第29話 早朝尋問

 祝勝会から一夜明けた、早朝。俺は≪月の兎亭≫の自室で身支度を整えていた。


「酒は残ってないな……よし、問題無し」


 昨日はアリーシャさんに指摘されるぐらい飲んでいた訳だが、どうやら俺は酒に強い体質だったらしい。体も意識もすこぶる快調、俗に言う“二日酔い”という状態にはなっていない。


「後はリーリエだが……大丈夫かなぁ」


 昨夜のリーリエの酔いっぷりを思い出し、俺は若干不安を覚える。

 普段はとても真面目で几帳面なリーリエが、酒が入っただけでまさかあそこまで豹変するとは……。


「あれはあれで可愛かったけど、多分本人に記憶残ってたらすげぇ後悔に襲われてそうだな」


 頭を抱えて羞恥に悶えるリーリエの姿が容易に想像できる。ま、それについて変に弄ったりするつもりは無いし、俺が気にしなければ良いだけの話か。


「うし、準備オッケーと。どうすっかな、まだちょっと早いがリーリエを起こしに――」

「あの、ムサシさん。起きてますか」


 コンコン、というノックと共にリーリエの声が聞こえてきた。おや、どうやら今日は早起きの日だったらしいな。

 俺は手早く荷物を纏めると、部屋の扉を開けた。


「おはよう、リーリエ。今日は早いな」

「おはよう御座います。えっと、はい。今日はちょっと早く目が覚めちゃって」

「そっか。大丈夫か? 二日酔いとかになってない?」

「はい、大丈夫です。……その、昨日は色々とご迷惑をおかけしてすみませんでした」


 そう言って、リーリエはぺこりと頭を下げた。こりゃ記憶がバッチリ残ってる奴ですね、間違いない。


「あー、気にすんな気にすんな。俺は別に迷惑だなんて思っちゃいないよ。むしろリーリエの意外な一面が見れて嬉しかったよ」

「うっ……そ、それは出来れば忘れて頂けると……」

「そうか? 中々可愛かったけど……リーリエがそう言うなら忘れるよ」

「っ!」


 残念だ。あの子供っぽい仕草や言動はズバズバ俺の父性に刺さってきていたんだが……本人が忘れてくれと言ってるんだったら、しゃーなし。


「あの、ムサシさん。昨日の私……か、可愛かったっていうのは、本当ですか?」

「ん? 本当だよ。少なくとも俺からはそう見えた」

「じゃ、じゃあ忘れなくていいです!」

「えっ!?」

「むしろ覚えてて下さい!」

「う、うっす」


 有無を言わせないリーリエの迫力に押され、俺は思わず一歩後退った。俺を後退させるとはやるなぁリーリエ!

 しかし、いきなり前言撤回とはどういう事なの……しかも、心なしか顔赤いし。さっき自分で可愛いとか言っといてあれだけど、そう言った後にこういう反応されると何だか照れ臭くなってくるな。


「……取り敢えず、飯行こうか」

「そ、そうですね。行きましょう」


 お互い若干のぎこちなさを感じながら、俺達は一階へと降りて行った。


 ◇◆


 一階の食堂は、まだ早朝と言うだけあって客の姿は俺達以外にはまだ無かった。聞こえるのは、アリーシャさんが厨房で動き回る音だけだ。


「はよざいまーす」

「おはよう御座います」

「おや、二人ともおはよう。早いね」


 俺達二人がカウンター席に陣取ると、こちらに気付いたアリーシャさんが濡れた手をタオルで拭きながら近付いて来た。


「昨日あれだけ飲んでたから、起きてくるのは遅くなると思ってたけど」

「んー、俺は特に問題ないっすね。二日酔いも無いし、いつも通り起きれた感じです」

「私も特に体には残りませんでした」

「ん、いい事さね。さて、二人とも注文は?」

「俺はドラゴンステーキ特盛にライス特盛、それにスープとサラダセット大でお願いします」

「相変わらず食うねえ……リーリエは?」

「目玉焼き定食とサラダセット小でお願いします」

「はいよ」


 俺達の注文を聞き、アリーシャさんは再び厨房の方へと戻っていく。さあ、今日も朝からガッツリ食って一日頑張りましょうかね。


「…………」

「ん? どしたリーリエ、そんなこっち見て」


 隣から感じた視線に顔を向けてみると、そこには“じーっ”という擬音が付きそうな位にこちらを見つめるリーリエの顔があった。な、なんだ?


「ムサシさん、昨日はアリアさんをご自宅まで送って行ったんですよね?」

「ああ、そうだな。夜道を女性一人で帰らせんのは危ねぇだろ?」

「そうですね、素晴らしい気遣いだと思います。……で、アリアさんにナニかしませんでしたか?」


 ガタタタタッ!


「い、いきなり何の話だ!?」

「いえ、アリアさんは美人ですから……ムサシさんが送り狼になったりしていなかったか心配だったんです」

「普通に送って行っただけっす! 何もやましい事なんかしてないっす! ただちょっとお悩み相談に乗ったり、気分転換に空中散歩位はしたけど……」

「……はぁあああああ~……アウト、アウトですムサシさん」

「何故!?」


 嘘やろ? 何がアウトなんや? あ、もしかして俺がとった行動ってあんまり女性に好まれる行動じゃなかったって事か!? うわぁ、最悪や……。


「大体なんですか、お悩み相談からの空中散歩って意味が分かりませんよ。どういう流れからそうなったんですか?」

「えっ? そりゃあ……ちゃんと話を聞くために、酔いを醒ます必要があったから……」

「で、夜風を浴びるために取った行動が空中散歩ですか。ムサシさんの事ですから、どうせアリアさんをお姫様抱っこでもして空をぴょんぴょん跳び回ってたんですよね?」

「何でわかんの!?」


 エスパーか? この子はエスパーか何かなのか?


「……で、家まで送った後は何も無かったんですか?」

「そりゃあ、別に特別な事は……あ、でも最後に言われたな」

「何をです?」



 ――ワタシの方が年下なんですから、これからはさん付けは無しでお願いします。リーリエさんに話し掛けるみたいに、ワタシにももっと気軽な口調で話して下さい――



「って言われたわ。俺としちゃ別に構わないから『分かった』って返したけど……どしたリーリエ、急に頭抱えて」


 俺が昨日アリアさんに言われた事を話したら、今までこちらを向いて話していたリーリエががっくりと項垂れて、その頭を抱えて何やら小さな声でぶつぶつと独り言を言い出した。


「どうしよう……これもう間違いなくアリアさん絆されちゃってますよ……も、もう覚悟を決めるしか……」

「リーリエ? おーい、戻ってこーい」


 その様子を見て、俺は一応声をかけるが、どうやら届いていない様だ。こうなるとリーリエは中々手強いんだよなぁ。


「ん、そういやあの“罪作りな人”だの“女誑し”だのはどういう意味だったんだろ。俺別に誰かを誑し込んだ事なんて無いんだけどな……」

「……ムサシさん、それいつ言われたんです?」

「うおっ、復活したのかリーリエ」

「い つ 言 わ れ た ん で す ?」

「ヒエッ」


 さ、寒い! リーリエから凄い冷気を感じるぞ! そしてコワイ!


「き、昨日空中散歩してた時っす! お悩み相談受けてた時に言われたっす!」

「……アリーシャさん、どう思います?」

「黒だね、黒。真っ黒だよリーリエ。どうやらアンタの女の勘が当たったみたいだよ」

「ですよね……」


 いつの間にか料理を運んで来ていたアリーシャさんが、白い目でこちらを見つめてくる。それを聞いたリーリエも、また同じような目で……ダレカタスケテ。


「で、どうするんだいリーリエ?」

「はぁ……一度、アリアさんとしっかりお話しします。私はアリアさんの事は大切なお友達だと思ってますから」

「お、いいじゃん。アリアさんもリーリエの事は良き友人だと思ってるって言ってたぞ。リーリエも同じように思っていてくれてるかは自信が無かったみたいだが、そこはフォローしといた」

「そ、そうですか。良かった……」


 俺の話を聞いて、リーリエはほっと胸を撫で下ろした。お互いその辺に関しては、少し臆病になっていたみたいだったがこれなら大丈夫だろう。


「でも、だったら尚の事しっかり話し合わないといけないね」

「そうですね……出来るなら、誰も悲しまない結果に結びつけばいいんですけど」

「そこは、アリアの答えとムサシの甲斐性次第だろうね。その様子だと、リーリエはもう覚悟してるんだろう?」

「……はい。もう、決めました」

「そうかい。なら、いい」


「あの、お二方? 甲斐性だとかなんだとか聞こえてきたんすけど、一体何の話を……」

「「…………」」

「すんません耳塞いで飯食ってます……」


 俺はまるで現実から逃げるように、聴覚をシャットアウトして目の前の料理に食らいついた。ああ、今日もアリーシャさんの作る飯は美味いなぁ!

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