それを


 毒は魔法で中和が可能だ。例えば、治癒魔法を使用すれば、癒しの力を用いて治癒することができる。弓や剣などに塗布することや、食事の中に混入するなど、使用用途も限定的。魔法と比べて効果範囲も広くない。


 あらゆる面で毒は魔法に及ばない。それゆえに、毒という物質はあまり発達することはなかった。


 需要がないものは廃れ、一方で魔法はより高度に、複雑に進化していく。研究を続けるのはアシュのような物好きのみである。


 しかし、この物好きは不幸にも天才であった。毒という存在の特性を理解し、魔力とかけあわせ、より広範囲に、使用用途も新しいものに。


「……より気づかれずに使う必要がある」


 気づかぬうちに体内に侵入するような。身体に毒が行きわたるまで、微小な異変すら残さぬような。一度発現されれば身体の自由を全て奪うほどの効果があるような。


 気づけば十時間を経過していた。


 アシュは食物を食べることがなくても死ぬことはない。食事を一つの娯楽として嗜むのみだ。


 一度、深呼吸をして研究室を出て、螺旋階段を上がった。すると、フローラルの香りがあたりを漂う。


「ふむ……心地がいいね」


 歩きながらリラックスされるのを感じる。無能執事にも一つぐらいはいいところがあるのかと、ほんの若干見直した。どうやら、香りのセンスは同じだったようだ。


 バタバタバタ――――っ!


 その時、奥の本棚から大量の本とミラが落ちてきた。


「……なにをやっている?」


「ったたたた。す、すいません、ちょっとバランスを崩しちゃ……ああああ―――! やっと出てきたんですか!? もう凄くお腹すきましたよ」


「……君がお腹が減るのと、なぜ僕が非難を浴びるんだい?」


「だって、何度声かけても全然出てこないし」


「それは逆だね。声をかけてほしくないから、どれだけ物音を立てたとしても、こちらには聞こえないような仕掛けを施したまでだよ」


「ぐぐぐ……いじわる!」


「……」


 なにがどうなってその言葉が出たのか一ミリたりとも解さないアシュだったが、もう理解しなくてもいいなという気分になって、食卓についた。


「ちょっと待っててくださいね。支度しますから」


 急ぎ足でパタパタとせわしなく動くさまは、さしずめ幼児。一生懸命やっているのは伝わってくるが、全力でやってもできないのだからなおさら性質たちが悪い。


「まったく……華麗じゃないね……あっ、ニンジンは入れてくれるなよー!」


 思い出したように、味煩い魔法使いは、調理場に叫ぶ。


「今日は大丈夫でーす! 前菜にしか入れてませーん」


「……はぁ」


 これ以上ない大きなため息が漏れた。


 二十分後、アシュの前に料理が並べられ、ミラの前に一層多く料理が並べられる。


「うっわー、我ながらおいしそうですね。いただきまーす」


「どうでもいいが……普通は主人にお伺いを立てないのかい君は?」


「なんでですか? 家族は一緒に食べるもんじゃないですか? だから、私、待ってたのに」


「……『主人と執事の関係が家族であるか』という問題は議論が必要だと思うが。まあ、いい。いただきます」


 前菜のニンジンを避けながら、アシュの脳裏に『家族』という文字が何度も頭に浮かんだ。





 

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