第48話 急襲

「……ムサシさん、実はこの状況楽しんだりしてません?」

「うぇっ!? ソ、ソンナコトナイヨ?」


 血潮飛び散る場所から暫く歩いた頃、不意にリーリエが問い掛けてきた。しかも、俺の心を見透かすような事を。


「正直に言って下さい、楽しんでますよね? 正体不明の強いドラゴンと戦えるかもって、浮かれてますよね?」

「……すんません」


 俺の謝罪を聞いたリーリエが、大きく溜息を吐く。しょうがねーじゃん! この状況で不謹慎だとは思うけどよ、どうしてもこの胸の高鳴りは抑えられないんだって!


「はぁ……出会った時から薄々感じてましたけど、ムサシさんって中々の戦闘狂ですよね。クラークスと戦っていた時も物凄い笑顔でしたし」

「そりゃ、あのクラスが相手になったら笑みだって自然に零れるわな。あと中々じゃなくてバチバチだぞ」

「あ、自覚はあったんですか」

「勿論、まあでも心配すんな。危ないと判断したら速攻でリーリエ担いで逃げるから」

「絶対嘘だ……」


 そこは本当なんだがなぁ。勝てないと分かっている相手にそのまま立ち向かえる様な勇気は生憎持ち合わせていない。

 魔の山で暮らしていた時、引き際の大切さは嫌と言う程学んだからな……力を付けた今でこそ戦いの中に歓びを見出したが、山暮らし五年目位まではそんな余裕全く無かったし。毎日が生き死にの繰り返しだった。


「しかしこの足跡、まだまだ続いてるな。この方角だったら渓谷の方に向かってると思うんだが」

「渓谷の下の方に降りていってるのかもしれませんね」

「うんむ。ただ、渓谷の底は結構な激流が流れてたからな……深さにもよるかもしれんけど、下手したら遊泳能力も持ってるかもな」

「そんな大型種のドラゴン、ミーティンから行ける範囲に居たかな……」


 あーでもないこーでもないとリーリエと二人で唸りながら先に進んで行く。渓谷の方に近づくにつれて、樹木の量が少なくなっていく。元々岩肌の多い斜面を歩いてきたのだが、細々と生えていた小さな木すら見えなくなってきた。


「リーリエ、体力は大丈夫か?」

「はい、今の所は」

「なら良し。でも一応、これ飲んどき」


 そう言って俺はアイテムポーチから一本の体力回復液キュアポーションをリーリエに渡す。登山は疲れが溜まるもんだからな、こまめな回復が大事。


「え、でもこれムサシさんのじゃないですか。流石に申し訳ないです」

「気にすんな、そもそも俺の持ってる回復液ポーションの類は自分で使う為に用意した訳じゃ無いしな。全部最初ハナからリーリエ用だよ」

「え、ええっ! そうなんですか?」

「応よ。だから遠慮せずに飲んでくれ、おかわりも有るぞ」

「……じゃあ、頂きます」


 イマイチ納得していなさそうな顔でも、リーリエは俺が渡した体力回復液キュアポーションに口を付ける……相変わらず飲むの早ぇ!


「……片側の岩肌が無くなるな。端に出るぞ」

「ん、分かりました」


 両側にあった岩の壁。その右側が徐々に面積を減らしていき、やがて視界が開けた場所に俺達は出た。


「おー、これは中々」


 俺達が辿り着いた場所。そこは渓谷の上にあたるエリアだった。完全な岩山地帯であり、緑の気配は無い。

 渓谷の縁まで歩いてみれば、そこは正しく断崖絶壁。かなり下の方に川が流れているのが見える。


「深い……この高さから下に行ったとは考え辛いですね」

「だな。となると、恐らく下には降りずに俺達と同じ標高をうろちょろしてると思うんだが……足跡がなぁ」


 地面が土で無くなった事により、はっきりと見えていた巨大な足跡が今は朧気な物になっていた。あんだけ血溜まり作ったんだから、それなりに血を滴らせながら来ているもんだと思ったがそれっぽい物は無いな。

 これだと、あと少し先に進めば微かな足跡すら無くなるだろう。土のままだったら良かったんだが、中々都合の良いようにはいかないもんだな。


「ブライウスを追っていた時みたいに、ニオイで追う事は出来ないんですか?」

「ちょっと厳しいな、今追い風だからニオイが全然こっちに来てない」

「そうですか……」


 しかし、手詰まりという訳では無い。これまでの手法が使えないなら、別の手を使うまで。


「リーリエ、ちょっと耳塞いでくれ」

「? はい」


 俺に言われた通りリーリエが耳を塞いだのを見て、金重かねしげを右手に片振り持つ。そしてそれを逆手に持ち、地面へと叩き付けるように突き立てた。


「きゃっ!」


 金重かねしげが岩を突き貫く甲高い音と衝撃で、リーリエが小さく悲鳴を上げる。俺はその突き立てた金重かねしげの柄を握り締めたまま、兜の裏で静かに目を閉じる。


「すまんリーリエ、少しばかり集中する。周りの警戒頼む」

「は、はい!」


 リーリエの返事と共に、俺は更に意識を集中させた。

 突き立てた剣身に己の神経を伸ばしていく。それは剣から岩肌の地面へ、地面からその先へと広がる様にイメージしながら範囲を拡大させていく。

 伸ばした感覚網。それが感じ取る些細な反応を逃さぬように俺は深く、深く意識を沈めていく。


 どれ位そうしていたか、不意に俺の感覚が地面に伝わる振動を捉えた。それは獣のモノでは無い、もっと大きなナニかから生じている様だった。


「……見つけた」

「見つけたって、ブライウスを襲った大型種をですか?」

「応。断定は出来ないが、ほぼ間違いない。手に伝わる振動の質がドラゴンのそれだ」

「振動、って……まさか、その突き立てた剣から拾ったんですか?」

「そうそう、硬い物同士だからよく伝わってくる」

「……人間業なんですか、それ」

「さぁ? 俺以外にやってる奴は見た事無いから何とも言えんけど……だが、妙だな」


 柄から手は離さず、俺が捉えたモノの違和感について考える。

 手に伝わる振動、それが徐々に大きくなってきているのは分かる。が、

 伝わってくる方角はどれも同じだ。しかし、どう考えても地面を踏みしめる振動だけじゃない。他にも、何かを砕いている様な荒い振動が幾つも混ざっている。

 そしてそれ等は、時間が経てば絶つ程大きくなり、仕舞には音まで混ざり始めた。


 ……これは、不味い。ひじょーにマズイ!


 パチッと目を開き、金重かねしげを地面から引き抜く。そのままもう一振りも抜き放ち、俺は戦闘態勢を取った。


「リーリエッ、後方支援の用意! やっこさんが来るぞ!!」

「っ!? はい!」


 その一声で、弾かれた様にリーリエが後ろへと回って魔導杖ワンドを構える。

 俺が感じたモノの方角、そこにあったのは高く果てしなく続く無機質な岩肌だった。必然的に、背後に渓谷を回す事になる。くっそ、嫌な向きだな!


 そう思い小さく舌打ちをした瞬間、目の前に広がる岩肌が


「うおっとぉ!?」

「きゃあっ!!」


 轟音と共に、砕け散った岩石が俺達へと降り注いだ。即座にリーリエを体で隠し、俺は降りかかる……というより、弾丸の如く飛来してきた岩石を金重かねしげで片っ端から払い落とす。

 が、如何せん数が多い。なので細かい奴は体で受けて、デカい奴のみを金重かねしげで斬り砕いていった。


 未知の存在がもたらした数秒の攻防。やがて岩石の雨霰が収まった時、もうもうと立ち上がる岩粉の奥にこれを引き起こしたヤツの正体を見た。


 あのヴェルドラを優に超える二足歩行の体格。頭の先から尻尾の先まで見れば、そのサイズは間違いなく今まで見てきたドラゴンのそれを上回る。

 全身は限りなく黒に近い赤の体表で覆われており、鱗や外殻の様な物は見て取れない。恐らく、皮がそのまま露出しているのだろう。その側面部には、頭の付け根から尻尾の先端にかけて魚のエラの様な器官が見て取れる。

 だが、その身体は何故か右側面が。その為か、正面から見た全体像は酷く歪だ。


 禍々しい体色と相反する様に、その双眸は燃えるような金色をしていた。その口の中には、血と涎が混ざった様な液体が見える。


「何、ですか。この、ドラゴン……本でも見た事がありませんよ」

「ほう、リーリエがそう言うなら間違い無く元々この辺に住んでいる様な輩では無いって事だな」


 リーリエの呆然とした言葉に軽く返しながら、俺は金重かねしげを持つ手に力を入れる。全身に力が漲っていき、筋肉が膨張するのに合わせて鎧が伸びた。


「とりま、戦闘態勢取ってくれ。どうやらアイツ腹ペコみたいだから……多分、大人しく逃がしちゃくれない」

「……ッ!」


 ま、この場で逃げるなんて選択肢は取れないがな。これだけの大物、山を下りさせて麓に行かせる訳にもいかんし……我欲になるが、とも思う。



「――グギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!」



 ヴェルドラとも、クラークスとも違う咆哮。山一帯に響き渡るそれを聞いた時、兜の内側で口角が引き上がって行くのが分かった。


 ああ、全く……度し難いな、俺は。



 ◇◆◇◆



【Side:昇級試験官】


「これ、は……」


 その日、三人のギルド職員に出された仕事はある二人の白等級スレイヤーの監督。即ち、試験官としての仕事だった。


 その二人は、最近ミーティンの街で噂を聞かない日が無い位に有名なスレイヤーだった。

 白等級にも関わらず変異種のクラークスを討伐しただの、街中で盛大なプロポーズをやって美人二人を娶っただの……傍から聞いたら眉唾としか思えないような噂ばかりだが、全部事実と言うのだから恐ろしい。


 そんな二人だから、今回の試験はあっさり終わるだろうと思っていた。だが、事態は思わぬ方向へと進む。

 試験による討伐対象だったブライウスの消失、そして今山の高台から望遠鏡越しに見えている光景……。


「せ、先輩。何ですかアレ……どう見てもブライウスって感じじゃありませんよ!」

「んな事は分かってる! クソッ、何だアイツは! この辺りには間違いなく生息していないドラゴンだぞ……名前も分からん!」


「――二人とも、今すぐ山を下りろ。アレは不味い」


 取り乱す若い二人の試験官に年配の試験官が静かに、しかし明らかな焦燥の色を滲ませた声で指示を出す。


「わ、分かるんですか? あのドラゴンの正体」

「ああ……くそっ、何でこんな場所にアイツが居るんだ。いいか二人とも、今からおれの言う事を間違いなく大至急でギルドマスターに伝えろ……これは、紫等級案件だ」

「「!!」」


 紫等級案件――それは即ち、あのドラゴンが下位のスレイヤーでは全く相手にならないという事を意味していた。


「『――白等級スレイヤー・ムサシ、リーリエは、試験中に遭遇した大型種のドラゴンと交戦中』」


 望遠鏡から目を離さず、年配の試験官は矢継ぎ早に若い二人の試験官に告げる。


「『遭遇した個体は……【飢渇喰竜きかつがりゅう】ディスペランサ。上位危険種レッドリストに分類されるドラゴンにつき、至急上位等級のスレイヤー部隊による救援を求む!!』」


 三人の立つ高台を、この事態を嘲笑うかの様な一陣の風が吹き抜けていった。

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