第23話 第15階層終着点! 異形の石室!
エメラルド色の道筋を手がかりに、ふたりは第15階層を探索していく。
「ジュニパー・ストライク!」
壁から突然現れて攻撃してきた顔面に、花乃華の拳の一撃。擬態クリーチャーはあっけなく倒され、壁はただの石に戻った。
ひいなのグルーム・ドゥームズ・ソリューションによって大規模に損傷したダンジョンだが、奥の方はそのダメージも少ない。花乃華の魔力を用いたトラップ探知の効果も薄くなり、より注意深く進まなくてはならなかった。
ふたりは、半ば忍び足の慎重な足取りで歩いていく。自然と口数も少なくなる。
ごん、ごん、と、第15階層全体を包み込むような、重い低音。
規則正しく響く音が、かすかに、ふたりの足下をびりびりと震動させている。
「この音、前より大きくなってない?」
ひいなが言うと、花乃華は「……そうかも」と小声でつぶやく。
「ひょっとしたら、変化し続ける階層の中枢に近づいているのかも。動力源みたいなところ」
「ボスが近いのかなぁ」
「油断しないで。ゴール直前に『振り出しに戻る』なんて、よくある奴でしょ?」
ふたりの軽口を咎めるように、ずん、と、ひときわ大きな震動があたりを呑み込む。
「わっ」
バランスを崩したひいなは、思わず、花乃華の方に倒れ込んでしまう。
「とっ!」
花乃華はとっさに、ひいなを受け止めてくれた。まだ微震する床を両足で踏みしめ、両腕で、ひいなのよろけた体を支える。
瞬間、花乃華の張りつめた表情を、ひいなは間近で見た。
花乃華の整った面差し、真剣そのものの瞳、わずかな動揺で震えた唇。
離れたくない。
「……だから寄りかからないでってば」
すげなく花乃華に押されて、ひいなはよろけるみたいにして立ち上がった。ふと、鼻腔にただようほのかなハーヴの香りに、目を細める。
その名の通り、花乃華からは、ジュニパーの匂いがした。
「何、変な顔して」
冷たい目で指摘され、ひいなははっと両手を顔に当てる。無意識のうちに、にやついていたみたいだった。花乃華はぼそりと言う。
「緊張感がない」
「ち、違う違う、別に花乃華ちゃんにくっつくのが嬉しいとかそういうわけでは」
「……」
呆れかえった目で見つめられ、ひいなは居たたまれない。
さっき、もっと自分の気持ちを打ち明けるように言われたばかりなのに、口を開いても、うまく言葉が出てくる気がしなかった。こんなちょっとした一瞬のことでさえ、うまく整理できない。
黙りこくるふたり。
それを妨げるように、ふたたびダンジョンが鳴動する。
「……音、こっちから聞こえない?」
花乃華が指さすのは、ふたりが立つ通路の脇の壁だ。さっきの震動を受けてびりびりと震える壁は、しかし、見た目には何の変哲もない壁だ。トラップでもないし、クリーチャーでもない。隠し扉の気配もない。
「この奥に、何かあるのかも」
つぶやいて、壁に右手を伸ばす花乃華。「危ないよ」と、ひいなはとっさに左手をつかむ。
「また離ればなれになったら、たまらないよ」
「……分かってる」
ひいなの訴えに、花乃華は肩をすくめてうなずく。
あらためて、彼女は壁に向き直る。右の拳を脇に矯めて、正拳突きのような構え。背筋がまっすぐ伸びて、頭から首、そして足先まで、しっかりと神経がよどみない道筋を描いている。
ほんの些細な仕草さえ隙がないんだな、と、ひいなは花乃華を見つめてしまう。
花乃華が、ちらっとこちらを向いた。
「つかまってて」
「わかった」
ひいなは、花乃華の空いた左手の手首をつかむ。
花乃華の右の拳に、魔力が宿る。
「……ここか!」
ずん、と、花乃華の拳が壁を打つ。
一瞬、視界が揺らぐ。
次の瞬間には、ふたりは、巨大な石室の真ん中にいた。
ふたりの正面には、鮮やかな色彩で塗られた壮大な壁画が展開している。壁一面、古代の墳墓に描かれた壁画に似た抽象的な図像で占められていた。
ごぅん。ごうん。
部屋には重い響き、巨大な歯車の回転する鳴動が轟き渡っている。
その響きのリズムに合わせ、石室の壁が回転し、次々に姿を変える。
壁は、巨大な石塊をいくつか組み合わせて構成されているようだった。ひとつは3メートル四方はあるだろうか。それが縦横4つ、合計16個の巨石が積み上げられて、壁が構成されている。
巨石は、目に見えない動力によって個々に回転し、気まぐれに別の面を見せる。ついさっきまで抽象画だった壁画が、次第に、別の絵に移り変わっていく。
<空しき世 移りゆく色>
壁画が姿を変えるとともに、低く重々しい唄が聞こえてくる。
「こいつが、第15階層のボス?」
「そうみたい」
情報を確認している暇はない。しかし、室内に満ちるただならぬ気配が、強敵の出現を予感させる。
<
<故に ゆめゆめ狂え>
そして、現前するのは、巨大な人面。哲学者のような瞑目の表情が、かえって威圧的だ。
「来る!」
花乃華が叫び、ひいなはロッドを構える。
壁の人面が、かっと目を見開く。
次の瞬間、ふたりの足下から、火柱が噴き出す。床のタイルを割って噴出した炎が、天井まで届く。
「熱っ!」
「大丈夫!?」
飛び退いたひいなの頭上に火の粉が降り注ぐ。髪が焼けるように熱い。ロッドを振って風を巻き起こし、火の粉を追い払う。花乃華はすでに火柱から距離を置いて、壁際まで回避している。
と、花乃華の背後の壁が、ぐるりと回る。
「花乃華ちゃん後ろ!」
「っ!」
壁の裏側から飛び出してきた刃が、花乃華の背中に襲いかかる。
彼女はとっさに身を翻してかわす。ひらひらしたリボンが一筋切り裂かれ、緑色のサテンが舞い散る。
反撃する間もなく、刃は壁の奥に消える。
「こいつは鬱陶しいな……」
花乃華はうめく。ひいなも同感だった。
部屋全体に、罠が仕掛けられていると考えた方が良さそうだ。前後左右上下、どこから攻撃が来てもおかしくはない。
そしてそれを統率するのが、おそらく、前方の壁に描かれた巨大な人面だろう。今は澄まし顔をしているが、いつその邪悪な本性を現すか知れたものではない。
「キュート・シューティング!」
ひいなの放った魔法が、壁の人面をねらい打つ。しかし、壁には傷ひとつない。
「たぶん、タイミング。目が開いた時を狙う」
「よし……」
花乃華の忠告にうなずくひいな。しかし、目が開くときは、すなわち攻撃の瞬間だ。何を仕掛けてくるか分からない敵に警戒しつつ、隙を狙う。
難しい挑戦だが、やるしかない。
息を詰めて、数秒。
人面の目が開く。
花乃華が床を蹴り、顔面へと飛びかかる。
そこへ、天井から降り注ぐ針の雨。
「テリブル・タブレット!」
ひいなの魔法が、花乃華を守り、敵までの道を開ける。
「ジュニパー・ストライク!」
花乃華の拳が、人面の額を直撃した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます