戦う文房具

うのはな

第一話 シャープペンシル

 僕の持ち主ゆきちゃんは、そこそこの進学校に通う高校三年生。「学生」と呼ばれる比較的若い人間は、この年齢になると「受験生」という名前ももらえるようだ。

 「名は体をあらわす」などという言葉があるように、名前というものは人間を変えてしまう効果を持っているらしく、「受験生」と呼ばれ始めてから三か月たった今、彼女はこれまで類を見ないほど荒れている。

 机の上に落ちている指の皮。この量が彼女のその日の気分をはかる目安だ。今日は模試の結果が悪かったらしく、一段と多い。中には血が付いているものもあり、少し心配になる。


 「ちゃんと毎日勉強してる! 結果があまり良くなかったのも、凡ミスが多かったから!」


 今日もさっそく、ゆきちゃんの部屋でお母さんと喧嘩が始まった。


 「それ、前回の模試のときも言ってたでしょう」


 うんうん、僕も聞いたよ。


 「もううるさいなあ! 放っておいてよ!」

 「親に向かってそれはないでしょ。だいたい毎日塾まで車で迎えに行ってるのは誰だと思って……、それにあなた昨日だって部屋片づけないで……」

 「私受験生なんだからそのくらいいいでしょう!?」

 「っ……もう勝手にしなさい!」


 「受験生だから」、これはゆきちゃんの魔法の呪文。この一言でお母さんは何も言えなくなる。そして、仲直りもできなくなる。


 「あのくそばばあ……」


 悪態をつきながらも、もう一度机に向かうゆきちゃん。えらいね。でも、そんなに握られたら少し痛いよ。

 痛いけど、ね。僕知ってるよ。ゆきちゃんの方がもっとずっと痛いってこと。いやだよね、お母さんと言い合いなんて、本当はしたくなかったよね。ゆきちゃん、お母さんのこと大好きだもんね。


 ぽた。


 案の定降ってきた、大粒の水滴。そんな流したらノートの文字滲んじゃうよ。さっきピンクのペン姉さんで頑張って書いてたんだからさ、そんなに泣かないで、ね?大丈夫、ちゃんと知ってるよ。君の努力は僕たちが見てる。

 

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