第五章「無敵ではない」
第1話
「あらあら。あなた、見かけよりもずっと力持ちなのね」
振り返ると、ニコニコと嬉しそうな表情を浮かべる白髪の女性の姿が映る。
彼女は今回の依頼主である。ボクは今、彼女が購入したタンスを担ぎつつ、自宅まで運ぶ道中にあった。
ギルド・カーマインでは、各々が仕事を請け負い、そこから一定の運営費を払うことになっている。要するに、『自分の食い扶持は自分で稼ぐ』というわけだ。
なので、ボクはギルドへの依頼をこなしている最中である。
「本当に助かるわ。この間の嵐で、家の中がめちゃくちゃになっちゃってねぇ……でも、こんな大きな荷物、自分じゃ持てないでしょ? ギルドの方ならっと思ったら、あなたみたいな頼りない感じの……あ、ごめんなさい」
「いいですよ。実際、もっと頼りになりそうな人がいっぱいですから」
まぁ、ヴァスみたいな人と比べたら、ボクは小さいというか……吹けば飛ぶような人間に見える。実際、自分の身長より大きなタンスを背負うなんて、向こうで試したら確実に押しつぶされるし。これも、身体の強化とか能力の向上とか、そういうアビリティのおかげである。
「ギルドにお仕事を頼むのは初めてでね? こういうお願いも聞いてもらえるとは思わなかったのよ。だから、最初は適当な人を寄こしてきたのかと……あ、ごめんなさいね」
「いいえ、大丈夫です」
ギルドへの依頼というのは、この間のドラゴン退治みたいな、大仰なものばかりではない。むしろ、リィンバームの中で起こる小さな問題を解決するものがほとんどだ。今回も、新しい家具を揃えたいという彼女に付き添い、荷物持ちをするという仕事である。
「この間の……ドラゴン? でしたかしら? どこかのギルドが追い払ったって聞きました。ああいう仕事しか引き受けてもらえないのかな、と。思っていたの。だから、あなたみたいな細い人がいるなんて……あ、ごめんなさいね」
「いえ……」
どうでもいいけど、この人、わざとやってるのか?
初めて顔を合わせた時から、ボクのことを『頼りない』とか『ひ弱そう』とか、繰り返し口にしている。そのたびに謝られるから、ツッコミを入れづらいし……。
自分が頼りなく見えるのは、しっかりと自覚しているボクである……それでも、ここまで連打されると、さすがにイラッとしてくる。
このタンスを運んだら、あとは机とイスを揃えれば、仕事はおしまいだ。ようやく、この嫌味じみた話から解放されるわけで。
というか、いっそ本人が嫌味を言っている気がある人なら、気にもならないのになぁ。天然で言っているから、思わぬタイミングでグサリと胸をえぐられるので、精神的な負担が大きい。
「……って感じだ。ちと、気になるぞ」
聞き覚えのある声がした。
歩いていた大通りから、路地を抜けた向こう側。声のしたほうへと目を向けると、薄青の毛並みが見える。薄暗い場所だが、目を細めてみれば、そこに立っているのがヴァスであるのがわかった。
今ボクがいるのは、カーマインからすると、街の反対側に当たる地域だ。ヴァスも何かの依頼を受けたのだろうか?
「おーい、ヴァ……」
声をかけようとしたが、ヴァスの前に別の誰かがいるのに気づく。まるで宝石のようにキラキラと輝く深紅の長髪に、露出度の高い格好をした女性。顔は……はっきりとは見えないが、、かなり若くて美しい女性――それも人間の女の人である。
「ふぅ、困ったわね……いいわ、詳しい話を聞きましょう。部屋を取ってあるわ」
ヴァスの正面に立っていた女性は、彼を連れて歩き出す。二人は路地の向こうへと足を進め、奥にある建物へと入っていった。その扉の上には、真っ白く塗り潰された看板が見える。
「あれ? あそこって……まさか?」
いや、でも……ヴァスだって男性だし、そういうこともあるだろうし。ミリアが好きっていったって、時にはそういうことだって……いやでも、う~ん……。
「あらあら、どうしたの? 疲れてしまったのかしら? やっぱり、あなた、頼りないわね……あ、ごめんなさい」
……とりあえず、この仕事を早く終わらせよう。
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