ニート候補生の僕がパパになって、銀髪美少女が僕の娘になる
白雪❆
第一楽章 ー銀色の音ー
episode1:Prologue
――西暦2030年、世界ではとある競技が世界を大きく賑わせていた。
その名は、
通称:
譜面通りに弾くことで評価されるコンクールと変わらないと疑問に思う人もいるかもしれないが、このCRSにはとあるルールが含まれている。
そのルールとは、原曲を再現するものとは全く違い、表現、個性、アレンジ力を審査対象に加え、いかに「感動」を与えられたかというルール。
それに付随して感動を求める観客と、音楽の才に選ばれた審査員が点数をつけるという、ある意味人間の感性だけを頼りにした本能的な採点方式だった。
――そして。
この世界を賑わせていたCRSに、一人の少年が注目を集めていた。
# # #
「
僕を呼ぶアナウンスの声が会場中に響き渡る。会場は伝統的なシューボックス型になっており、演奏者の表情や緊張感が伝わるほどの距離だからだろうか、前の演奏者が何度かミスしていたのがわかった。
ざわつく会場。僕の前で演奏していたCRSピアニストは優勝候補の一人と前評判では言われていたが、かなり悔しそうな表情をしていた。
よしっ、あいつは落ちたな、と。
どこからか聞こえる容赦ない言葉。
かばうわけではないが、非常に鬱陶しい。
「……この空気、いつ来ても嫌いだ」
軽く深呼吸をして、モノトーンを強調したグランドピアノに向かって歩き出す。
(……ベーゼンドルファーか、丁度いい)
ベーゼンドルファーのピアノは、ドイツのロマン派として知られる音楽家。フランツ・リストの激しい演奏に耐え抜いたことで、多くのピアニストや作曲家の支持を得たとされる僕がもっとも弾きやすいと感じるピアノだ。
観客に頭を軽く下げ、首元につけていたネクタイを少しだけ緩める。
ピアノ椅子に座り、鍵盤をゆっくり撫でるように指を乗せる。
天井から照らし出される光は少しだけ埃っぽくて、いつ来ても変わらない観客席から感じる期待感と悪意が入り混じった視線。
(……ああ、全く)
「……本当に嫌いだ」
――――彼らの音を僕が殺そう。
リスト/死の舞踏。
カミーユ・サン=サーンスの作曲した交響詩。
穏やかな死のワルツをイメージして、アレンジを加えながら僕は音を奏でた。
――――さぁ、踊り狂え。
何度も音を鳴らすうちに、次第に観客の感情をナイフで突き刺すようにイメージしながら演奏する。後半にかけて激しさが増すのに合わせて、会場中の黒い感情の全てを僕に引き寄せる。
恨み、嫉妬、憤怒、絶望……。
心の中に存在する全ての感情をこの音で消し去る。
――――殺せ、全ての音をっ!
「……これで」
――――音のない世界の完成だ。
演奏が終わると、会場中の全ての人間が目を見開いていた。
先程まで自身のことさえも忘れてしまう程、音の世界に埋没していたのか。
涙を流し、顔を伏せている人。
いつの間に席から立っていたのだろうと戸惑う人。
僕の演奏を聞き、次を見据えている者。
少しずつ自我を取り戻すかのように、感情が再び揺れ動く。
同時に拍手もどんどん大きくなり、いつの間にか会場中が音で揺れ動いたのだった。
ピアノ椅子から立ち上がると同時に、思わずため息が漏れる。
この世界は非情であり、無慈悲で残酷だ。
いい演奏をすれば、こうした歓喜や喜びの声。
この瞬間の為だけに僕らピアニストは時間を費やしている。
命を燃やしていると言っても過言ではないだろう。
しかし、どれだけ努力しても本番でいい演奏をしなければ嘲笑うかのように周囲からは見放され、非難され、この世界からゴミとレッテルを貼られて死んでいく。
どんなに、願っても……。
どんなに、いい演奏をしても……。
どんなに、努力をしても……。
届けたい人がいなければ、果たして弾く意味はあるのだろうか?
否、考えるまでもなく、答えは決まっている。
僕は自虐的に笑みを浮かべながら、誰にも聞こえない声で呟く。
「――僕はもう、ピアノを弾かない」
そして、今だ拍手が鳴り止まない中「さぁ、物語の始まりだ」と呟いた男の声に気づくことがないまま、過去歴代二位の九十八点という得点を早見優人は叩きだし、優勝という形で幕を閉じた。
――数年後。
時が流れた今でも、早見優人の歴代二位の点数は破られていない。
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