第18話 VS. 飛駆竜クラークス(前編)

 その影は、滑空する形で大穴から坑道内へ飛び込んできた。

 着地した瞬間、轟音と共に砂塵が舞い上がる。

 俺達の前に降り立ったは、辺り一帯に響き渡る憤怒の咆哮を上げた。


「グルオオオオオオオオオオオオオ!!」


「うっせぇなコノ野郎、ピーチクパーチク喚きおってからに」

「そんな……どうしてこのタイミングで……」


 魔導杖ワンドを持ったリーリエの手がカタカタと震えている。こりゃいかんな、恐慌状態になっとる。

 俺は左手の金重かねしげを地面に突き立て、空いたその手をリーリエの頭にポンと置いた。


「心配すんな。俺の強さは知ってるだろ? それに今回はお前さんもいるんだ、万に一つも後れを取る事なんざねぇよ。……俺の言葉は信じられないか?」

「――! い、いいえ! そんな事は無いです!」

「なら良かった。んじゃ、俺もその期待に応えないとなぁ。ぶっつけ本番になっちまったが、まぁいい」


 金重かねしげを左手に持ち直し、俺は眼前のドラゴンを見据える。


 その姿は、俺の記憶にあるドラゴン――ヴェルドラとは、大きくかけ離れていた。

 奴は二足歩行だったが、コイツは四足歩行。だが、一番奇怪なのはその体表だ。

 その身体は、大小様々な鉱石の塊で覆われており、陽光を受けて鈍く光を放っている。ヴェルドラに勝るとも劣らない巨体を運んだ翼は、今は背中にすっぽりと格納されて全く見えなくなっている。

 後脚に比べて発達した前脚は、先端が無数の鉱石を固めて作った様な巨大な球状の……外殻?で覆われていた。


「グルルルル……」

「おーおー怒っていらっしゃるねぇ。リーリエ、確認したいんだが――っとお!」


 リーリエに語りかけようとした瞬間、ヤツが俺めがけて飛びかかって来た。

 いや、この場合殴りかかって来たと言うべきか。あの前脚の外殻、どうやら鈍器の役割を担っているらしいな。

 そのパンチを真正面から金重かねしげを以って迎え撃つ。


 ガィン!! という衝突音が響き渡る。コイツ、中々のハードパンチャーだな。普通ならこの重量差でぶつかり合えば、当然吹き飛ばされるのは俺になる訳だが――


フンッッッ!」


 残念、お前が相手にしているのはなんだなこれが!


 ヤツのとカチ合った双剣形態の金重かねしげ二振りを、膂力の赴くまま強引に振り抜く。跳躍して殴りかかって来ていたヤツの四肢は完全に地面から離れており、当然踏ん張る事も出来ない。


「グルアッ!?」


 結果、力負けしたヤツの巨体は横合いに殴り飛ばされる形で地面を転がった。

 しかし、流石はドラゴン。獣を相手にするのとは訳が違う。吹き飛ばされても即座に起き上がり、正面から再び殴りかかって来た。


「しつこい野郎だな! すまんリーリエ、まずはコイツを後衛のお前から引き離すから後ろに下がっといてくれ!」

「は、はいっ!」


 弾かれた様にリーリエが距離を取る。同時に、俺は金重かねしげを大剣形態に切り替え、突進してきたヤツの巨体をその面で受け止める。

 ズン! と足が地面に沈み込み、そのまま三十センチ程後ろへと押しやられる。

 ――だが、それだけだ。


「オルルアアアアアアアアアッッッ!」


 気合一発。お返しとばかりに、今度は俺がヤツを一気に押し返す。


「――ガッ!!」


 地面を踏み砕きながら猛然と突き進んでくる俺の存在を、初めてヤツは異質だと認識したらしい。飛びかかって来た時とは打って変わって後ろへと跳躍し、俺と距離を取ろうとする。


「させっかボケナス!」


 しかかっていた重量が消えた瞬間、即座に金重かねしげを双剣形態に戻してヤツに斬りかかる。

 うむ、初めて実戦で使う割にはいい感じに振れてるんじゃない?


「【念信テレパス】ッ!」


 激しい衝突音が幾度も響き渡る中、鋭いリーリエの声が聞こえた。どうやら何か魔法を使ったようだが……。


『聞こえますか、ムサシさん!』

『うおっ、何だこりゃ!? 頭の中にリーリエの声が聞こえるぞ!』

『念話を可能にする魔法です。これなら話が出来ますか?』

『応! これなら戦いながらでも余裕だわ』


 目の前の岩石ドラゴンと斬り結びながら、俺は頭の中で返事を返す。


『良かった……ムサシさん、聞きたい事があったようですから、咄嗟にこの光魔法で会話が出来るようにしてみたんです。正直、念話に意識が持っていかれて動きが止まらないか心配でしたが……』

『成程、賭けだった訳か。だが、ナイスな判断だリーリエ。俺相手だったら幾らでも博打していいぞ、即座に対応しちゃる』

『ありがとう御座います。それで、私に聞きたかった事とは?』

『うむ、今目の前に居るコイツの事なんだが……二年前にここを襲った奴はコイツなのかっていう確認だったんだが』

『それは……判断しかねますね』

『と言うと?』

『二年前、このネーベル鉱山を襲ったのは【飛駆竜ひくりゅう】クラークスと言う肉食性の大型ドラゴンだったそうです。四つ足で、巨大な翼をで空を飛び、茶色の鱗を持つドラゴンなんですが……』

『成程、翼を持つと言う点と四つ足と言う点は一緒だが、どう見ても茶色の鱗って感じじゃないわなぁ』

『そうなんですよ……』


 幾度も金重かねしげを振るい、ご自慢の拳を悉く弾き返してくる俺を怒気を孕んだヤツの紅い目が見据える。おーこわっ。


『んー、でもぶっちゃけ言うとコイツそのクラークスってドラゴンだと思うんだよなぁ』

『えぇっ!? で、でも見た目が……』

『逃げて、石食って、進化した! 以上!!』

『そ、そんな無茶苦茶な……』

『いや、真面目な話俺の推測多分合ってるぞ。ここの鉱石群は多分コイツの餌だ。んで食いまくってる内に餌として食った鉱石が茶色の鱗を今の見た目に作り替えた。さっきから斬り結びながらコイツの外殻を注視してたんだが、ここで見つけた銅鉱石やら銀鉱石がガッツリ使われてる。頸や胸部といった急所に至っては金剛結晶ダイアクリスタルで覆われてんぞ』


 ちらりと視線をやれば、首の付け根から胸部、腹部とかけて一面が透明で光を放つ結晶に覆われているのが見えた。


『スレイヤーに追い詰められて極限状態になった結果、食性が変化し急激な進化を遂げたとは考えられないか?』

『……正直、かなり強引な推論だと思います。しかし、そう考えれば色々と辻妻が合うのも確かです。鉱石が主食となったクラークスは、己の餌場としたこの場所でより多くの餌を得る為に空間を拡張していき、その過程で出てきた鉱石を捕食する事によって自分の躰をより頑強に進化させていった……そうして時が経つにつれて拡張され切った空間の一部が崩落し、外へと繋がった』

『外に出ていたのはテリトリーを広げるためだろうな。しっかし、この見た目で外飛び回ってたら相当目立ちそうなもんだが』

『恐らく二年前の経験で、人間に対する警戒心が非常に高くなっているのではないでしょうか? もしかしたら雲の上に出る位の高高度を飛んでいたのかも……』

『あのクソ重そうな躰でか? だとしたら筋力やその他諸々も進化の過程で超強化されてそうだな』

『ええ。ここに飛び込んできたのは自分のテリトリーに踏み込んだ私達を排除するためでしょう』

『警戒心をかなぐり捨てて襲い掛かって来ている所を見る限り、余程この餌場が大切なんだろ……にしてもコイツかったっいなあ!!』


 金重かねしげがぶつかる度に火花が上がる。外殻が少しずつ砕けているのは分かるが、これじゃ剣を使っている意味が無いんだよなぁ。

 サクッと斬って綺麗な状態で素材を持ち帰りたいんだけど……。


『頑丈なのはいいけど、代わりに切れ味が犠牲になってたんじゃ剣の意味ねええええええ!』

『落ち着いて下さい!』

『ハイ』

『す、素直ですね……光魔法の中に武器の切れ味を一時的に上げる魔法があります。ですが、金重かねしげの“魔力を通さない”という特性上、その効果が発揮されない可能性が高いです』


そう言えばそんな特徴あったのこの剣。じゃあ魔法による武器の直接強化は無理か。


『なので、ムサシさんに身体強化系の光魔法を複数重ね掛けします。スピードとパワーを底上げして、更に拘束系の闇魔法でクラークスの動きを止めれば……ただ、切れ味を直接上げる訳ではないので、最後はムサシさん次第になると思います』

『上等! したらば早速――』


 リーリエの作戦を聞き、俺が一旦距離を取ろうとしたタイミングで、不意にクラークスが後方へと跳躍する。

 そして後ろ脚に力を入れると、高々と


「なんだぁ!?」


 突然の行動に、俺は一瞬硬直した。

 いきなり垂直飛びして何するつもりやコイツ!


「グルアアアアアアアアア!!!!」


 自由落下に入ったかと思うと、その勢いをそのままにヤツは球状になっている前脚を渾身の力で地面に叩き付けた。


「きゃあっ!?」

「うおっ!」


 ズシンッッッ!!! という音とアホみたいに強烈な衝撃が大地を揺らす。地面が放射状にひび割れると同時に、辺り一帯を大量の土煙が覆いつくした。


「うぇっ、ペッ! 口に土入った……リーリエ、無事か!?」

「けほっけほっ、何とか……」


 よし、どうやらリーリエは大丈夫のようだ。

 しかし、何だこりゃ。目眩ましのつもりか? 残念だが俺にこんな小細工は――。


「ん、何だ? 土煙に交じって何か赤い粉が……」


 ――ガチンッ! ガチンッ!――


 その音は、ハッキリと俺の耳に届いた。同時に視界の奥、土煙の向こう側で……微かに、


「――ッやっべぇ!!」


 ヤツが何をしようとしているのか理解した俺は、瞬時に金重かねしげを大剣形態にしてリーリエの声がした方へと一足で跳ぶ。

 間に合えッ!


「えっ、ムサシさ――」


 驚いたような表情を浮かべたリーリエを抱えると同時に金重かねしげを地面に突き立て、それに背を預けながら俺はリーリエをすっぽり包み込むように抱きしめ、地面へと座り込む。


 ――次の瞬間、鉱山全体を揺るがすような大爆発が発生した。

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