挿話 魔法少女パナケア「危険で芳醇!? 花乃華のヒミツの夜遊び!」(Aパート)

 ダンジョンの周辺に広がる横町の夜は、帰路に就く探索者や、彼らを当て込んだ呼び込みの声で騒々しい。

 花乃華は未成年だから、夜の娯楽には興味はない。彼女の隣にいるひいなは、大人の女らしからぬ不作法な大あくびをする。


「やっぱり探索のあとは元気出ないね……みんなすごいなぁ」

「ほどほどに戦って、ほどほどに稼いで、ほどほどに遊んでるんでしょ」

「……私たち、無茶しすぎなのかなぁ?」


 確かに、いきなり上の階層に進みすぎたようなきらいはある。第15階層は、魔法少女のふたりにとってもなかなか手強かった。敵が強い、というより、先が見えなくて変動し続けるダンジョンの構造のせいで精神的に消耗した方が大きい。

 とはいえ、花乃華は、攻略を止める気はない。


「全力出して生きた方が、きっと楽しいよ。後悔もないし」

「人生訓にするような話だった? 今の」


 ひいなは、花乃華の態度を面白がるみたいにクスクス笑う。確かに今の言葉は、自分でも大げさすぎたような気がする。ひいなはなんだかんだで大人で、余裕というか、出来事を適当な間合いで受け流せる。いい意味で、肩の力が抜けているのだ。たぶん。

 ただ、花乃華だって、前はここまで真剣じゃなかった。というか、もっと冷めていて、世を拗ねていた。


 そんな彼女を前向きに変えていったのは、きっと……


「花乃華、ほんとにいた!」


 そう。この声だ。


 花乃華とひいなの前に、姿を現す少女。

 背丈は花乃華と同じくらいだが、花乃華よりずっと丸顔で、キュートな印象を与える。たいてい笑顔で、たまにふざけているように見られるけれど、彼女はいつだってまじめで、本気で笑っている。

 でっかいツインテールが、頭の横で縦に大きく揺れた。


「どうしてここにいるの、檸檬れもん


 花乃華は、目の前の少女の名を呼ぶ。甘利あまり檸檬は、いつもの笑みを引っ込めて、花乃華をまっすぐ見つめる。大きな丸い目がひときわ見開かれると、赤っぽい黒目に花乃華の全身がそのまま映ってしまいそうだった。


「リランに聞いたの、魔法少女の子がダンジョンを攻略してるって噂。まさかと思ったけど、ほんとだったんだね」

「だったら、どうするの?」

「止めるに決まってるよ! リランに言われてるじゃない、あたしたちがダンジョンに近寄っちゃダメだって!」

「檸檬はいい子ちゃん過ぎ」

「いい子でなきゃ、パナケアなんてできないよ!」

「声大きい。誰が聞いてるかわかんないんだよ」


 花乃華が告げると、檸檬は口元をはっと押さえた。1年経っても、この子の不注意なところはちっとも改善されない。


「あの……」


 そこへ、ひいなが横から口を出してきた。


「盛り上がってるとこ、悪いんですが。どちら様で?」


 花乃華に訊ねるひいな。しかし、答えたのは檸檬の方だった。


「あたし、甘利檸檬と言います! 花乃華の友達!」


「で、わたしたちパナケアのリーダーことケア・カモミール」

「「えっ!?」」


 ひいなと檸檬が、同時に声を上げた。ふたりは一瞬、まじまじと互いを見つめ合う。

 檸檬は花乃華に向き直って、詰め寄ってくる。


「花乃華、何自分からばらしちゃってるのーっ!? さっきはあたしのこと止めたのに!」

「ひいなはいいの。わたしたちの先輩なんだから」


 ひいなに目配せすると、彼女は、なぜかちょっと低姿勢な様子で頭を下げる。


「あ、どうも……榊ひいなです。えっと、恥ずかしながら、元・魔法少女です」

「わーっ、あたしたちの先輩なんだ! すごい、握手してもらっていいですか!?」


 きらきらと目を輝かせ、檸檬が両手を差し出す。ひいなはおずおずと、右手を出した。固い握手をぎゅーっと交わし、檸檬はひいなの目を見る。


「じゃあ、花乃華といっしょに、ダンジョン探索やってるんですか?」

「うん……まあ、花乃華ちゃんに誘われてね」

「花乃華!」


 ぎゅっとひいなの手を握りしめたまま、檸檬が花乃華をにらむ。


「先輩まで巻き込んで、どういうつもり!? 見知らぬ大人に頼ってまで、やらなきゃいけないことなの、ダンジョン探索って!?」

「……いいでしょ、檸檬には関係ない」

「ないことないよ、友達でしょ! 花乃華、やっぱりまだそういうところ、直ってない。困ったことあるなら、何でも相談してよ! きっと力になるから!」


 檸檬は、まっすぐな瞳で、花乃華に向き合っている。どの言葉にも、彼女独特の力があって、ひとことひとことが胸に飛び込んで来るみたいだ。パナケアになるよりも前から、檸檬は、こんな子だったという。だからこそ、魔法少女に選ばれ、その中心になれたのだろう。


「困ったことなんてないよ。むしろ逆。今だからこそ、新しいことに挑戦したいの」

「でも……それは、リランの言いつけに逆らうことだよ! リランといっしょにメノンタールと戦うのが、いまのあたしたちの使命なのに!」

「わたしは、使命を全うするだけじゃ物足りない。わたしには、もっと可能性がある」

「うん、花乃華はすごい子だよ。いろんなことができるはず。でも、目の前のことに全力で取り組む方が大事だよ!」


 路上で激しく言葉を交わしあう、檸檬と花乃華。パナケアになって、檸檬と仲良くなってから、こんな場面が幾度となくあった。檸檬はいつだってまっすぐで、ある意味で頑なだ。思いの力があれば何でも叶う、と、無邪気に信じているような所がある。

 その信念と行動は、しばしばウザったくもあるけれど、でも、確かに花乃華の心にも影響を及ぼしている。

 檸檬なしで、パナケアなしで、今の花乃華はない。


「うう……」


 かすかなうめきのような、嗚咽のような声。

 檸檬に手を握られたままのひいなが、左手で、目尻をぎゅーっと押さえていた。


「どしたの、ひいな」

「いや……まぶしい、っていうか……10代の少女の真剣な語らいとか、ちょっと尊すぎて耐えられない……」


 何言ってんだこいつ、と、花乃華は思わず半眼になってしまう。自分だって、かつてはこんな多感な少女だったろうに。


 檸檬は、ぱっ、とひいなから手を離した。手を握っていたことさえ、今の今まで忘れていたみたいな仕草だ。

 それから再び何か言おうと、檸檬は口を開きかける。

 が、その言葉は、別の音によって遮られた。


 さっきまで星の見えていた夜空が、黒いものに遮られる。それは、雨雲に似て、しかしそれよりもずっと濃厚な黒色をしている。光を吸い込み、跳ね返さない。

 黒いものが、地上へとなだれ込んでくる。


 街灯りが突然、停電したように消えた。突然の闇に戸惑う人々の頭上に、黒い物体が押し寄せてくる。

 呼び込みの男性が着込んだ派手な色の法被が、真っ黒に染まる。彼に声をかけられていた女性の派手な衣服も、そのそばで割り込もうとしていた男性の金髪も、同じ色に変わる。

 色を奪われた人々は、突然、感情さえも失ったようにうつろな目になって、その場に倒れる。


「メノンタール……!」


 花乃華と檸檬は、同時に、黒い怪物の名を呼ぶ。無彩色の悪夢、メノンタール。魔法世界のひとつ、妖精リランの故郷を滅ぼし、次なる標的を地球に定めたその目的は、世界からあらゆる色と思いを奪うこと。


 今日のメノンタールは、どうやら、ダンジョン横町のにぎわいに釣られて出現したようだった。

 横町の喧噪と歓楽を食らい尽くし、すべてを黒く塗りつぶしたメノンタールの、満足げな咆哮がこだまする。ついさっきまで、耳が痛くなるくらいに騒々しかった横町のにぎわいが、あっさりと消え失せてしまった。


 花乃華の目の前に、人が倒れている。それは、先週の帰り道で花乃華とひいなにちょっかいを出してきたパリピの男だ。今は、すべての気力を奪われて、言葉も発せないまま路上に突っ伏している。

 酔って女にちょっかいを出すはた迷惑な男でも、彼らなりに平和に過ごしていた一般人だ。それに手を出すなんて、許せない。


「話は後!」

「わかってる!」


 花乃華と檸檬は、阿吽あうんの呼吸でうなずく。


「檸檬ちゃん、花乃華ちゃん!」

「ふうん、ほんとにふたりともここに来てたのか。奇遇だね」


 そこへ、タイミング良く仲間たちが姿を現す。内気でいつも怖じ気付いている爽子さわこの太い三つ編みがぴょこぴょこと揺れ、イケメン俳優みたいな出で立ちをした美鈴みすずの細いセルフレームのメガネが闇の中で光る。

 ここぞというときには、いつでも4人揃うのが、彼女たちのチームワークだ。


 メノンタールが実体化し、巨大な酒瓶に手足のついたような形態になる。これから破壊の限りを尽くそうという敵に、4人の少女たちは敢然と立ち向かう。

 香水瓶エリクシール・ポットから、しゅっ、と魔法のアロマを噴出する。うっすらと輝く、魔法の香りに包まれて、体に力が満ちあふれる。


「え? ちょい待って、え、ここで?」


 ひいなが慌てふためいている。メノンタールの影響を受けていないのは、やはり魔法少女だからだろう。とはいえ、今から彼女を逃がしたりしている暇はない。


 4人の体に、魔法が満ちた。色とりどりの輝きが、魔法少女たちの中からあふれ出す。


「「「「パナケア! フレグランス・アップ!!」」」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る