第3話

 パーティーに参加していた全員の目が、ボクのほうへと向けられる。さっきよりも、さらに視線が痛く感じられた。

 だが、ちらほらと拍手が起き、それが少しずつ広がっていく。気づけば、その場にいる全員が、手を叩いていた。中には憮然とした表情を浮かべる人もいたが、おおむね、受け入れられている様子である。さっき市長さんが叱りつけた効果があったのだろうか。

 おかげで、ボクは少し安心した。

「さあ、あなたからも一言お願いするわ」

「え……そんな、いきなり」

 こんな大勢の前でコメントを求められるなんて、ボクの記憶には他に一つしかない……それも悪い経験のほうで。

 おかげで、脚はわずかに震えているし、肩に力が入りまくって、少し痛いくらいだ。でも、何も言わずには逃がしてくれる雰囲気じゃない。さっきまでの拍手は止んでいて、全員がボクの言葉を聞こうと耳を傾けている。

「そ、そうですね。え~っと、今回は……運がよかったというか。仲間の協力とか、アドバイスとか、そういうののおかげで何とかなっただけで……ホント、幸運でした、ハイ」

 ダメだ、何も思い浮かばない。

 また、そこかしこから小さな笑い声が聞こえ始めてきた。こういうの、柄じゃないんだって!!

 ドガンッ!!

 中庭と屋敷をつなぐ扉が、大きな音を立てて開いた。パーティーに参加していた全員が、一気にそちらへ振り向く。

「お待ちください! 今日は許可のない方は通すなと申し遣って……」

「知るか、そんなもん!! 大体、なんで俺らが呼ばれてねぇんだ! おかしいだろうが!」

 メイドさんの制止を振り切って乱入してきたのは、ルードヴィッヒである。その右側には白いローブを深々とかぶった人間と、左には眼帯を着けたスキンヘッドの男を連れていた。

「あら、ルード。私はあなたを招いていないわ。用があるなら、また明日来てちょうだい。見ての通り、今はとても忙しいのよ」

 市長が大きな声で言う。だが、ルードヴィッヒは意に介さず、そのままこっちへツカツカと歩いてくる。その間も、パーティー参加者を威嚇するような視線で睨み回す。

「おい、市長さんよぉ! こいつはどういうことだ? 何で、このガキが招かれて、俺らが呼ばれねぇ! 今回のドラゴン退治は、俺らも引き受けた仕事だぞ! 報酬だって、一向に支払われねぇじゃねえか!!」

「何をバカなことを言っているの? 報告は受けているのよ。あなたたち、結局ドラゴンと刃を交えてさえいないのでしょう? それで報酬を貰おうとするなんて……いつの間に黒の兵団は乞食集団になったのかしら?」

 辛辣すぎるでしょう。

 容赦がないにも程がある。だが、心情的には同意する。この男は、あの時何もしなかった。

 だから、ルードヴィッヒに向ける視線が、冷たくなるのは必然だった。彼はそれに気づいたのだろう。今度はボクに食いついてくる。

「どんな手を使った知らねぇが、テメェみたいなガキが……ストームドラゴンをどうにかできるわけがねぇ……どうせ、あの犬ヤロウや猫女から、手柄を譲ってもらったんだろ!」

「うん、それはそうだ。ごもっとも。ボクはストームドラゴンとは戦ってないよ。だって、アレはテンペストドラゴンだから。あれ、もしかして知らなかったの? そうか、間近では見てないもんね!」

 ちらほらと嘲笑が聞こえてくる。ルードヴィッヒの耳にも届いたらしく、ボクを睨みながら歯噛みしている。

 ああ、いい気味である。

 っと、ダメダメ。どういうわけか、彼を前にすると、攻撃的になってしまう。自分からトラブルに踏み込むようなことを口にしてしまうのだ。自重しないと。

「理解できたかしら、ルード。ここはあなたの来るべき場所ではないわ。称賛を受けたいのなら、それなりの活躍をしなさい。このままでは、『黒の兵団』の名が泣くわよ」

「……お前ら、後悔しても知らねぇからな」

 『これぞ捨て台詞』というテンプレートな一言を残して、ルードヴィッヒはこちらに背を向け、扉のほうへと歩いていく。あ、テーブルひっくり返した。

 それに白ローブも続く。

 だが、眼帯の男だけは、なぜかこちらをジッと見つめていた。そのせいで、思わず目が合ってしまう。

 あれ、あの人……どこかで会ったことが、ある?

 そう思ったのとほぼ同時に、彼もルードヴィッヒを追いかけて、中庭を去っていった。

 騒然とするパーティー会場。だが、市長さんはすぐに全員へと呼びかけた。

「思いもよらないハプニングでしたが、これもリィンバームが活気に満ちているという証拠です。ふふふ、若いというのは素敵だわ。さあ、改めて、今夜は存分に楽しんでくださいね」

 その一言で、会場の空気が一気に和やかになった。やはり市長さん、エルレイン=ゾルダートという女性はただ物ではない。

「ごめんなさいね。せっかく、あなたのために催したパーティーなのに」

「いえ、市長さんが悪いわけではないですから」

 彼女は深いため息をついて、倒されたテーブルのほうに目を向ける。ルードヴィッヒがひっくり返した料理をメイドさんが三人がかりで片づけていた。

「黒の兵団は……昔はもっとマトモだったのよ? 創設時は、まさにこの街を代表するギルドだったの。でも少しずつ変わってしまって……ルードがマスターになったのが決定的だったわ。本当は期待していたのだけれど」

「期待……ですか? アレに? もしかして、昔はもっと真面目だったとか」

 いや、それはないだろう。

 と、自分では思ったけど、人の過去はわからないものである。しかし、市長から返ってきたのは、予想外の返答だった。

「いいえ、昔からああいう感じだったわ。ただね、似ていたのよ。私が昔、憧れていた……いえ違うわね。好きだった人、ね。だから、期待してしまったの」

「好きだった人に似てたから、大丈夫だと思った……ですか? 市長さんが? 意外ですね……あっ」

 急いで両手で口を覆う……が、時すでに遅し。一度口にした言葉は、取り消すことができない。

 これは、確実に怒られるぞ。

「ふふふ、本当にそうね。まったく、私らしくないわ。でもね、シュン君。若い頃の経験というのは、なかなか消せないものなのよ。あなたに期待したのだって、その人に似ているからなのよ?」

「……それは、あまり嬉しくないですね。間接的にルードヴィッヒに似ていると言われている気がします」

 さすがに、あれと一緒にされるのは心外である。だが、市長は首を横に振った。

「彼とは違うわ。あなたは……あれね、中身が似ているのよ。あなた、お人好しでしょう? 周りを放っておけないタイプ。あの人もそうだったわ」

「それはきっと勘違いですよ。ボクは、周りのことになんて興味ないですから。できるだけ、周りと関わらないで静かに暮らしていきたいですし」

 余計なことに首を突っ込むなんて、ボクの望むところじゃない。どんなにおだてられても、これ以上面倒な話に巻き込まれてはたまらないのだ。

「そう? おかしいわね。私の勘は案外当たるのだけれど」

「ルードヴィッヒに期待した……なんて話の後で、それが言えるのはスゴいと思いますよ」

 彼女は「一本取られたわね」と楽しそうに笑ってみせた。

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