第17話 エンカウント

 ミーティンを発ち、二日かけてようやく目的地の廃鉱付近に着いた。

 道中の野営中に、野生動物による襲撃の一つでもあるかと思ったがそんな事は無かったぜ!


「では、自分は近くの馬宿で待機していますね」

「分かりました。こちらもクエストを達成したら戻りますので」


 俺の後ろで、御者の青年とリーリエが話している。この手のやり取りは基本的にリーリエ任せだ。俺が話すと怖がられるんだよなぁ……しゃあなしやけど。


「お待たせしました、ムサシさん」

「おう。じゃあ行くか」


 ◇◆


 廃鉱までの道は、元から整備されていた所に定期的にスレイヤー達が入っていた事もあって、歩くのに全く問題無いほど綺麗な状態だった。


「魔の山とは大違いだなぁ……」

「それはそうですよ。ネーベル鉱山では沢山の炭鉱夫が働いていましたからね、周りの環境もしっかり整備されていてとても働きやすい場所だったそうです」

「はぇ~。炭鉱夫って結構キツイ職業ってイメージがあるけどなぁ」

「確かに重労働ですけど、それに見合うだけの給金が支払われていたんです。ここで働いていた人達は一般的なスレイヤーよりかはよっぽど豊かな生活が出来ていたそうですよ?」

「はぁ~羨ましいねぇ。でもアレだな、それだとドラゴンの襲撃でここが閉鎖されたせいで路頭に迷った奴も大勢いたんじゃねえのか?」

「そうですね……多くの人は貯めていた給金を持って故郷に帰ったり、別の鉱山で働いたりしているそうですが、それが出来なかった人達は……」


 そう話すリーリエは、どこか哀しみを感じさせる表情を浮かべていた。見ず知らずの人間の為にこの子は、やはりいい子なんだなと思う。


「……戻って復興させようと思った奴は居なかったのか?」

「どうでしょうか……内心では戻りたいと思っていた人は大勢いたと思います。でも、スレイヤーでもない一般人がドラゴンに襲われたら、その恐怖は中々消えないものです。当時の襲撃の際は、死傷者もかなり出たみたいですから」


 その話を聞いて、俺はこの世界に来てヴェルドラに襲われた時の事を思い出した。

 あの時、俺の心は目の前に現れた異常な存在からもたらされる恐怖に支配されていた。その恐怖と死から逃れる為に、死に物狂いで逃げた。


 逃げ伸びた後も、その時に植え付けられたトラウマを克服するのには非常に長い年月を要した。正直、完全に克服できたのはリーリエと出会った時にこの手で奴を倒した時だったと思う。

 もう自分の方が強い、だから恐れる事など何もないとあの時は思っていたが……いざ自分の手で倒した時、一瞬だけ心が軽くなる感覚を覚えた。


 もしかしたら、心の何処かで俺はアイツを恐れたままだったのかもしれない。


「頭では戻りたいと思うが……心がそれを拒否する、か。ままならねぇもんだな」

「そうですね……あ、ここですよ」


 そうこうしている内に、俺達の目の前に廃鉱の入り口が見えてきた。

 鉄の枠組みで頑強に補強されていたが、その一部が不自然にひじゃげて錆びついている。恐らく、当時ドラゴンが入り込んだ時に出来た傷跡だろう。


「中は暗そうだな」

魔力灯マナライトも機能していませんからね。――【照光イルミネイト】」


 中に足を踏み入れると同時に、リーリエが魔法を発動させる。

 足元に白い魔方陣が現れたかと思うと、そこから白い光を放つ光球が四つ出現し、俺達の体の周りに停滞して辺りを照らし出した。


「これで明かりは大丈夫です」

「いいね。夜目は効く方だが、やっぱ明かりがあった方がずっといい」

「ありがとう御座います。さぁ、行きましょう」


 リーリエは魔導杖ワンドを握り直し、俺はパキパキと指の骨を鳴らす。

 十分に周りを警戒しながら、俺達はその奥へと進んでいった。


 ◇◆


 廃鉱の中は、外の比較的綺麗な状態とは違って、かなり荒れていた。

 壁のあちらこちらが崩壊していたり、削り取られたような跡が残っていた場所もあった。


「当然と言えば当然だが、結構状態が酷いな」

「ええ。あちこちにドラゴンが襲撃した時の跡が残っていますし」

「だなぁ。……うおっ、これトロッコのレールか?」

「見事にひしゃげていますね」

「……なぁリーリエ、あれ見てみ?」

「何ですか……うわぁ」


 俺が指さした先、そこには深々と壁に突き刺さっているトロッコがあった。


「多分ドラゴンに吹っ飛ばされてああなったんだろうなぁ」

「ですね……」

「しかしここ、人間が使っていたにしては随分と通路や採掘場所の空間が広くとられてるな」

「運び出す鉱石の量が大量だったのと、行き来する人間の数が多かったので、これくらいの空間が必要だったんでしょうね」

「ふむ……だが、この広さが仇になったんだろうな、これじゃ大型種のドラゴンだって悠々と通れるぞ」

「はい。空間拡張は必要な事だったんでしょうけど……」

「まさかドラゴンが鉱山の中に入り込んで来るなんて思わんかったんだろうな」


 餌になるような物だってここじゃ少ないだろうに。……いや、もしかしてここで働いていた大量の人間が目的だったのか? もしそうだったら……おっかないな。


「しっかし、さっきから大分歩いてる気がするけど、獣一匹いやしねぇな」

「そうですね……依頼書には『敵性生物の排除』とも書かれていたので、何かしら獣や小型種のドラゴンが入り込んだりしているものかと思いましたが」


 そうなのだ。今いる場所に至るまで、俺達は他の生物と出くわす事は無かった。ここは荒れているとはいえ、雨風を凌ぐには最適な場所である。だから獣の類がたむろしているのかと思いきや、その気配が全くしない。

 ……どうにも、嫌な予感がする。魔の山で十年生き延びてきた俺の本能が、警鐘を鳴らしていた。


「ムサシさん! これを見て下さい」

「ん? どした?」


 俺が物思いにふけっている間に、リーリエが何か見つけたようだ。その方向に向かって歩いていき、しゃがんで地面を指さすリーリエの隣に同じ様にしゃがみ込む。


「これは……足跡だな」

「ええ。恐らくここに住み着いている獣の物かと」

「だな。んでこいつは……狼の足跡だな」


 残された足跡の横に手を置き、自分の手の大きさと比べてみる。……中々大きな個体の物の様だ。


「しかし残っているのが足跡だけか」

「肝心の狼は何処に行ったんでしょう?」


 疑問符を浮かべながら、リーリエは首を傾げる。その時、俺はその足跡の先を見ていた。


「……リーリエ、見てみろ」

「え?」

「この足跡の主は、どうやら向こうへ行ったようだな」


 そう言って俺が指さした方向は、恐らく下層へと繋がっているであろう下り道があった。その奥へと、狼の足跡は伸びていた。


「成程、この先にある空間が根城になっている可能性が高い、と」

「ああ。それによく見てみろ、続く足跡は一つじゃない」

「……本当ですね。となると、群れでこの先に居座っている可能性が高いという訳ですか」

「その通りだ。さて、ここから先は俺が先陣を切る。リーリエはバックアップの用意を頼む」

「分かりました。ただ、この先はこれまでの道よりも狭いようです。周りに気を付けて行きましょう」

「合点承知」


 こうして、俺達は残された足跡をなぞる様にその奥へと進んでいった。


 ◇◆


「……なぁリーリエさんや、ここって鉱山の下層部分なんだよな?」

「その筈、なんですが……これは一体……」


 俺達が辿り着いた場所、そこは他の場所に比べて更に大きな空間が広がっていた。

 ……いや、いくら何でも広すぎんだろ。ミーティンの中心部にある噴水広場がまるっと入るレベルの大きさだぞコレ。

 だが、真に俺達が驚いたのは空間の広さではない。


「……何で空が見えてるんだ?」


 そう、この空間にはさんさんと陽光が降り注ぎ、空間全体を明るく照らし出していたのだ。それこそ、リーリエの【照光イルミネイト】が不要な位に。

 太陽の光が差し込む方向――本来であれば壁がある筈のその場所は、斜め上に向かって大きくブチ抜かれており、そこから雲一つない青空が顔を覗かせていた。


「ていうか、壁が丸ごと無くなってんぞオイ」

「……これも、ドラゴンの仕業なんでしょうか?」

「そう考えるのが妥当だが、もしそうならこれをやった奴は相当ヤバい部類に入るんじゃないのか?」

「間違いなくヴェルドラクラス……いえ、下手をするとそれを上回る力を持った大型種の可能性が高いです」

「こりゃ一旦戻ってギルドに報告するべきか? 居ると思った狼の群れも居ないし……ん?」


 大きく狂ってしまった予定をどうするか考えていた時、俺は大穴が開いた方向とは反対側にある壁に、ある物を見つけた。


「なぁリーリエ、これって……掘りかけの鉱石か?」

「え? ……そう、ですね」


 俺達が目を向けた先には、むき出しになった巨大な鉱石群があった。太陽の光を反射して輝くそれらは、素人目で見ても非常に質の良い鉱石だと分かった。


「鉄鉱石に、銅鉱石。銀鉱石も混じっていますし……あっ! 金剛結晶ダイアクリスタルまでありますよ!」

「それって、凄い物なのか?」

「はい、業物と呼ばれる武具にはほぼ確実に使われている素材です。見た目も非常に美しいので、装飾品の素材としても人気ですね。モノによっては竜核を上回る価格で取引されているとか」

「よっしゃ、持って帰ろうぜ!」

「えぇっ!? で、でも採掘道具なんて持っていませんよ?」

「心配ご無用、手刀でサクッと削り取ったるわ」

「はい? そんな事出来る訳……いえ、ムサシさんなら可能ですね、確実に」

「良く分かっていらっしゃる。あ、でもこれって勝手に持ち帰っていい物なのか?」

「それは大丈夫です。クエスト中の採取活動は自由ですから」

「やったぜ。それじゃ早速……」


 意気揚々と鉱石群に近づいた所で、俺はピタリと足を止めた。


「……なぁ、リーリエ。聞きたい事があるんだが」

「どうしたんですか?」


 突然足を止めた俺に、リーリエが怪訝な顔をしながら問いかけてくる。


「ドラゴンってさぁ、種類によって食べる物が違ったりするのか?」

「? そう、ですね……ドラゴンは個体毎の特徴の差が激しいので、単純に肉食・草食と分ける事は出来ませんね」

「成程ね。じゃあが居てもおかしくない訳だ」

「え? それは、どういう……」

「この鉱石群をよく見てみろ。一部がまるで様に綺麗に消失している」

「……!」


 俺が指摘した場所、そこは半円の形に綺麗に無くなっていた。そして辺りを見渡せば、他の鉱石群が露出した場所に同じような痕跡が幾つも見られた。


「野生動物ってのは賢い生き物でな、自分よりも遥かに強い相手には決して戦いを挑まない」

「えっ?」

「だから俺はここに来るまで、闘気やら殺気やらは全部体の内側にしまい込んでいた。そうじゃないと排除しなきゃならない敵性生物に逃げられると思ったからだ」


 そう話しながら、俺はゆっくりと金重かねしげの柄に手を伸ばす。


「ここに他の生物の気配が無いのは至極単純……逃げたんだ、俺達が来るよりも前に。ここに住み着いていた狼の群れも、自分達の前に現れたを前にして、自分達の生存の為にねぐらを放棄した。狼や熊といった連中にそんな恐怖を与える存在なんて、自然界には一つだけだろうな」

「まさか……」


 遠くから、風を切る音が聞こえる。その音は壁に開いた大穴から聞こえてきており、どんどんこちらに近付いて来ている。

 俺は金重かねしげを抜刀し、後ろを振り返った。


「構えろリーリエ。ここの家主――ドラゴン様の、お帰りだ」

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