確実性を期すなら後二人程、紫等級が欲しかったが……残念ながらこの街に居る紫等級スレイヤーはオレ一人だけだからな」

「成程ね」


 うーん、しかしスレイヤーの最上位たる紫等級が出張って来る様なドラゴンだったとは。道理で手応えのある相手だと思った。

 ……もう一回戦えたりしないかな? あ、駄目だ。そんな機会が来ちまったらまたリーリエがクッソしんどい思いをする事になるし、アリアにも心配をかける。それは嫌だ。


「……なんか妙な事考えてないか?」

「いんや、何も。それよりよ、この資料に書いてある情報やたら少なくねぇか? 名前や大まかな生態は書いてあっても、特殊能力に関する事とかは全然書いてねーじゃん」

「何言ってんだ、それを今からお前に書いて貰うんだよ。隅から隅まで、事細かくな」

「……マジすか」

「マジだ」


 そう言ってガレオがペンとインクを机の上に置く。ああ、全く以って面倒臭い!

 出来ればアリアにも手伝って貰いたい所だが……今日、アリアは休みをとってリーリエの傍にいるからな、援軍は望めない。こうなったら、腹括るしかねぇ。


 心の中で覚悟を決め、俺は元の世界に居た頃の受験勉強を思い出しながら重々しい動作でペンを手に取った。


 ◇◆


 太陽が真上に昇った頃、俺はペンと書類を放り出してテーブルに突っ伏していた。


「お、終わった……!」

「ふむ……時間は掛かったが、この内容なら報告書としても問題無いか」


 湯気の立つマグカップを片手で持ちながら、ガレオが俺が仕上げた書類に目を通す。くっそ、自分は優雅に珈琲なんざ飲みやがってからに……!


「さて、そしたら今日はもう他にやって貰う事は無いな」

「さいですか……あ、そう言えば俺達が討伐したディスペランサの死体ってどうなった訳?」

「アレか。実は、昨日お前達が山から下りた後にオレ達討伐隊の方で回収しようと思ったんだが……あんまりにもデカいもんだから上手く運び出せなくてな」

「あー、確かにそのサイズだと普通に運ぶのは厳しいな。解体バラして小分けにしようにも、あの表皮だとな……」

「ああ。だから、あの後は見張りのスレイヤーを何人か残して一旦帰って来た。でもって、今日の朝一でアケロス車を出して回収に向かわせたよ」


 アケロス車。中型種のドラゴンであるアケロスを牽引役とした物資運搬用の荷車だ。アケロス自体は草食性で気性も大人しく、人に懐くので使役は楽……って、いつだったかは忘れたが、リーリエが言っていたな。

 スピードは出ないが、その分馬よりも遥かにパワーがあるので、ドラゴンの亡骸や大型荷物の輸送に一役買っているのだそうだ。


「……クラークスん時みたいにマジックポーチにぶち込んで持ってくりゃ良いんじゃね?」

「アホか! あんな真似が出来るのはお前だけだよ、ったく」

「冗談だよ……って事はあれか、マコールさんとこで何かしらの特殊工具でも使って解体する感じか」

「最初はそのつもりだったんだが……ちょいと事情が変わってな。それを踏まえた上で、討伐したディスペランサの扱いに関して相談がある」


 その言葉を聞いた時、俺の頭の中でピンッ! と閃きがあった。


「――ギルドで買い取って学院で研究資料にしたい、か?」

「……察しがいいな」


 やっぱりな。資料を作っている間に聞いた限りじゃ、ディスペランサに関する情報って極端に少ないみたいだったし、クラークスの前例があるから十中八九こういう話になるんじゃないかと思ったよ。


「したらばクラークスの時みたいに半分はそっち、もう半分は俺達で貰うって感じでいいのか?」

「いや、今回に関しては亡骸の全てをウチに譲って貰いたい」

「全部ゥ!?」


 ガレオの言葉に、俺は勢い良く上体を起こして半ば叫ぶ様に聞き返してしまう。

 おいおい、そりゃ無いだろうよ。なんぼ貴重な研究資料にしたいからっつって、こっちの取り分無しじゃ筋が通らねぇだろうが。


「まぁ聞け。ディスペランサ丸々一体譲って貰うんだ、それに見合った報酬金は渡す」

「……どの位だよ。こっちだって暮らしが懸かってる、クラークスん時より少なかったら絶対に納得せんぞ」

「それはそうだろうな。だから……こんなもんで、どうだ?」


 そう言って、ガレオは一枚の紙切れを提示してくる。そこには、恐らく報酬金と思われる物の数字が書いてあっ……た……。


「……ゼロ多くない?」

「妥当な金額だ。同時に、ギルドうちで支払える金額の限界でもある」

「譲りましょう!」


 先程までの態度から一転、俺は満面の笑みを浮かべた。いやだってお前、この金額だったら相当豪華な暮らしが出来るぞ……てか、家買えんだろコレ!


「分かり易いなお前……ならこの金額で。ああ、でもリーリエが居ないこの場で勝手に話を進めるとまずいのか……一旦この話は持ち帰るか?」

「ん、確かにリーリエは居ないが昨日の夜にディスペランサをどうするかは全部俺に任せるって言ってたから、問題は無いと思うぞ」

「そうか。ならいい」


 そこまで話して、ガレオは席を立つと自分専用のデスク周りで何やらゴソゴソと動き始める。


「ほれ、これが正式な報酬金の請求書だ。受付に持ってけ」

「お、サンキュー。換金所じゃなくて受付なんだな?」

「ああ、そうだ」

「おけ、把握」


 よしよし、絶対にこれは失くせんぞ……どっかに落としちまったら全部パアだからな。

 報告書に記した俺がディスペランサについて予想した事については、学院で専門家の連中が調べれば答えは出るだろう。あれが本当に番だったのか、原種だったのか変異種だったのか……ま、難しい事は学者さんに任せましょうかね。


「あ、それとオレ二週間位ミーティンここから離れるから。そこんとこヨロシク」

「なんだ、旅行にでも行くんか?」

「んな訳ねえだろ……に行って、今回の件の報告とお前達二人の昇級について話し合ってくるんだよ」

「中央?」

「ギルドの総本部がある都市だ。≪グランアルシュ≫って名前だが、大体は中央で通る」

「へぇ、そんな場所が……ん? てことは、俺達が黄等級に上がるかどうかはガレオが帰って来てからじゃないと分からんって事か?」

「そうなるな」


 マジか。二週間は結構長いが……ま、そこまで急ぐ事も無いか。いっその事、ガレオが帰ってくる二週間後までは休養期間としてもいいかもしれん。そこら辺は後でリーリエと話し合おう。


「他に聞きたい事はあるか?」

「いや、もう大丈夫だ」

「なら、今日はもう帰ってもいいぞ」

「うーっす、お疲れー」

「おう、お疲れさん」


 そのやり取りを最後に、俺は部屋を後にする。これで、今回の件に関する後始末は粗方終わったな……さて、寄り道せずにリーリエとアリアの所へ帰りましょうかね!

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