第1話 第一異世界人発見!(10年ぶり一回目)
パチリと俺は目を覚ました。今日も体内時計は完ぺきな時間を刻んでいる。
住みかとしている洞窟の奥、居住スペースとして拡張した空間で鹿の毛皮を使ったベッドから腰を上げ、あくびを一つ吐く。
「あ~……どれ、今日も一日頑張りますか」
身体を伸ばしてから、俺はいつものように支度を始める。
熊の毛皮から作った腰巻を巻いて、ざっぱに切り揃えた髪を首の後ろで樹木の蔓から作った紐で一纏めにする。これでオールバック状態になるので、視界の邪魔にはならない。
そして、腰に竹から作った水筒を二本ぶら下げた。片方は水、もう片方には山暮らしの中で発見した薬草を混ぜ合わせて作った獣除けの液体を入れておく。ちなみにこれ、ドラゴンにも有効である。
後は動物などの解体用に石を粗く削って作ったククリナイフを腰の鞘に差し込んで準備完了だ。
「っと、行く前に印付けねぇとな」
住居から出る前に、手作りの木製机の上に置いてあった石を手にして壁に一本線を引く。
洞窟の壁……そこには、日数を表す無数の線が引かれていた。
――この世界に来てから十年。思えば随分長く暮らしてきたものだ。
死に物狂いで生きてきた。山暮らしを続け、鍛錬を続けるうちに身長も伸び、体格もデカくなった。
というか、ぶっちゃけ鍛えすぎて骨格まで変わったせいでもはや別人になってしまった。昔の面影と言えば多少彫りが深くなった顔つきくらいだろうか。
今の俺はどこに出しても恥ずかしくない立派な筋肉ダルマである。その見た目に恥じぬ膂力と身体能力を得たおかげで、山中に生息する小型・中型のドラゴンなら拳骨一発で粉砕可能だ。
……いささか鍛えすぎた気がしないでもないが、まあいいだろう。死ぬよりはマシだ。
「さーて今日は何が獲れっかな~。熊肉喰いてぇ」
獲物を頭に思い浮かべながら、俺は洞窟を出る。朝日が眩しい。
「ん……一応こいつも持ってくか」
そう言って俺が手に持ったのは入口に立てかけてあった一本の木製杭だ。杭と言ってもその大きさは身長が二メートルまで伸びた俺とほぼ同じの特大サイズで、太さも五十センチはある。
「な~んか今日は大物と出会いそうな気がするんだよな……」
それこそ大型種、十年前に自分が最初に出会ったあのドラゴンみたいなヤツに。
あくまで勘であるが、念には念を入れる。用心するに越した事はないしな。
「よし、取り敢えず行くどー」
巨大杭を軽々と肩に担いで、俺は疾駆する。
鍛え上げた肉体は凄まじい速度で山の中を駆けていく。絶えず裸足で生活していたせいか、足裏は鋼の如き硬さになっており、枝だろうが石だろうが問答無用で踏み潰していく。そんな俺の行く手を遮れるものなどない。
「すげぇ今更だけど俺だいぶ人間やめちまってる気がするな……まぁいいや!」
細かい事は気にしない! それよりも今は食料の事である。
しばらく山の斜面を駆けあがるとやがて一番高い場所に出た。このあたり一帯を見渡す事が出来る俺のお気に入りの場所だ。ここからなら獲物もよく見える。
「さーてお目当ての熊はいるかなっと……」
眼下に広がる風景に目を向ける。鍛え上げられた視力をフルに活用して視線を動かすが――
「……妙だな、
十年この山で過ごしてきた俺の感覚が違和感を訴える。
「鳥も飛んでねぇし、生き物の動きも無い。これは――」
ドラゴンがいるかもしれねぇ。
俺がそう呟いた時、不意に異常な音を捉える。
風や木々の騒めきに交じり、かすかに聞こえる音。それは木々を巨大な物がかき分けていく音であった。
その音の中で、俺は確かに聞いた。
「……人の声だ」
それも、女の声。この世界に来て初めて聞いた、自分以外の人間の声だ。
更に耳を研ぎ澄ませば、その声はまるで何かから逃げているかのような悲壮感を漂わせるものだった。
「――!
その瞬間、俺は弾丸の如くその場から駆け出した。
(だいぶ下の方まで降りねえといかんな……そして襲ってるのはおそらく
全速力で木々の間を駆け巡る俺の頭に思い浮かんだのは、十年前のあの光景。
自分の無力さを思い知らされた因縁の相手。
「大丈夫……あの時とは違う。今度は、俺が喰らう番だ」
自然と口の端が吊り上がっていくのがわかる。今の俺の心にあるのは恐怖ではなく、歓喜。
闘争という歓喜の渦が湧き上がるのを感じた。
幾つもの木々をかき分け、蹴散らし、ついにその場所に到着する。
視界が開けたその先に、ヤツはいた。
その体躯は十年前に見た時よりも一回り大きくなっていた。一瞬別の個体とも思ったが、瞬時に否定する。
全身の細胞という細胞が告げている。目に映る濃緑の巨体は、間違いなく十年前のアイツだと!
駆け降りるスピードをそのままに、俺は地を強く蹴った。体が宙高く舞い上がり、眼前に迫るヤツの頭に向かって担いできた巨大杭を振りかぶる。
「オルルァッッ!」
雄たけびと同時に杭の反対側、平面の部分を押し込めるように叩き付けた。
「ギャアアアアアアッ!?」
突如頭を襲った衝撃に、ヤツは大きく体をのけぞらせる。砕かれた外殻と、僅かに破損した巨大杭の一部が宙を舞った。
「ふぅ……大丈夫か?」
「……えっ? あっ、はい!」
俺が襲われていたと思われる少女へと声をかけると、驚愕と戸惑いの色を含んだ返事が返ってくる。
良かった、元居た世界とは全然違う場所だから言葉の壁が気掛かりだったが、どうにか通じるみたいだな。
「よし、ちょっくらアイツ仕留めてくるから待ってて」
「そ、そんなの無理です! だってあのドラゴンは――」
少女が何か言い終わる前に、俺は地を蹴りヤツへ肉薄する。
不意打ちの衝撃から解放されたヤツが、かぶりを振って怒りの咆哮を上げようとした瞬間、俺は加速した体の勢いをそのままにヤツの口の中へ巨大杭を叩き込んだ。
「ガッ――!?」
「させねぇよ!」
ヤツが顎を閉じようとする前に、巨大杭の頭部を力任せに殴りつけた。
「さっさと! くたばれ!! この野郎!!!」
殴りつける度に、巨大杭がどんどんヤツの体に飲み込まれていく。そして杭が完全に口の中に納まったところで――
「ラストォ!」
駄目押しに最後の一発を渾身の力で叩き付ける。巨大杭が臓腑を引き裂く感覚と共に、俺の腕が一気に口内の最奥まで届いた。
「ガ……ア……」
か細いうめき声を最後に、その巨体がゆっくりと地面へと倒れる。
血に濡れた腕を引き抜いたところで、ようやく辺りに静寂が戻った。
「昔の借りは返させてもらったぞ。安らかに眠れ」
「うそ……ほんとに倒したの……?」
「あ、忘れてた」
後から聞こえた呟きで此処にもう一人の人間がいたことを思い出す。
いかんな、目の前に集中しすぎると周りの事が見えなくなるのは。
「よう、怪我はないか」
「……」
「あ、あら? もしもーし、聞こえてますかー?」
改めて襲われていたと思われる少女に近寄り声をかける。が、返事が返ってこない。
歳は十代後半だろうか。肩口辺りで切り揃えられた髪が太陽の光を反射して金色に煌いており、そこから見える瞳はエメラルドを思わせる綺麗な色をしていた。そして乳がデカい、素晴らしい。
「あるぇ? もしかして言葉が通じて――」
「あの!!」
「ハイッ!?」
座り込んでいた彼女が突然立ち上がりこちらにずいっと顔を近づけてきた。
ちょっ、近い! 近いっす! 風に乗ってすげえいい香りがする!!
「私と! パーティーを組んでくれませんか!?」
「――は?」
――拝啓・地球の親父殿、お袋殿。こちらに来て初めて出会った人はパツキンの美人さんでした――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます