第30話 険しき道

≪月の兎亭≫での朝食を済ませた後、俺とリーリエは朝の活気に溢れだした街の中をギルドに向かって歩いていた。


「さて……初クエストも終わったし、今日からバンバン他のクエストも受けていきましょうかねぇ!」

「そうですね、頑張りましょう!」

「応! ところでどうする? 前回の結果を見るに、多分俺とリーリエでならドラゴン討伐のクエスト受けてもいいと思うんだけど」

「うーん……それはちょっと厳しいかもしれないです」

「と言うと?」


 俺の提案に、リーリエは難しい顔をしている。そして、その理由を説明してくれた。


「クエストには等級によって受注できるクエストとそうでないクエストがあるっていう話は、以前にしましたよね?」

「ああ、聞いたな」

「大抵、大型のドラゴンの討伐は最低でも黄等級以上からじゃないと受注できない場合が殆どなんです。私達はまだ白等級ですから、受けられたとしても小型種……運が良ければ、中型種の討伐クエストが受けられるかも、っていう状況なんです。それに、仮に私達でも受けられる討伐クエストがあっても、行先のフィールド自体が等級制限によって立ち入り禁止に指定されている場合があります」

「成程ねぇ。大物を狙うには、まずは等級を上げにゃならんって事か……ま、当然か。下手に下位等級の連中に難度が高い場所での大型種の討伐クエストなんか発注して、それで死人が出たら目も当てられないしな」

「そう言う事です」


 このシステムは安全対策であると同時に、一種の保険なんだろうな。ドラゴン討伐を生業にしているスレイヤーが、不相応な相手に挑んで惨敗したなんて醜聞が市井に流れたら、それはスレイヤー……ひいては、それを束ねるギルドへの信頼に響きかねない。


「それと……これは私の問題なんですけど、少し魔法の研究の時間を頂きたいんです」

「研究? あれで完成でないの?」

「いえ、基礎自体はもう完成しています。ただ、ムサシさんと一緒に戦って思ったんですけど……あの全部掛け、完全に余剰火力でしたよね?」

「あー……確かに。毎回あれだとドラゴン討伐の度に地形変えちまいそう」

「そうなんですよ……まさかムサシさんに強化魔法をかけると、あそこまで人外染みた破壊力を生みだすとは思っていませんでした。それに、あの量の魔法を一度に書き込むと、いくら燃費を良くしているといっても、流石に魔力消費が激しくてですね」

「カラッカラになってたものな」

「はい。なので、魔力消費を抑えつつ効果を調整出来る……

「成程、俺専用の……ちょい待ち、?」

「はい」


 リーリエは前を向きながら、毅然と言い切る。それは……茨の道だ。


「あの馬車の中で話しましたけど、昔の私は新しい魔法を作るなんて不可能だと思っていました。だから、既存魔法の改良という方向に舵を切ったんです。でも……今の私は、それを“絶対不可能”とは思いません」

「ほう」

「もちろん、とても困難な道です。今までやってきた研究よりもきっと遥かに難しい……でも、ムサシさんの隣で戦うなら、改良魔法ではきっと足りません。ですから、やります。やってみせます。ですから……私に、時間をくれませんか? あ、勿論研究しながら一緒にクエストもちゃんとこなしますから!」


 そう言って、リーリエは足を止めてじっとこちらを見る。

 ……まいったな、いい炎を瞳に浮かべてやがる。こうなったリーリエを俺如きが止められる訳が無い。止める理由が、無い。


「分かった。リーリエがそう決めたのなら、俺は何も言わない。これから大事を成し遂げようと決めた人間に、無理をするなとも言わない。大いに期待させて貰うぞ」

「あ、ありがとう御座います!」

「いやいや、礼を言うのはこっちだリーリエ。俺の為にそこまでやってくれるって言うなら、俺もその期待に応えられる様にする。あ、一応言っとくけど発動した際の俺への負荷なんかは度外視でいいからな?」

「分かりました。そこは、ムサシさんを信じます」

「そうしてくれ」


 そう言って、俺はリーリエの頭を撫でる。


「っ!」

「っと、すまん。つい、な」

「い、いえ。大丈夫です」


 うーん、どうしても手が伸びちまうんだよなぁ。これ、どうにかしないとな。いくら歳が離れているといっても、リーリエはもう成人してる訳だし。こういう子ども扱いはあまり快く思わないだろう。


「あっ、ちなみに等級ってどうやったら上がるんだ? ひたすらクエストこなしてけばいいって感じ?」


 微妙な空気に成りかけたのを、強引に払拭するように俺はリーリエが話してくれたクエストの仕組みの中で気になった事を聞いてみる。


「いえ、ある程度の実績を積めば、ギルドから昇級試験のクエストが発注されるんです。それをこなせば、一つ等級が上がりますね。ですが、その実績というのがまた曲者でして……ある特定の種類のクエストだけを受け続けても、それは昇級試験を受けるための実績とは認められないんです」

「……つまり、あれか。採取系のクエストばっかやり続けても駄目だし、かと言って討伐系のクエストばかりでも駄目。実績として認められるには、その等級で受けれる全種類のクエストを万遍なくこなしていく必要がある、と」

「その通りです」


 ふーむ、となると中々大変そうだな。リーリエはソロの期間でも、自分のこなせる範囲でちゃんとクエストを受け続けていたみたいだからいいけど、俺はあの調査クエストが初めてだったからな……採取、討伐、その他諸々……やらなきゃいけない事は多そうだな。


「うん、こればっかりはしょうがないな。キチキチッとやる事やってくしかないべ」

「ですね……もしかしたら、私達が受注したあのクエストの功績が認められて、多少は昇級試験までの実績を優遇してくれるかもしれませんけど」

「そうなったらラッキー! 程度に考えておこうぜ。“捕らぬ狸の皮算用”をしてもしょうがねぇよ」

「と、とら……?」


 ……どうやら、この世界では向こうの“ことわざ”はイマイチ通じない様だ。


 ◇◆


 まだ朝早いにも関わらず、ギルド内は既に多くのスレイヤー達で溢れていた。その多くは、クエストボードの前で今から受注するクエストを吟味している様だった。


「あら、お二人ともお早いですね」


 涼やかな声で話し掛けてきたのは、昨日一緒に酒を酌み交わしたアリアさんだ。


「おはよう御座います、アリアさん」

「はい、お早う御座いますリーリエさん」

「はよっす、アリアさん」

「…………」


 あ、あら? 俺が挨拶したら何だか不満げな目でこちらを見てくるぞ?


「……ムサシさん、昨日ワタシがお話した事、覚えていらっしゃいますか?」

「え? あー……お、おはよう。アリア」

「お早う御座います、ムサシさん」


 俺が昨日、帰り際にアリアさ……アリアに言われた事を思い出し、リーリエに接するように口調と呼び方を変えると、アリアは何事も無かったかのように柔らかな笑顔を浮かべて挨拶を返してきた。

 こ、これでいいのか……? 相手はギルド職員だぞ……?


「…………」

「? どうしたリーリエ。そんな真剣な顔して」

「……いえ。ムサシさん、私達もクエストボードの方へ行きましょう。アリアさん、また後で」

「……はい、また後で。受注するクエストが決まりましたら、窓口の方へお越しください」


 何だろう、この……一瞬覚えた、二人の違和感。いや、決して険悪な雰囲気という訳じゃないんだが、何と言うかこう、お互いに緊張しているような感覚。


 二人の間に漂ったその空気の正体を、俺が知る事は出来なかった。

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