episode14:きみはどうする?
「アレンジ構成に粗が目立ちます。十七点」
通称:
それは、チェスに例えられていて、下から
ピアノの大会といえば、課題曲がいくつか先に用意されて舞台で演奏するのが一般的だがCRSにはそれがあまりない。
仮にあったとしても、CRSで発表される課題曲は一癖も二癖もある難易度の高い曲ばかりだ。
譜面通りに弾くことで評価されるコンクールとは違い、表現、個性、アレンジ力を審査対象に加え、いかに「感動」を与えられたかというルールを取り入れているのが、CRS。
人は感動という感情に飢えているのだろう。
事実、今こうしてCRSが世界で大きく賑わいを見せているのがいい証拠だ。
「アレンジとミスを上手く誤魔化したみたいだけれど、ダメだよ。二十一点」
採点基準は至ってシンプル。
人間の純粋な欲求である「感動」という名の麻薬。
無論、この採点基準を聞いたピアニストたちは歓喜したという。
原曲通りではなく、自分のアレンジした曲が評価されるのだ。
あわよくば自分がモーツァルトやベートーヴェンになれると、そうピアニストたちは予想したからだ。
――――ただ、そんな期待と希望は見事に打ち砕かれることになる。
「慎重になりすぎて思い切りがない。二十九点」
アレンジとは聞こえはいいが、それは歴代の作曲家に喧嘩を売るのと一緒だ。
歴史上に名を残す「天才」たちが作り上げた曲だ。
簡単に超えられるわけもなく、逆に圧倒的才能という壁にぶち当たり心が折れてしまうピアニストも少なくない。
案の定、次々と感動という理不尽な採点基準の前に打ちひしがれてしまう。
作曲家の作ったその心をなぞり、人の心を動かそうと奮闘するコンクールとは違い、自分の力だけでアレンジし「感動」を与えなければならない。
――――シンプルで、わかりやすい採点基準。
それだけに、過酷で茨の道である。
それこそが、CRS。
観客と審査員の心をいかに掴むかが鍵なのだ。
「単純な練習不足。五点」
だからこそ、だ。
僕が評価する採点に会場の観客と
「「「「「今回の採点、容赦がなさすぎる……っ!!!!」」」」」
「あはは、まいったね……。確かに公平にとはいったが、これはまた厳しい。流石は
「仕事はキチンと全うするタイプですので」
隣にいる狂姫が苦笑いしているが関係ない。
採点するからには公平に採点するのが僕の審査スタイルだ。
ちなみに眼鏡とヘアセットで、僕が「早見優人」だってことは狂姫しか知らない。
他の審査員には「私が保障するから、文句あるやつは出てきたまえ」と黙らせたらしい。
ありがたいけど、頼まれた側なのでお礼は言わないでおく。
「演奏するからには、心を揺さぶるくらいの技術がないとランクアップなんてもっての他ですしね」
プライドの高いやつらが多い
「それにあんたも僕と同じような採点をしているじゃないですか。人のことを言う前に自分を見つめ直してくださいよ」
「それは言わない約束だぞ。それに、次はなかなか楽しめると思うよ。今回のランクアップ最有力候補だ」
そういって視線を誘導した方向を向くと、堂々とした顔で明らかにかけ離れたオーラで舞台に上がってくる金色の短い髪が目立ったフランス人の女性……って、おいおい、この人は!?
「ク、クロエ・リシャール!? 彼女までCRSに参戦していたんですかっ!?」
「国民的フランスのスターの登場さ。驚いただろ?」
「道理で
――――クロエ・リシャール。
世界で彼女を知らない人は今注目のピアニストだ。
フランスのトップで活躍するピアニストであり、その美貌と堂々とした姿からメディアからも今大注目される国民的ピアニスト。
確か「フランスの女帝」の二つ名で世間からは通っている現役プロピアニスト。
(まさか、こんな大物までもがCRSの世界に入るとは……)
狂姫が言っていたサプライズってこれのことか。
「うむ、フランスの女帝と呼ばれるだけあるな……。堂々としてる」
「ですね」
ピアノ椅子に座っただけでわかる。
数々の至難を乗り越えてきたからこそ出せる圧倒的な自信と、次の演奏者にいい演奏をさせないと言わんばかりの
「雰囲気だけなら既に
どうやら狂ったお姫様が勝負をご所望らしい。
「だから、他人から狂姫なんて呼ばれるんですよ。そのオーラ抑えてください」
「おっと、すまない……。さて、お手並み拝見といこうかな」
そして、演奏が始まると同時に、会場中の緊張を誘う勢いのある音だった。
「メフィスト・ワルツ第1番『村の居酒屋での踊り』」
メフィスト・ワルツ。
フランツ・リストが作曲したピアノ曲及び管弦楽曲だ。
今クロエ・リシャールが弾いている第1番が有名だが、この曲をこのCRS舞台でアレンジするものは、そういない。
「この曲をアレンジして弾くのか……。彼女らしい勢いもありつつ、全体的にバランスがいいな。それに……」
「CRS大会でのピアノの見せ方を、もう理解している」
時折見せる指の細かなしなりを観客に見せ、心打つ演出と弾き方。
滅多に褒めないあの狂姫すらも、バランスがいいと評価した。
先ほどまでは正直眠そうに採点していたが、今は自然と指が動いて自分の弾く音と比較している。
クロエ・リシャールの演奏に興味がある証拠だ。
約九分にも及ぶ長時間の演奏が終盤に向かえる。
全体的にバランスのよい見事なアレンジに、僕も思わず見入ってしまった。
――――そして。
「「「「「ブラボーっ!!!!!」」」」」
クロエ・リシャールは前代未聞のCRS:
「サプライズどうも。久しぶりにいい演奏が生で聞けましたよ」
「おいおい、何言っているんだい? 今からだよ、サプライズは」
そう言って、狂姫は舞台上へ視線を向ける。
僕は自分の目を疑った。
「……は?」
(な、なんであの子があの舞台に!?)
会場中が息を呑んだ。
小さな体ながら、どこか別世界から来たような白く美しい容姿。
腰まである長い銀色の髪と全てを見通しそうな深く透き通った群青色の瞳。
「さぁ、早見少年。改めて問おう」
――――きみはどうする?
どこか冬をイメージさせる真っ白な雪色のドレスに身を包む一人の女の子。
白雪がそこにはいた。
アナウンス「女王Ⅰの二つ名『狂姫』が推薦!? 特別ゲスト枠で今回がCRS大会初参戦、CRSナンバーは未登録ですがお願いします」
「し、白雪!?」
「……さぁ、白雪。君の物語を見せてくれ」
――――白雪によって、銀色の音が会場中に鳴り響いた。
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