第16話 友達と呼ばれて


「僕の能力ちからのことを知っているのは、桜が丘中学ではあなただけです。誰にも言わないでください」


 温人は、春日に念を押すように言った。


「そう……なのか?」


 誰にも言わないと約束した春日だったが、温人の言葉に思わず首を傾げる。能力ちからのことを知っているのが自分だけというのが意外だったから。


 仮に、温人が一日一件トラブルに首を突っ込んだとしても、その数は一ヶ月で三十件、一年で三百六十件に及ぶ。

 そう考えれば、正義の味方のようにタイミング良く現れる温人のことを疑問に思う生徒は一人や二人ではないはず。これまで自分の能力ちからについて説明せざるを得ない状況があったのではないか? 今回春日に言ったように「誰にも言わないで」という条件をつけて。


「実は僕、一昨日、桜が丘中学に転校してきたばかりなんです」


 春日の様子が気になったのか、温人は慌てて補足をする。


「でも、これからも誰にも話すつもりはありません」


「どうしてだよ?」


 いぶかしい顔をする春日に、温人は目を逸らして小さく息を吐く。そして、再び春日に視線を戻す。


「今、僕は祖父と祖母の家から通っています。転校したのは……しなければならなかったのは、この能力ちからのせいなんです。能力ちからのことを話したらみんなから気持ち悪がられて……虐められて」


「お前、そんな目に遭ったのにどうしてあたしに話したんだよ!? あたしが周りに言い触らしたら、また転校することになるかもしれないんだぞ!?」


 春日は興奮した様子で語気を荒らげる。

 温人は「うんうん」と頷きながら笑顔で続ける。


「だから、話す前に『誰にも話さないで』って言ったんです。あなたは約束を破る人には思えなかったから」


「どうしてだよ? どうしてそんなことがわかるんだよ? お前はあたしと二回しか会ったことがないんだぞ?」


「どうしてだろう……? 何となくそう思いました」


「お前、どこまでお人好しなんだ? だから、いじめられるんだよ」


 春日の厳しい突っ込みに、温人は右手でほおをポリポリとく。

 そんな温人を春日は神妙な面持ちでじっと見つめた。


「……わかった。これからは、あたしがお前のそばについててやる。お前にちょっかいを出す奴はでやっつけてやる」


 春日は布が巻かれた木刀をこれ見よがしに見せつける。

 一瞬驚いた顔をした温人だったが、すぐにもとの笑顔がそれに取って代わる。 


「ありがとうございます。でも、暴力は止めてください。あなたが悪者になってしまいますから……あっ、ごめんなさい。まだ名前を言っていませんでした。『伊東温人』。桜が丘中学の二年生です。どうかよろしくお願いします」


 うれしそうに頭を下げる温人に、春日は「知ってるよ」という言葉を呑み込んだ。


「あたしは姫野春日。よろしくな」


「あっ、あなたが姫野さんなんですね? 転校して来た日に先生から聞きました。一番後ろの空いている席は、手術を受けて休んでいる姫野さんの席だと言っていました。身体はもう大丈夫なんですか?」


 温人は春日と同じクラスだった。ただ、二日前に転校してきたばかりで、春日の武勇伝や病状はほとんど聞いていないようだ。


「どうってことない。経過も順調だ。まぁ、もともとあたしはクラスの厄介者だから、みんな、あたしがいない方がいいんだよ」


「そんなことないです!」


 間髪を容れず、温人が大きな声で春日の言葉を否定する。


「姫野さんは厄介者なんかじゃありません! だって、転校して三日しか経っていないのに、二回も助けてくれて、とても親切にしてくれて……僕は心から感謝しています!」


 他人から感謝されるのに慣れていない春日は、気恥かしさから目を逸らす。


「姫野さんはいつから登校するんですか?」


「十月一日から行く予定だ」


「うれしいな。毎日姫野さんに会えるなんて」


「な、何言ってるんだよ! あたしのこと何も知らないくせに! 適当なこと言うんじゃない!」


 戸惑いを見せる春日に、温人は首を横に振って感慨深げな表情かおをする。


「本当にうれしいんです。だって、姫野さんは、転校して初めてできた友達ですから……転校する前も友達はいなかったから初めての友達です」


 友達――それは春日の胸に響いた。自分には一生縁のない言葉かと思っていた。温かく、心地良い何かが身体中に広がっていく。

 

「その……なんだ……『温人』。あたしはお前のことをそう呼ぶ。だから、あたしのことも『春日』でいい」


 横目でチラ見しながら、春日の口から途切れ途切れの言葉が漏れる。うれしさと恥ずかしさがいっしょになったような表情が浮かんでいる。


「わかりました。よろしくお願いします。春日さん」


★★


 十月一日、休学期間を終えた春日が登校する。

 ガラガラっと教室の扉を開けると、春日の姿を目の当たりにしたクラスメイトは目を逸らす。話し声が小さくなり、教室の雰囲気がピリピリした、重いものへと変わる。

 それはいつものことであって、春日が予想していた通りのもの――が、次の瞬間、予想していなかった出来事が起きる。


「春日さん、おはよう! 改めまして、よろしくお願いします!」


 春日の姿に気付いた温人が教室中に響き渡るような、大きな声で挨拶をした。


「お、お前、温人……! よろしくな……」


 照れたような顔で視線を逸らす春日に、クラスメートの目が点になる。

 春日は恥ずかしそうに自分の席につくと、頬杖ほおづえをついて視線を窓の外へ向けた。 


 その日の放課後、春日が帰ったのを見計らって、温人はクラスメイトから質問攻めに遭う。と親しげに話しただけでなく、動揺までさせたのだから当然だ。


 温人は、九月の初めに、春日に助けられたことをこと細かに説明する。

 クラスメイトは驚きを隠せなかった。「あり得ない」、「アンビリーバブル」といった言葉が教室を飛び交う。

 ただ、そんな言葉とは裏腹に、温人の言葉を嘘だと思う者は誰もいなかった。信じられない話ながら、みんな、温人の言ったことをすんなりと受け入れた。まさに、それが、春日が温人に感じた「人を引き付ける何か」だった。

 こうして温人はクラスに溶け込むことができ、それまで春日を色眼鏡で見ていたクラスメイトの態度も大きく変わった。


 その日からいつも春日は温人のそばにいた。

 奇妙な能力ちからのことは二人だけの秘密。春日は、心の声SOSをキャッチして行動する温人をしっかりと見守った。

 温人に対する、春日の態度は人一倍荒っぽいもので、傍から見ると冷や冷やする場面もあった。ただ、当の本人は荒っぽいと思ったことは一度もなかった。


 温人は春日に心から感謝していた。



 つづく

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