第27話 どうしてあなたが? 夜の町の再会!

「ねぇ、今日こそどっかでお茶していこうよ。遅くなったら私が送るし。最近ネットで調べて、横町のお店もいろいろチェックしてるんだ。表通りは飲み屋とかばっかりだけど、外れには隠れ家っぽい店もあるみたいだから、静かにしゃべれるかもだし……」


 ダンジョン横町のにぎわいの中を歩きながら、ひいなはしゃべり続ける。第15階層攻略で得た収入のおかげで、懐はかなり温かい。一晩遊び歩いてもいいような気分だった。

 隣にいる花乃華は、しかし、黙りこくったまま。


「花乃華ちゃん?」


 ひいなはちょっとかがんで、花乃華に顔を近づける。うつむき加減で道路のアスファルトを見つめながら、早足に歩く花乃華は、なにやら物思いに耽っている様子。白い面差しが、夜の中にふんわり浮かび上がっているように見えた。


「花乃華ちゃん?」


 もう一度、今度はさっきより近くから声をかける。

 ようやく花乃華は目線をひいなに向けた。


「ひいなってさ。魔法のこと、ちゃんと考えたことある?」

「ちゃんと、って?」

「この力がどこから来るのかとか。どうしてこの世界に、たくさんの魔法少女が、何度も世代を変えて出現するのか、とか、そういうとこ」

「別に気にしたことなかったなぁ。私は自分のことで手一杯だったし、終わった後はそれ以上、関わる気もなかったから」

「いい加減ね」


 花乃華の身も蓋もない指摘は、確かにその通りだ。自分の戦いが終わってからは、魔法のことなんてしばらく考えたくもなかった。力を失ったゲヘナを飼って、自分の魔法は自分の中だけに封じ込めて、それでおしまい。

 まさか、10年経って、ふたたび魔法に関わるなんて思ってもみなかったから。


「だけど、このままじゃよくないと思う」


 花乃華は足を止めずに言う。週末の雑踏の中に、ふたりの会話はまぎれていく。


「もしもダンジョン攻略が、魔法のことに深く関わってくるのなら、知っておいた方がいいかもしれない。わたしはちょっと、リランに詳しく聞いてみるつもり」


 リラン、というのは確か、花乃華たちパナケアに力を与えた妖精の名前だ。まだ実物と会ったことはないけれど、パナケアの仲間たちから信頼されている雰囲気は、ひいなにもわかる。

 ケア・カモミールこと檸檬も、リランのことをかなり信じている様子だったし、リランの言いつけを破ったことで花乃華に相当怒っているみたいだった。


「花乃華ちゃん、そのリランって妖精とちゃんと話できるの? ダンジョンの攻略してるの、あんまりよく思ってないみたいだけど」

「そこも含め、かな。きちんと話をつけて、穏便に済ませて、魔法のこともちゃんと知りたいから」

「……それで」


 ひいなは口を開きかけて、止めた。


 すべてを知って、その上で、リランに反対されて、花乃華自身が納得したら。

 花乃華はダンジョン攻略をやめてしまうのだろうか。


 動機はお金。そう花乃華は言っていた。

 だけど、お金では賄えないこともこの世にはたくさんある。魔法が関わるなら、なおのことだ。

 お金を稼ぐよりずっとリスクの高い戦いになるのなら、そんなところからは撤退しなくちゃいけない。


 でも、ひいなは口に出せない。

 そんな可能性を花乃華に想像させるのすら、不安だった。


「ひいなもさ」


 ひいなの迷う様子など素知らぬふりで、花乃華は言う。


「ひいなの妖精と、ちゃんと話、してみた方がいいんじゃない?」


 問いかけるべきかどうか迷っていたせいで、隙が出たのだと思う。

 今までなるべく口にしないようにしていた言葉が、滑り出た。


「私の妖精は、もういないんだ」


 はっ、と、花乃華が息を呑んだ。

 ひいなはとっさに、何か付け加えようとした。でも、ほかに言うべきことなんて何もなかった。それ以上のことを口にすれば、ひいなはあの10年前の戦いについてすべて話してしまうかもしれない。

 口の奥で、何かがきつく詰まっていた。体の奥で、エモーショナルスターロッドが肺を圧迫しているみたいに思えた。


「ごめん」


 花乃華は小さく、頭を下げた。かたくなな子供らしい、素っ気ないけれど、精一杯だとわかる謝罪だった。ひいなも10年前は、こんなふうだった気がする。ひいなのいたずらに妖精がへそを曲げたときも、心底ではその怒りっぷりがおもしろくて、でも悪いことをしたのはわかっていたから、どうにか頭を下げる、みたいなことをしたものだ。

 今日は、変に懐かしいことばかり思い出してしまう。


 あたりの喧噪が、ふたりの周りを雑多に流れる。飲み屋から出てきた連中の喚声が沸き上がっては消え、客引きの必死の訴えが甲高く響く。

 花乃華の靴の足音が、やけにくっきりと聞こえた。


 ねえ、と、花乃華の唇が開きかける。


 ざわっ、と、どよめきが起こった。繁華街のにぎわいにはふさわしくない、微妙な緊張感をはらんだ声。


 とっさにひいなと花乃華は振り返った。ふたりとも戦いの予感には敏感だった。喧嘩なら、ひいなは花乃華を守らなくちゃいけないと思っていた。そして魔法少女の戦いなら、花乃華の出番だ、とも。

 道の真ん中で、それは起こったようだった。都市計画が貧弱で道が狭いところに歩行者が急激に増えたこの一帯は、事実上の歩行者天国だ。その真ん中で、若い男性がふたり並んで座り込んでいた。彼らを囲む人だかりへと、なにやら悪態をついている。ナンパに失敗でもしたのだろうか。


「ああいうの多いね、前も……」


 最初にあった日の夜のことを思い出して、苦笑するひいな。あのときは、花乃華がひいなをかばってパリピの男をすっころばせたのだった。

 振り向いたひいなの前を、ふいに、花乃華が走り出した。


「花乃華ちゃん?」


 一瞬だけ見えた花乃華の表情は、ひどく張りつめていた。驚きとか焦りとは違う、別種の緊張感。

 花乃華はあっという間に、人だかりの脇をすり抜けて横町の脇道へと走り込んでいく。あわててひいなも後を追うが、頭の中にはクエスチョンマーク。魔法の気配がするわけでもなく、敵の姿は当然見えなかった。それ以外に、何が花乃華をあんなに急かしたのか。


 騒動の余韻が残る人ごみを、よたよたと駆け抜けて、ひいなは路地に駆け込む。にぎわうダンジョン横町も、通りをひとつ越えれば薄暗くて寂しい場所に変わる。表面だけ取り繕った、ハリボテのよう。


 その路地の奥に、花乃華の長い髪が、うっすらと浮き上がって見えた。

 彼女は、誰かと向かい合っているみたいだった。花乃華より一回り背の高いその人物の顔は、薄暗くてよく見えない。ただ、眼鏡の細いフレームが、夜に鋭く光った。


「何で逃げたの?」


 花乃華の声が詰問する。

 向かいの人物が応える。


「大人の男は怖いよ。それに、もめ事になったら花乃華だって困るだろう?」


 その声に、ひいなは、聞き覚えがあった。大人びて、芝居がかったような声音は、いくぶん気取った少女のそれだ。

 一瞬あって、花乃華がさらに問いつめる。


「いつから? どこまで進んだ?」

「花乃華よりも前、もう3ヶ月くらいかな。今は第16階層にいる」

「あきれた。ほんとうに、隠し事がうまいよね、美鈴は」


 美鈴、という名前を聞き、ひいなはようやく、彼女のことを思いだした。


「聞かれなきゃ喋らないだけだよ、花乃華と同じ」


 その声が記憶と結びつく。先週の夜、ひいなは彼女を目撃している。


「あなた、パナケアの?」


 花乃華がこっちを見る。とっくにひいなのことに気づいていたようで、その表情に驚きはなかった。

 彼女は肩をすくめ、自分の前に立つ背の高い少女へと、ちらりと目配せした。


「ちゃんと紹介するの、初めてよね。この子は愛甲美鈴。ケア・ラベンダーよ」

「あなたが花乃華の相棒ですよね。初めまして、愛甲です」


 愛甲美鈴は、やはり気取った仕草で頭を下げた。そして、ちょっとしたことのように付け加えた。


「僕も、ダンジョンを攻略しているんですよ」

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