本当に聞きたかったPTAの悩みごと ~ミサトの話~

蓮池泉葉

第1話 突然の質問状

「アスミちゃん、これってどういう意味だと思う?」


 ミサトは三つ折りされていた一枚の紙切れをつまみ上げてヒラヒラさせた。

 A4のコピー用紙の上から半分くらいに明朝体でワープロ打ちされたその手紙にはご丁寧に「名矢文小学校PTA総会への質問状」とタイトルがつけられている。


「なになに――二月の入学予定者説明会ではPTAへの加入が任意であることの説明がなかったが新入生の保護者は自動的に全員入会しなければならないのか、また、入会に際して、申込みの手続きをした覚えがないが、申し込みしなくても入会できるのか、以上を総会当日に質問するので回答をご用意いただきたい――と、何言ってるのかねぇ、この人は」


 副会長のアスミは昔のアメリカのホームドラマか何かのように両手のひらを上に向けて大げさに肩をすぼめた。


「でしょう! PTAを何かの営利団体か何かと勘違いしてるのかしらね。子どもが入学したら親がPTAに入るのは当たり前じゃないね。幕の内と言ったらこいつが入ってるのと同じようにね」


 そう言ってミサトは紅白の蒲鉾を一切れ割り箸でつまみ上げ口に運んだ。


「そうよ、コーラを飲んだらゲップが出るのとおんなじよ。子どもが学校に入ったらあとは全部学校にお任せって訳にはいかないのよ。親だってPTAに入るのは当たり前じゃないねえ」


 会計のユミがそう言いながら焼いた鰆の切り身を箸で二つに割った。


「まあ、実際にはPTAじゃなくて保護者会にしている学校も多いんだけどね。で、どんな人なんだろうね、質問してきた人」


 ミサトは母親同士の情報ネットワークに疎いところがあった。性格的に噂話が好きではないところもあったし、そうでなくても会長であるミサトのところには人間関係のこじれだとかの揉めごとが持ち込まれてくる。自分から積極的に首を突っ込んで行くなんて鴨が葱を背負って両手に醤油と味醂を持っているようなものだ。それでも、ある意味で男らしいというかサバサバしたミサトの性格が、会長職というお鉢を呼び寄せたのかもしれなかった。


「この高田さんって、去年くらいにファミリーマイトの裏の新しい宅地のところに越してきた人じゃないかしら。たしか、男の子で、私と同じクラスの大野さんのとこの下の子と同じ幼稚園に通ってるって聞いたことありますよ」


 書記のトモコは本職の探偵も尻尾を巻いて裸足で逃げ出しかねない情報ネットワークの使い手だ。同じクラスのお母さんの知り合いの友人のダンナの同僚が呑み屋で居合わせた人の話によると――くらいの範囲までは耳に入ってくるに違いない。


「それで、上のお姉ちゃんがもう中三だからってことで転校しないで隣の区までバスで通ってて四月から高校は東高に行ってるって話だったと思いますけど」


「へえ、お姉ちゃんがんばったんだね。で、質問してきたのはお父さんでしょ。総会にお父さんが来てくれるのは嬉しいんだけど、クレーマーっぽい人だったら大変よね、延々と質問してきたりしたら」


「最近、総会のときに同じ人がずっと質問を続けて重箱の隅を突っついてきて長引いてる学校も市内で結構あるみたいですからね、ウチも気をつけないと」


 そんな情報どこで聞きつけてくるのか、一同はトモコを見ながら不思議そうな顔をした。


「それにしてもどうしようかしらね、この質問。今まで決算の中身とか事業計画とかの話で質問が出たことはあるけど、こんな質問出たことないしね。誰かいい答えないかしら?」


 ホカ弁の透明な蓋にかけた輪ゴムをペンペンペンと弾きながらミサトはテーブルを囲んだ十人ほどの顔を見渡した。ミサトの顔が向いた方向に従ってスタジアムのウェーブのように役員たちが視線をテーブルに落としていく。


「こういうそもそも論みたいな話は会長にお願いしますよ。会計は決算と予算の説明、書記は資料と議事録づくり、あたしら副会長はそれぞれが担当している各部会の説明の準備で忙しいんですから。総会まで一番暇なのは――はい、会長ですよね」


 アスミはトラベリングを見つけたバスケの審判のように両手をくるくる回すと、地方営業で稼ぎまくる一発芸人のようにビシっと両手の人差し指をミサトに向けた。ゲッツ。



 ――総会。どの学校でも、そしてPTAでも保護者会でも一番の山場は四月に行われる総会だ。年間の活動も予算も、そして最大の難関である新年度役員もこの場で決まるのである。ミサトたち役員は総会に向けて、会長や総務などの新年度役員を探しまわり拝み倒し口説き落とし、会計の帳尻を合わせ、カレンダーとにらめっこしながらスケジュールを落とし込み、リソグラフで両面印刷した会員数分の総会資料を並べた長机の周りを「人間ソーター」となってバターになっちゃうんじゃないかってくらい何周もグルグルと回り、足掛け半年かけて準備を続けてきた。


「で、午後からのシナリオの読み合わせだけど、今日は授業があるから議長団のセリフのうち、先生の分は書記さんで分担して読んでもらえないかしら。あとは受付用紙の準備と座席用の張り紙の準備と出席者数の集計の段取りも決めないとね――っていう風にみんな忙しいわけですよ。模範解答の作成は会長にお願いしますね」


 立ち上がったアスミはわざとらしくあちこちを指差しながらテキパキと指示を出していった。しょうがないか――パタパタとお弁当の片付けをしている役員たちのかたわらでミサトはパイプ椅子の背もたれにもたれかかり天井を見上げた。



 ――でもやっぱり不思議よね。なんで事前に質問状なんか送って来たのかしらね?

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