第49話 風雲急を告げる

【Side:アリア】


≪アルブール山≫に派遣されていた昇級試験官よりもたらされた凶報。それにより、ギルドは蜂の巣をつついた様な状態へと陥っていた。


「いいか! 討伐部隊に参加するのは今ギルドに残っている青等級以上だけだ! 他の下位スレイヤーは万が一、ディスペランサが山を下りてこの街に向かって来た時の事を想定して東西南北の門付近で待機! 監視員の職員は高台で≪アルブール山≫がある方角を注視しておけッ!」


 ホールでは、真紅の鎧と銀に輝く大剣で完全武装した状態のギルドマスターが指示を飛ばしている。それに従って、他のスレイヤーやギルド職員達も慌ただしく動く。


「……先輩、大丈夫ですか?」

「はい……大丈夫、です」


 後輩の受付嬢から投げ掛けられた言葉に、ワタシは平静を装って返事を返す。

 ――嘘ばっかり。本当は、全然大丈夫じゃない。今こうしている間にも、ムサシさんとリーリエが襲われていると考えると、心がどうにかなりそうだった。


「アリア」

「ギルドマスター……」


 未だ喧騒が続く中、受付カウンターの前にギルドマスターが現れる。その顔には、厳しい表情が浮かんでいた。


「アリア、お前は他の職員と一緒にここに残れ。討伐隊に付いて来るのは許さん」

「……っ! ですが!」


 一刀両断。ワタシの心を見透かしたその言葉に、椅子を跳ね除けて立ち上がり、抗議の声を上げた。


「心配なのは分かる。二人とも、お前にとっては大切な人間だろうからな……だが、駄目だ。幾ら元赤等級スレイヤーだからと言って、今回の現場には連れて行けん。足手纏いだ」


 突き放すようなその言葉に、ワタシは唇を嚙み締める。そんな事は分かっている……それでも、それでも!


「正直、今回は相手が悪い。下手に下位のスレイヤーを連れて行けば悪戯に犠牲を出す事になりかねん……それに、お前が傷付いたりする事はあの二人だって望んじゃいない筈だ。悪いが、納得してくれ」

「……分かり、ました」


 ――ズルい。そこで二人の事を出されたら、ワタシは引き下がるしか出来ないではないか。


「しかし……一体どこから流れて来やがったんだ」


 頭をガシガシと掻きながら、ギルドマスターはそう呟く。


飢渇喰竜きかつがりゅう】ディスペランサ――ドラゴンの中でも特に危険な分類、上位危険種レッドリストに名を連ねる大型種のドラゴン。

 この地方では目撃例が皆無だった為、ギルドの中にある他の地方から回されて来た古い資料を全て引っ張り出し、更にギルドマスターが昔戦った事のある個体についての話を聞いて、漸く情報を得た。


 並の二足歩行型の大型種を軽く上回る巨躯の持ち主で、性格は極めて凶暴。肉食性であり、その食欲は底が無いと言われる程の大食らいだ。

 とにかく目につく生物を片っ端から捕食する為、ディスペランサが通った後には何も残らないという。このドラゴンの襲撃を受けて滅んだ村や街は一つや二つでは無いとも資料に書いてあった。


 そして、自分の周りに食料となる生物が居なくなると、新たなエサを探して各地を転々とし始める……これが、非常に厄介だ。

 通常、ドラゴンと言うのは特定の縄張りテリトリーを持ちその中で生活する。が、このディスペランサはある一定の場所には決して留まらず、どんどん生活圏を変えて大陸中を動き回るのだ。移り住んだ先が他のドラゴンの縄張りテリトリーだったとしても全く意に介さず、逆にその縄張りテリトリーの主を喰らってしまう事もあるらしい。

 そうやって脅威を排除し、存分に餌を食い漁る。そして餌が無くなればまた別の場所に……といった具合で行動するのだ。


 そして、そうやって各地を転々とした個体は様々な経験を経て高い戦闘能力を有するようになる。それこそ、並のスレイヤーでは束になってもただの餌となってしまう位に。

 その異常な食欲と凶悪な強さから、一部の地方では『暴食の化身』とまで呼ばれ、完全な不可侵領域アンタッチャブル扱いとなっている事もある位だ。


「他の地方からやって来たのは分かりますが、具体的に何処から来たのかまでは現時点では分かりませんね」

「ああ。ディスペランサが有する戦闘能力については、オレの記憶が正しければこの辺りに住むドラゴン……それこそ、ムサシが倒したヴェルドラも上回るだろう」

「そんなに……あの変異種のクラークスもですか?」

「どうだろうな、変異種は原種の情報が当てに成らない個体だから具体的な戦闘能力で測る事は難しいが……少なくとも、弱いって事は無いだろう」


 ギルドマスターのその言葉に、ワタシは息を呑む。

 ヴェルドラは言わずもがな、変異種のクラークスだってムサシさんとリーリエの報告を聞いた限りではかなり強力な戦闘能力を有する個体だった筈……それを、上回るのか。


「オレが戦った時は紫等級に成りたての頃でな……場所も、ここからかなり離れた地方だった。その時は紫等級四人で討伐した。その時思ったよ、『確かにコイツは下位の連中には任せられないな』ってな。その位タフな相手だった……」


 それに、とギルドマスターは付け加えた。


「オレを含めた四人で戦った時は、終始ヤツは肉弾戦を仕掛けてきた。ムサシ達が討伐した変異種クラークスの様に、特殊な能力を使ってきたりはしなかったんだ……それが、気がかりでな」


 ふぅ、と一つ息を吐いてギルドマスターが腕を組んで思案する。


「あれだけ強力なドラゴン、絶対に何かしらの特殊能力を有している筈なんだが……火を吐く事すら無かったからな。本当に肉弾戦のみで戦うのか、それとも……」

「ギルドマスターですら把握していない未知の能力を有しているか、ですね」

「その通りだ。確実に言えるのは、ディスペランサは身体能力だけで紫等級スレイヤー四人と渡り合えるという事と、非常に強固な防御力を有していると言う事だ。アイツ、オレの【紫炎シエン】と【蒼炎ソウエン】を魔力付与エンチャントした剣で滅多切りにされても立ち上がって来たからな」


 つい、とギルドマスターは背負っている大剣の柄を撫でた。


紫炎シエン】、【蒼炎ソウエン】……共に、ギルドマスターが独自に発展させた強力な魔法だ。それは、通常の炎魔法とは比べ物にならない位の強烈な熱量とエネルギーを有する物だ。

 それを魔力付与エンチャントした大剣で縦横無尽にドラゴンを屠る姿から、付いた渾名が【煉獄】。紫等級スレイヤーの中でも、二つ名を付けられるのは精鋭中の精鋭だった筈。


 そのギルドマスターの攻撃を受けて、尚向かってくる……それだけで、筆舌にし難い強さを持っているというのは明白だ。


「まあ、身体強化の魔法を受けて山を一つ叩き斬ったムサシなら容易く斬り倒すかもしれんけどな。案外、いつも通りに颯爽と帰ってくるかもしれないぞ? ディスペランサの亡骸を持ってな」


 そう言って、ギルドマスターは笑顔を浮かべる。それが、ワタシを心配させまいとする気遣いから出た言葉であるというのは直ぐに分かった。

 その上で、ワタシはギルドマスターに努めて明るく返す。


「はい、そうかもしれませんね。きっと、あの二人なら何事も無く帰ってくる……そんな気がしてきました」

「……そうか」


 嘘だ。本当は全然不安の気持ちは晴れていない。それでも、ワタシは笑顔を浮かべてギルドマスターを見た。


ギルドこちらの方は任せて下さい。この街に残るワタシ達全員で、万が一の事態に対処します」


 毅然と宣言したワタシを見て、ギルドマスターはふっと小さな笑顔を浮かべ、こちらに背を向けてホールの中心へと歩いて行く。


「――よしッ! 討伐部隊のスレイヤーは南門に移動、全員揃い次第各自早馬に乗って≪アルブール山≫を目指すぞッ!!」

『応ッ!』


 その合図と共に、ギルドマスターとそれに率いられた一団が外へと出ていく。その姿を見送った後、ワタシは姿勢を正して椅子に座り直した。


「……さて、ワタシ達はワタシ達に出来る事をしましょう」

「は、はい!」


 後輩の受付嬢にそう言い聞かせ、ワタシは万が一の場合を想定して一般市民の避難経路の洗い出しを行う。


(ワタシがしなくちゃいけない事は、帰って来た二人に「おかえりなさい」と言う事……ムサシさん、リーリエ。あなた達の帰る場所は、この街です。だから……)


 ――どうか、二人とも無事に戻って来て下さい。

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