砂漠の狩人 前編

——人は糧を得る為に生きる


 かれこれ何年ここにいるんだろうか……それすらもわからないほど、今の場所に私は馴染んでしまっている。昔のことなんてのは、とっくの前にほとんど忘れてしまった。覚えているのは、少なくとも私がこの土地の生まれではないという事。そして、今いる場所が昔からは全くもって連想できない、そんな場所である事くらいだ。重装輪大型トラックの助手席に座っている私が窓から眺めている景色はどこからどこへ目を動かしても砂、砂、砂……砂と岩と僅かな草しかない。全くもって観光には不向きな土地だ。



「こうも砂漠続きじゃ、なーんにも楽しめそうにないねぇ……なんかこう、オアシス的なものはないの?」



 思わず私はそんな言葉を、運転席に座る私よりちょっと年上くらいの男性にかけていた。スキンヘッドにサングラス、服装は防弾チョッキとタンクトップという、お前はどこの世紀末からやってきた人間だと言いたくなるような格好をしているの男性の名はウィルソン。ある意味私のバディである彼は、私の言葉を聞いてやれやれといった雰囲気を醸し出していた。



「それは仕方ねえだろ。中東なんてこんな景色がいつまでも続くんだ。運転してる側の身にもなってみろよ。なんの代わり映えもしない大地が延々と続く光景と前を走るトレーラーのケツを眺めながらアクセルを踏んでハンドルを握るだけの直線道路……マジで眠くなって来るぜ、これ。てか、今でも寝る自信あるわ」


「ウィルが寝たら私達が一発でお陀仏でしょうが! 絶対寝ないでよ!」


「わかってるっての」



 ウィルはそう笑い飛ばすように言うが、本当に寝られたら困る。その瞬間、道をそれて砂漠で遭難するか、前方の大型トレーラーの後部に衝突してミンチになるかのどちらかだろう。ちなみに私はどっちも嫌である。まぁ、ある意味スリルがあるから楽しそうではあるかもしれないが、こんなところまで命をかける気は無い。そういう死に方だけは絶対にゴメンだね。



「でもさぁ、このコンボイを狙う奴らなんているわけ? ……まぁ、そんな奴らがいるから私らがつけられてるんだろうけど」



 現在私達の前を走るトレーラーの前にもあと二台、計三台の大型トレーラーが列をなしてコンボイを作っている。しかも、その中身は全部同じ。その三台を護衛する為に投入されている戦力は歩兵に換算して一個中隊から二個中隊規模。正直言って過剰なまでの護衛戦力なのかもしれないが、絶対に中身の物を取られるわけにはいかない。



「物資が物資だけに、テロ屋や民兵組織はいつでも狙ってるようなものだろ。難民支援用の物資と言っておいて、中身は……まぁアレだからな」



 ウィルがまたもややれやれといったような表情をしている。まぁ、無理もないだろう。なにせ中身は地対空ミサイルのキットだって話だ。今回の仕事のブリーフィングで、コンテナの中身がとんでもないくらい重要な物資である事は散々教えられている。送り先も中東きっての内戦国。民族浄化、なんてバカみたいな理念を掲げた戦争が泥沼化して、この国はかれこれ二十年近く内戦状態が続いている。既に兵器がどんどんハイテク化していってるこのご時世、人間だけはどうにも代わり映えもせず、人殺しの術をせっせと磨いてるわけだ。そんな弾薬庫も真っ青なところに、前方を走るごく普通のトレーラーだけで行こうものなら、確実に道中で絶対襲撃される。というわけで、今回地対空ミサイルキットの運送を任されている、ゼネラル・ミリタリー・パワー・サプライヤーズ、通称GMPS社お抱えのPMC——民間軍事企業部門より、私達が任されたというわけだ。ちなみにこのコンボイの先頭を私達と同じ重装輪大型トラックが二台走っている。編成的に言えば、先頭に二台の重装輪大型トラック二台、次に三台の大型トレーラー、そして私達の重装輪大型トラックの全部で六台からなるコンボイだ。その最後尾に私達が配置されているのは、言うなれば殿といったところだ。万が一後ろから攻撃されたら、いの一番に先手を打って殲滅するのみ。



「願わくは私の仕事がこないことを祈りたいわよ……ひと暴れはしたいけどさ」


「矛盾してんじゃねえか、それ。まぁ弾を撃たない事に越した事はないけどな」



 ウィルはそんな事を言いながらシートの真横に立てかけてあるバトルライフルの位置を確かめるかのように手を伸ばしていた。確かに弾を撃つ必要がなければそれで良し。というか、それが一番なのだ。護衛の名目でついている私達だが、一番の目的は敵対勢力に対する抑止力である。これだけの重装備を見せつけておけば相手は損害必須となりそう簡単に攻めてくる事はない。尤も、相手が余程のバカか強欲者だった場合はその限りではないが。



「それにしても、本当に静かね……めっちゃ不気味に感じるくらいには」


「ま、こんなもんだろ。そういうものだと思っていた方が気が楽でいいじゃねえか。代わりにすげえ眠くなってくるんだがな」


「……どうせもうすぐで休憩地点だし、そこで軽く寝たらいいんじゃないの?」


「そうする……流石に大型運転できねえお前に任せる気にはなれねえしな。トランスポーターを運転しそうな顔じゃねーし」


「余計なお世話よ!!」



 私にはそういう経験が無い為、大型トラックを運転できないのは仕方ない。こういう類のものの運転が苦手だし、する気にもならない。別のものなら喜んでやるけど、それは乗らない方が本来は良いシロモノだし。……あー、考えてもどうしようもなくなってきたわ、これ。こうなると一回思考は放棄してしまった方がいいかもしれない。



「ウィル、悪いけど私は軽く眠るから。休憩地点に到着したら教えて」


「へいへーい。警戒はこっちで引き継ぐわ。休憩か仕事のどっちかになったら起こしてやるよ」


「後者だけは冗談でもマジやめて」



さて、私は少しの間、この景色とおさらばするとでもしますか。



◇◇◇



 私がこの世界に足を踏み入れるきっかけになったのはいつの時のことだっただろうか?


 少なくとも、それより前の私は平凡でありふれた日を過ごしていたのは間違いない。こんな血と硝煙で咽び、オイルが滾るような場所はディスプレイ一枚を挟んで別世界だった筈だ。それこそ現実的ではなかった。どこか違う世界、どこか違う時代での話であるかのように、私にとっては他人事も同然だった。







——そう、あの時までは。







 あれは十五歳になった頃だっただろうか。両親や姉とともに私の卒業旅行として出かけた先のカナダ。どんなに技術が進歩しようとも変わらない自然を満喫した後、お土産を買う為にふと両親が立ち寄ったドロイドが運営の一部を担っている店。私達家族はそこで過激派ネオラッダイト運動家による爆弾テロに巻き込まれた。数瞬前まで、趣のあるアンティークショップだった店の姿はどこにも残されてなんかいない。割れたガラス、崩れた壁、吹き飛んだ入り口、散らばったドロイドだったカケラ、同じく散らばった人だったモノ——あの時は目の前で何が起きていたのか、その瞬間に立ち会ってしまった私には到底理解できていなかった。いや、理解したくなかったのかもしれない。目の前に散らばっていたのは、ついさっきまで私と手を繋いでいた両親だったモノの血と肉片。そして、背後には私に覆いかぶさるようになって、全身に傷を負って、既に虫の息となっている姉の姿だったのだから。



『いっ……ぃ、ゃ……いゃ……嫌ぁぁぁぁぁッ!!』



 幸せなひと時から一転、地獄へと落とされてしまったような気分だった。冬が近かったこともあってか、空気がパチパチと燃える音だけが、虚しく響いていたのを覚えている。私は一瞬にして家族というものを奪われた。しかし、不思議と犯人に対する怒りや憎悪が沸き起こる事はなかった。精々、何故私まで殺してくれなかったのかと普段は信じてなんかいなかった神に恨み節をぶつけたくらいだ。私のパスポートは母が所持しており、爆発時の火災によって焼失していた。それに、家族を失った以上、国に帰れたとしても私の帰る家なんてものは残っていない。だが、このままこの場に居続けるということも無理である。私の身柄は一度警察の方に預けられることになった。警察の保護観察室に入れられてる間、偶然流れたニュースの言葉に怒りがふつふつと湧きそうになった。確かに一人生き残った事は間違いでは無いが……あれは奇跡なんかじゃない。私の姉が自らの命を捨ててまで繋いでくれた結果だ。そんな安っぽい言葉にとって代えられるような事じゃない、と。拙い英語と慣れている母国語でそんな言葉を連呼していたような気がする。入ってきた警察の人に止められたけど、あの時は今までで一番涙を流した時だったと思う。それからというものの、巡り巡って今の私はカナダ国籍だ。身分証明書の殆どを失って、帰る当てをも失ってる私の身を案じてくれたのか知らないが、警察の方で戸籍を用意してもらう事ができたらしい。きっと、邦人が海外で甚大なる被害を被った事を二ヶ国間で黙殺する為のものだったのかもしれないが、私が知る由も無い。その後は、無料で行われていた検査でタウリスの適性が高いと言われ、あの時応対してくれた警官の勧めもあってか、カナダどころか世界規模で展開している大企業GMPS社に勤務することになった。それから、私の人生は大きく変わった。厳しいなんて言葉が優しく聞こえてくるような場所で、強力な興奮と命がけのスリルを楽しみながら生きている。前の生活とは全く正反対だ。でも、今はこれで充分。この生き方が楽しいからやめられそうにはない。きっと、今の私の事を両親や姉が聞いたら卒倒してしまいそうだが……それでも私は元気にやっているからね。



◇◇◇



「……んっ……」


「お、なんだ少し早いお目覚めか? まだ休憩地点には到着してないし、戦闘の気配もありゃしねえぞ」


「……起きたらわかるっての。そもそも、銃声聞こえたら反射的に起きてる」


「違いねえな」



 一人笑い飛ばしているウィルの声を背に、私の意識は完全に覚醒する。なんか酷く懐かしい夢を見たような気もしなくはないが……まぁいいか。何か特別な思い入れがあるようなものではなかっただろうし、忘れたら忘れたでそれまでだ。それでも、この護衛任務に就いてから、まともに寝る機会がなかったから、こういう仮眠っていうのはなんとなく気持ちいいものに感じられる。尤も、寝心地は揺れるシートと碌な舗装もされてない道路であるが故に、最悪の一言に尽きるが。それでも座って寝られるだけマシだ。今のタウリスに乗ったら、基本的に座るなんてことはまずできない。内部では拘束アームに身体を絡め取られ、ほぼ立ったままの状態で戦闘行動を行うのだ。慣れてくるとそれに対する疲れとかも減ってはいくだろうが、中の狭さは劣悪そのもの。窮屈さに関してはトップクラスだ。あれに慣れてしまうと、このトラックの助手席がとてつもなく快適に感じてくる。ホテルなんかだと、あれが一番下のランクの部屋であったとしても、スイートルームにいるかのような開放感に包まれる。言い過ぎかもしれないが、少なくとも私にはそう感じる。



「それにしたって、今日はヤケに陽射しが強えな……こんな日は早いところテキーラをイッパイやりたいもんだぜ」


「どの道ダメでしょ、それ。この辺は全部イスラム教圏な訳だし、速攻でタブーを犯して現地人にシメられるオチよ」


「くっそぉ……なんでこんなとこの仕事を任されなきゃならないんだよ……」


「そりゃ、トランスポーターをまともに扱えるの、後ウィルくらいしかいないだろうし。そもそも私がこっちに派遣されるって時点で一緒なんだから、諦めなさいって」


「……次帰った時はお前も酒に付き合えよ?」


「あー、私は遠慮しとく。お酒からっきしダメだし。前にも言わなかったっけ?」


「……そうだよ……知ってて聞いたんだよ。まぁ今回も無事に終わったら、その時は前を走っている連中とでも飲みに出てやるわ」



 どうやらこの仕事が終わった後、真っ先にアルコールをやることをウィルは決めたようだ。なんか早死にしそうな雰囲気を醸し出しているが、それはいつものことな訳だし、放置しておいても問題はないだろう。それにしても……ヤケに静かな砂漠地帯である。この一面の荒野が広がっているのはいいが、この辺なら小規模な武力衝突が発生していてもおかしくはない場所だ。なのにそれがないというのが余計に引っかかる。



「ウィル……なんか変に静かすぎない? 不毛な土地であることを引いても、何か生き物を声はするはず。少なくとも、私の記憶の中ではこんなに静かな中東は今回が初めてだね」


「奇遇じゃねえか。俺も似たような事考えてたわ。三度の飯よりドンパチが好きな連中が騒がないとなると……紛争が終わったか、休戦中なのか、或いは——」


〔——マスター〕



 ウィルが何かを言いかけた瞬間、私が取り付けていたインカムに通信が入った。声質からして、この声は護衛を引き受けている人間のものではない。だが、この護衛部隊を構成しているのは何も人間だけではない。人間臭くはなっているが、強力な人工知能であるA2Iのものだ。最早相棒と見なしても過言ではないそいつに私は問いかけた。



「ヴェニー、何か見つけたの?」


〔——肯定。一時の方向に、五機の機影を確認しました。待ち伏せされている可能性が高いかと〕


「そう……わかった。ウィル、この先に待ち伏せを確認。私は後ろの方に行ってるから、ウィルはリーダーに停車の指示を。あとはリーダーの指示に従って」


「はいはい。ったく……平和に終わる仕事だと思っていたんだが、一番会いたくねえ状況じゃねえか」



 ウィルの嘆きを背に、私はトラックの後ろへと向かった。そのままトラックに積み込まれている大型のコンテナのハッチを開け、中へと入る。外はやはり暑いが、中に入って仕舞えばそんなものとはおさらばだ。コンテナの中にあるもう一つのハッチの中に私は身体を滑り込ませた。同時に身体を絡みとるかのように、拘束アームが私の身体をガッチリと固定してくれる。結局、こいつに乗る羽目になるなんて……まだ攻撃されてないのが不幸中の幸いと言ったところか。



CPコマンドポストより全車へ。どうやら待ち伏せ兵がこの先にいる。どこの連中だかわからないが、狙いはこの荷物だろう。やられるわけにもいかねえからな、二十秒後に全体停止。戦闘配置に付いてくれ』



 二十秒後、ねぇ……それまで向こうの攻撃範囲内に入らなきゃいいんだけど。入ったらそりゃもう乱戦ってレベルじゃない。物資をやられるわけにはいかないし、敵は潰さなきゃならない。下手に暴れられないから、私としては一番避けたいシチュエーションだ。



「ヴェニー、機体のチェック状況は? まさか砂漠の熱でやられてるなんて落ちはないでしょうね?」


〔一番ありえない冗談ですね。各部正常、問題ありません〕


「オッケー。バッテリーの残量は?」


〔私が稼働する為にアイドリング状態で待機していましたが、外部供給もあり、戦闘行動はいつも通りにできます。心配いりません〕



 どうやら相棒の調子も良いようだ。空調も問題なく機能しており、窮屈感を除けば最高に快適なカプセルホテルと言っても差し支えないだろう。それがタウリスのコクピットシェルというものに慣れた人の感想だ。揺れもほとんど感じないから、さらに快適さは増す筈だ。



「ヴェニー、MAR動作増幅率を60に設定、指先はいつも通り1にしておいて」


〔通常のセッティングと全く変わりありませんね、マスター。わざわざ再設定しなくても良かったのでは?〕


「気分だよ、気分。それじゃ……出力を戦闘出力ミリタリー、外部ホログラムディスプレイ展開システム停止、最終安全装置を解除。すぐに戦闘態勢になれるようキープして」


〔了解。最終安全装置の解除後、外部ケーブルを排除パージ、全動力系統をアクティブに移行します〕



 次第に聞こえてくる駆動音。決して大きい音ではないが、この静かな空間だと一つ心地よい音として聞こえてくる。前提条件として、私にとっては、と付くが。これから命のやり取りをする事になるから、今の瞬間だけでも少しは落ち着いておきたいものだ。やり取り、と言ってもビジネスライクにドライな感じでやるんだけどさ。そんな総力での潰し合いなんて、一昔前の戦争みたいなものじゃない。やる事は一つだけ——



「ウィル、ケージのジャッキアップを。できれば先手を打ちたい」


『オーケーオーケー。それとだ、うちのリーダーからの伝言だぜ。"全部狩れ"だとよ』


 その言葉に思わず口角が釣り上がるような感覚を覚えた。そう、いつだってやる事は変わりない。相手を一方的に無慈悲なまでに叩き潰して狩り尽くす……それが私達実働部隊のやり方だ。最初の頃は抵抗があったものの、一週間二週間と時を経ればそんなものはすぐになくなった。まぁ、装甲で外界と切り離されているから、何も感じなくなったのかもしれないが。まぁ、今では躊躇いなんてものはなくなったよ。寧ろこんな風に、どこか快感に近いものを得ているけどね。視界にはコンテナのハッチが開かれ、外の景色へと移り変わっていく様が見える。さて、準備は整ったな。



〔主兵装、並びに背部武装懸架ウェポンハンガーユニットに装備完了。FCS火器管制システムとのリンク——完了。いつでもいけます、マスター〕


「オッケー……じゃあ、始めるとしようか」


私は一度呼吸を整えてから言葉を紡いだ。



「こちらアズール、ネオヴェナトルで戦闘を開始する——!!」



 この瞬間、私は——蒼城シアアズールフォートシュリットA5 CCネオヴェナトルという鎧を纏って戦場に飛び込んだのだった。


著:夜弩刈ツバキ

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