第44話 明かされる因縁! 過去の仇敵

「このダンジョンが、マクリーたちの、敵?」


 ファニー・フロウの突然の暴露に、ひいなは目を見開く。

 たしかに、可能性としては充分あり得た話だ。これほど巨大で、物理法則を無視して存在している真黯城が、魔法世界に由来するものであることは想像できる。


 しかし、マクリーに直接関わるものだというのは、少し意外だった。マクリーの言動が、いささか冷静すぎるような気がしたからだ。


「昔の敵だってば♪ 今は力と魔力核だけの残り香♪ それか燃えカス♪」

「みなみの言うとおりだ。真黯城の根源の正体は、ボクらの世界の大半を侵蝕した”際限なき暴食”、闇の卵・タマーゴン」

「ほっとくと魔力を食っていくらでも増え続ける、厄介な奴だったね♪」


 言うファニー・フロウの口調に、過去の苦闘をうかがわせる気配はない。とっくに彼女の中では解決済みの出来事、という感じだった。

 一方のマクリーも、説明する言葉遣いは落ち着いている。しかし、この妖精の口調は過度に醒めているところがあるから、真情はいかなるものか。


「ポップ・ファニーの活躍で、タマーゴンやそれを操った黒魔法使いたちは滅ぼされ、ボクらの魔法世界には平和が戻った。その功績によって、みなみ……ファニー・フロウは魔法世界連合にスカウトされたほどだ。なかなかないことでね」

「ね~♪ ほかのみんなは志願して来たっていうからびっくりした♪ コラージュもだよね♪」

「そうね。私は自分から強く志望したから。フロウみたいな人はうらやましい」

「でも結局、トンボ返りする羽目になっちゃったけどね、お互い♪」


 ファニー・フロウとアール・コラージュは目配せしあって肩をすくめる。それを横目に、マクリーが説明を続けた。


「だが、滅ぼしたはずのタマーゴンの破片が、どこかで生き延びていたらしい。まったく、奴らの生命力にはほとほと感心するしかないよ。そのおかげでボクらの故郷は危機に晒されたわけでね」

「で、成長した奴らは、今度はダンジョンの形を取ったってわけ♪」


 そこまで聞いたところで、花乃華が手を挙げて口を挟んだ。


「でも、どうしてダンジョンなんかに? 元々の性質とか?」


 マクリーは尻尾を振って、否定の仕草。


「タマーゴンは基本的に無秩序に拡大する。真黯城のように建造物状の形態をとるのは、何らかのコントロールが働いている可能性が高い。だが、その制御の源が何なのかは、まだ不明だ」

「その……黒魔法使いの残党って可能性は?」

「隠れているなら、それこそボクが見つけている。連中の気配はもう絶対に逃さない」


 マクリーの返答に、花乃華でさえたじろいだようだった。その白い無表情の外見からは想像もできないほど低く鋭い声音からは、故郷を窮地に陥れた相手への、尽きせぬ敵愾心が感じられた。マクリーにとって、その戦いはまだ、現在のものなのかもしれなかった。

 その一方で、ファニー・フロウの態度は、いくぶん軽い。


「タマーゴンのことだから、ってんでアタシがかり出されたんだよね~♪ 今更、って感じだけど、めずらしく里帰りできてよかったよ♪」

「そんなこと言ってフロウ、友達にも会うつもりないんでしょう?」

「規則だし♪ そう言うコラージュはどうなの♪」

「さあ」


 ファニー・フロウに言われて、アール・コラージュは否定とも肯定ともつかない曖昧な首の振り方をした。頭にハスにかぶった白い仮面と同じくらい、アール・コラージュの表情は無愛想で、その感情はひいなにはよく分からない。

 そのアール・コラージュが、ひいなたちを見つめて言った。


「ともかく、そういう経緯で、私たちはこの真黯城……ダンジョンを調査するために来たの。そして可能ならば解体し、魔法世界に回収する。地球を魔法世界の産物で、これ以上汚さないように、ね」

「ずいぶん急な話ね。今までは一般人が攻略するのに任せてたのに」


 花乃華が言う。ひいなも同じ疑問を抱いていた。

 これまではマクリーの管理の元、攻略という形でダンジョンを踏破し、その中に存在する魔法核とやらを”素材”として回収してきたわけだ。ダンジョンに無理な手出しをすることなく、ある意味、共存するような姿勢をとってきた。

 それが、やにわに解体だの回収だのという話だ。


「何か急ぐ理由でもできたの?」


 ひいなが問うと、アール・コラージュは横目でファニー・フロウを見た。正確には、その手中にある黒い花弁状のもの。クリプティの魔法核だ。


「メノンタールの魔法核。パナケアによって浄化されたはずのそれが、ダンジョンに吸収され、その力を活性化されていた」

「ダンジョン単体ならコントロールできてても、ほかから魔法核を持ち込まれて強化されたら、無視できないからね~♪ 魔法世界連合の総意は、早期決着に傾いてるわけ♪」

「これ以上の魔法少女の投入は望まないけれどね」

「マクリーってば用心深すぎない?」

「敵はタマーゴンなんだぞ、過剰な魔法少女の投入は敵を活性化させるだけだップ!」


 激高して口走るマクリー。すぐに、恥じ入るようにあわてて口をつぐんだ。


「……ともかく、みなみが来てしまったのは仕方ない。キミたちの探索を拒む権利は、ボクにはないからね」

「さんきゅ、マクリー♪ でも、いちいち下から上ってくのめんどくさいから、目星つけて上っちゃっていい? 30階層くらい♪」

「30!? そんなに上に行った人、聞いたこともないよ」


 花乃華が驚いて声を上げた。彼女ですら動揺するくらい深い階層、ということだ。ひいなたちですら、攻略できたのは第16階層まで。その倍を、一気に踏破しようというのだ。


 とはいえ、さっきの戦いぶりを見るに、ファニー・フロウやアール・コラージュの戦力は相当なものだ。魔法少女相手にあれなのだから、ダンジョンのクリーチャー相手に手加減なしの戦いをすれば、もっと圧倒的だろう。

 しかし、マクリーは渋るように言った。


「……上の階層は、力だけでは攻略できない。だから20階層以上は、ほかの探索者を入れさせていないんだ」

「アタシたちでもだめ?」


 重ねて問うファニー・フロウ。一瞬、視線がぶつかり合って、内心の攻防を映し出す。

 マクリーは、ぱたん、と両耳を下ろした。


「キミたちの判断を邪魔する権利も、ボクにはない」


 本当のところ、最初から、あまり議論する気はなかったのかもしれない。あるいは、議論しても無駄だと割り切っていたのか。いずれにせよ、マクリーの判断はかなり早かった。

 ただ、それでも、名残を惜しむようにマクリーは言う。


「気をつけて、みなみ。なんと言っても、キミたちはボクらの世界の恩人だ。危機に晒したくはない」

「今更だよマクリー♪ 魔法少女はそんなことじゃ怯まない♪」


 にかっ、と笑って、ファニー・フロウは、ひいなと花乃華に向き直った。


「そんなわけで。いっしょに来てくれる? 第30階層♪」

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