第21話 ストーカー気質


 健吾は毎日のように冬夜の後をついて回った。

 医学部のカリキュラムを調べて冬夜が出席する授業をチェックし、授業がないときには彼が図書館にいることも確認する。医学部棟や図書館のあたりをフラフラし、昼食時にはカフェテリアの入口で待ち伏せた。

 ちなみに、口一杯に食べ物を詰め込まないことと、ラーメンを食べるときは眼鏡を外しておくことは学習済みで、電子手帳にしっかりと書き留められた。

 

 執拗に付きまとう健吾だったが、冬夜は不快な表情を示すこともなく毅然きぜんとした態度で接した。

 他人から干渉されることを忌み嫌う冬夜だけに、ある一線を越えれば二度と目の前に現れないよう文句を言ったかもしれない。しかし、そこは健吾も十分弁わきまえており、邪魔にならないよう付かず離れずの状態を保った。


 いつもしゃべっているのは健吾ばかり。冬夜が発する言葉と言えば、挨拶ぐらい。その様子を見る限り、とても状況が好転しそうには思えなかった。

 実際、健吾の涙ぐましい努力も、見方を変えれば、女性にしつこく付きまとうストーカーと似たようなもの。

 冬夜は嫌がる素振りこそ見せないが、男が男に付きまとう行為は、別の意味で「危ないもの」と取られてもおかしくはない。


★★


 一ヶ月が過ぎた頃、冬夜の隣に座ってカツカレーを食べていた健吾がポツリと呟く。


「将来、俺は国を動かすような仕事をしたい。そのためには、まず国家一種を受けて中央省庁に入る。それから、頃合いを見て親父の後を継ぐ。代議士に立候補する」


 薄っぺらいロースカツをフォークで突き刺しながらの一言だったが、健吾が冬夜に自分の目標や父親の話をしたのは、それが初めてだった。

 理由は、健吾には具体的な目標や将来設計があり、それに向けて真剣に取り組んでいることを冬夜に知ってもらうため。警戒心を緩め、互いの距離を縮めようとするものだった。


 そのとき、健吾の脳裏に浮かんでいたのは「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」という慣用句。

 人間は考える人ホモ・サピエンスという学名で一つの種に分類されているが、その考えは十人十色。誰一人として同じ者はいない。

 ある策を講じたとしても、効果がある者もいれば、そうでない者もいる。要は、何もしなければ事態は変わらないが、何かすれば好転する可能性があるということ。それも父親が教えてくれたこと。

 結果的に悪あがきと言われるかもしれないが、溺れそうになったとき、わらのような、頼りないものをつかむことで事態が好転することもある――それが健吾の考えだった。


 冬夜は、視線を健吾に向けることなく、定食の煮魚の身をむしっては口に運ぶ。話は聞こえていたが、まるで興味を示さなかった。

 その日も健吾が一方的に話をしているだけで、二人の間に進展はないように思えた。言い換えれば、彼の努力はその日も徒労に終わったように見えた。


 しかし、健吾は「それでいい」と思った。

 同じ空間に身を置き、自分の存在を冬夜に意識させることが重要だと考えていた。その状態がストレスを感じるものでない限り、積み重ねることで少しずつ違和感が薄れ、いつしか日常として受け入れられると信じていた。

 はたから見るとストーカーのような振舞いも、実は、彼なりのしたたかな計算がなされたものだった。


★★★


 さらに、半年が経った。

 健吾のストーカーも相変わらずなら冬夜が友達を作らないのも相変わらずで、いつしかいっしょにランチを食べるのが当たり前となっていた。

 「いっしょに」とは言いながら、一人黙々と食べている冬夜の隣で、健吾が一方的に話をしながら食べている状況は変わらない。

 ただ、言葉のやり取りはないものの、最初は目も合わせなかった冬夜が相槌あいづちを打ったり首を横に振ったりするようになった。それは、一種のコミュニケーションであって「いっしょに食べている」証しと言えるものだった。


 手を変え品を変え、自分の考えを繰り返し主張する健吾。聡明な冬夜に同じことを何度も言うのは失礼であることはわかっていた。しかし、あえて下手な鉄砲を撃ちまくる健吾だった。


「将来、俺にはお前が必要になる。俺の『直感』がそう言っている。自分で言うのもなんだが、俺は義理人情に厚い。一方的に与えられるのは性に合わない。だから、俺に頼ってもらって構わない。お前が俺を必要としたときには必ず役に立って見せる。約束する」


 そんな趣旨のことを、繰り返し話した。しかし、冬夜は何も言わなかった。

 正確には一度だけ答えが返って来たことがある。


「ボクは誰の力も借りない。一人でやり遂げる」


 冬夜が改まって言ったことではなく、きつねうどんを食べながらサラリと言い放ったこと。

 健吾は「何を?」と言いたいのをグッとこらえた。知りたくなかったと言えば嘘になるが、冬夜がプライベートに関わる内容に答えてくれるとはとても思えなかったから。


 健吾には、冬夜が医学部に入学した理由も、将来何をやろうとしているのかもわからない。ただ、冬夜ほど優秀な者がT大ではなくK大を選んだのは、自分に通じるところがあるような気がしていた。

 健吾は、天才と言われる冬夜が何を求めているのかを知りたかった。それが、凡人である自分の考えをはるかに超えるものだと思いながら。



 つづく

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