始めまして!(チョウムペッケッスムニダ!)

1.藤島真央は約束を忘れていた

 〔新着のメッセージがあります〕


 人の影も見えない部屋の中で液晶の光がさした。それと同時に枕の傍で置いてあったスマホから短く振動がした。


 ラインの通知だった。


 「ううん――」


 液晶の光で薄く藤島ふじしま真央まおの顔が見えた。

 

 ベットの上で寝ていた真央はパジャマをかけてないまま、『大』の字になっていた体を苦しそうに動いた。床には一度着たようなレギンスと洋服があちこち散らかっている。

 

 〔新着のメッセージがあります〕


 〔新着のメッセージがあります〕

 

 〔新着のメッセージがあります〕


 一回目の通知が終わってからすぐ二回、三回、四回目のメッセージが届いた。

 

 「あ――、も~う!」


 声が少し苛立っていた。

 さすがにこんなに振動したら目障りだ。それにメッセージの内容も気になってうっかり手がスマホのところに届く。

 

 仕方なく真央は薄目を開けてスマホを親指でタッチした。


 『鈴木萌』

 〔マちゃん、ひょっとして寝ているの?笑〕

 〔ね〕

 〔ね〕

 〔ね〕


 メッセージと共に笑いのアイコンがすごく送られて来ている。一刻も早く確認しないと怒る予定に見えた。

 

 相手の名前を確かめた真央は枕に顔をうずめてた。そして、今日が土曜日だったことに知ってため息を漏らした。

 

 仕事が終わった金曜日の午後から今日、土曜日までずっと眠っていたらしく。時間ももう夜7時半だった。


 夜7時半。


 意識が朦朧する中、真央は過去の自分が勝手に話した約束を思い出した。

 

 「土曜日の晩御飯は私が奢るね」


 ――しまった。すっかり忘れていたわ。


 真央は友達の鈴木すずきもえと晩御飯の約束をした。しかも一方的に晩御飯を奢ると約束したのだ。


 普通の相手なら適当に謝れば済むことだった。

 が、相手が友達モエになると話は変わる。

 

 もう一度真央のメッセージを読んだ。やはり怒っているに違いがなかった。


 アイドルのコンサート場に行って仲良く一緒にで撮った写真をプロフィール写真にしたくらい、真央が好きな萌だけど。


 約束を破ることだけは断じて許さない性格の持ち主だ。


 一応誤っておこうとメッセージを入力して送った。


 『藤島真央』

 〔ごめん、モエちゃん〕

 〔今どこ?〕


 萌も今携帯を触っているらしくすぐ返事が来た。


 『鈴木萌』

 〔さー、どこだろ〕

 〔マちゃんには教えたくないかも〕

 

 『藤島真央』

 〔本当にごめんよ〕

 〔昨夜からずっと寝ていました〕

 

 『鈴木萌』

 〔あら、奇遇だね〕

 〔モエは2時間前からずっとここだよ?〕

 〔やばくない?〕


 「やばくない?」を使った時点で既にやばい状況だった。真央は体を起こして正座をした。表情は石のように堅くなってスマホの液晶を見下ろした。

 

 普通なら真央の事情を聞いて気を取り直してくれる萌が。今になっても甘えて来ないことは大分深刻な状況だった。

 

 これ以上、萌を怒らせたら大変なことが起こるに間違いない。


 事態の推移を見守った結果、真央は本当のことを告げることにした。

 

 『藤島真央』

 〔ごめんなさい〕

 〔実は晩ご飯の約束を忘れました〕

 〔スタンプ〕


 最後はコニーがヒュヒュ~ンと汗をかくスタンプを送っておいた。真央的には頑張ってスタンプを使ったつもりで、返事を待った。


 『鈴木萌』

 〔あ、スタンプでた!〕

 〔でも〕

 〔許さないよ、雪女〕

 〔甘く見るな~!〕


 学生時代、真央のあだ名は『雪女』だった。


 長く垂らした黒い髪。目力が強く精悍な少年のようなフェスは。女同士でも嫉妬するほどの魅力なのだ。

 

 しかも口数が少ないところも十分、表に孤高ここうする姫の印象を与える。クールビューティー。

 

 高校を卒業しても真央の魅力はどこでも通じた。

 

 おかげで女子には嫌われ、男子には雪女とうたわれるタイプになった。本人の意思は関係なかった。


 真央もそれを十分知っていたから周りが何をしても無視して、増えた一人の時間に本を読んだり、趣味を楽しめた。


 『藤島真央』

 〔じゃ〕

 〔来週のファンクラブ コンサートは他の人と行くしかないね〕

 〔スタンプ〕

   

 真央は二番目にコニーが雨に濡れて眉毛が落ちたスタンプを送った。ちなみにこのコニーシリーズは萌がプレゼントしてくれたスタンプだ。


 『鈴木萌』

 〔あ!〕

 〔待って、話聞いてないけど?〕

 〔え、ファンクラブ コンサートって誰の?〕

 〔もしかして〕


 『藤島真央』

 〔ASTRONG〕 

 

 『鈴木萌』

 〔きゃぁぁぁぁぁあっぁあぁぁぁぁぁ!〕

 〔マちゃんすごい!!〕

 〔モエも行きたい!〕

 

 予想通り。萌はASTRONGのファンクラブ コンサートに目が眩んだ。ASTRONGは韓国アイドルで、萌が一番好きなグループだった。

 

 ちょうど会社の知り合いからチケットを貰ったとろろで、萌と一緒に行こうと今夜約束を取ったのだ。


 『藤島真央』

 〔一緒に行く?〕 


 一応釣ってみる真央。


 『鈴木萌』

 〔行く!〕

 〔絶対モエが行くから〕

 〔他の人にあげないでね〕

 〔スタンプ〕

 

 たぶん、今の萌と同じ表情かと思われるスタンプが出た。

 

 取り合えずこれで何となく難局は乗り切った。次は会ってチケットを渡しながらちゃんと誤ったらすむはずだ。


 『藤島真央』

 〔うん、一緒に行こう〕

 〔今日渡したいけど〕

 〔今どこ?〕

 〔約束したお店?〕


 真央は萌が送ったメッセージを読んで携帯をオフにした。一度目を眠って頭の中で準備時間を考えた。


 シャワーと着替えまで合わせて、凡そ20分くらいかかりそうだ。


――服はクリスマスに買ったジャケットにチノパンを穿いて。あ、前に黒キャスケットもかぶって行こうかな。バングルは……寒いから止めよ。


 真央は想像の中で外出準備を終わらせた。


 目を開けたら再び闇が寄ってきた。ピカピカ輝く光の欠片を見詰めながら、目が闇に慣れるまでぼーっとした。


 部屋が寒い。


 何もかけてない体を隠さず動かした。最初は恥ずかしかったことが今はずいぶん慣れてきた。寝床でパジャマを抜いたまま寝る。じゃないとぐっすり眠れなかった。


 シャワーヘッドで温かい水を浴びながら目を閉じる。残りの疲れが一瞬で飛ばされる気持ちだ。

 

 真央はお風呂よりシャワーが好きだった。半身浴もたまにしているけど、普段はシャワーにしている。今日も出かける前にシャワーで終わらせるつもりだった。


〔新着のメッセージがあります〕


 シャワーを終わらせて外に出たらメッセージが来た。


 確認すると萌からだった。


 「はぁ――」


 真央は深くため息をついた。さっきより長いため息だ。


 着替えのために部屋に電気をつけた。1LDKの部屋。女性一人が暮らすにはやや広い。

 

 真央は湿ったバスタオルを洗濯かごに入れて濡れた髪を乾かした。今はショートだから5分で乾いた。髪色も黒じゃなくてナチュラルなアッシュ・ブラックに変えた。


 髪を乾かしたら、化粧が残った。面倒だからアイラインだけを描いた。


 ワードローブを開いて先に下着を捜した。仕事を始めた以来は下着は着ていない日々が続いている。基本ばれないと思ってしょっちゅう無意識的に脱いで会社に行く主義になった。


 いくらなんでもパンツははく。パンツまで抜いたら寒いから。


 「あっ……」


 最下段の引出しから見知らない下着が入っていた。着てもあそこが透けて見えるような下着だった。色は赤。真央のコレクションにはいない色だ。


 「ワンアウトだよ、しげる。」


 と独り呟いた真央は下にあった黒い下着を持ち出してすぐはいた。


 それからは早速考えた服を着て鍵を閉めた。お出かけの前にメモ帳で何かを書いた真央は、萌のメッセージに返事をした。


 『藤島真央』

 〔今行く。〕


 



 

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