死の商人
*
馬車を走らせて降り立った場所は、爛々と明るかった街とは対照的に、灯り一つなかった。カサマツの木々に囲まれた鉄製の建物は、厳格で冷たい雰囲気が漂い、おおよそ商人がいる場所とはほど遠かった。
「な、なんか暗い所ですね」
不穏な気配を感じ、ミラがアシュに耳打ちする。
「……君は、うるさくても静かでも文句を言うな」
「も、文句って! 普通の場所に連れてってくれないからそう言っているだけで」
「僕は君の執事か? 君をもてなすための旅行じゃないとだけ言っておこうか」
「……キーーーーーーーー」
ミラが手をブンブン振り回しながら性悪魔法使いを殴ろうとするが、相変わらずの手の短さで失敗に終わる。
壮麗とした雰囲気が君のせいで台無しだよ、などとため息まじりの皮肉を口にしようとした時、
「さあ、お入りになってください」
シシュンは先導して、鉄で形作られた門をくぐった。
その建物は、アシュの館にどこか類似する佇まいだった。全てが無機質な黒鉄で作られ、植物などもなく、生の気配を全くと言っていいほど感じない。ただ、禁忌の館と決定的に異なる点。そこには一切の墓標がなかった。
中に入ると、無数の動物の剥製が立ち並んでいた。
「……」
その異様な雰囲気に少し肩を震わせる少女。
「ふぅ……どうやら僕の執事は、あまりこの場が好みではないらしい。早めに商談を済ませたいものだがね」
落ち着かせるように、スッと少女の手の甲に掌を乗せる。
「……かしこまりました」
シシュンが指を鳴らすと、一瞬にして、黒づくめの者たちが八方を取り囲む。
「ふむ……
とりわけ動揺もせずに、アシュは答える。
「……その呼び方は、心外です。我々にも大義がある」
「それは、君たちが土着の民だからかい?」
「……」
闇魔法使いの言葉に、シシュンは口を閉じた。
バージスト聖国の建国は、凄惨な血の歴史だと言っていい。初代聖王と称した英雄は、
後にこの戦いは、歴史学者によって聖戦と謳われた。
しかし、彼らはその汚名を抱えながら生き残った。大軍を起こすのではなく、小規模で、精鋭を選りすぐり、自衛にあたった。彼らは、土着の民たちの
バージスト聖国は、彼らを、
「君たちの復讐の正当性は理解できるが、この平和的な紳士を脅すのは感心しないな」
闇魔法使いの物言いに、シシュンは鼻で笑う。
「これでも足りないぐらいですよ。いや……あの悪名高きアシュ=ダールが相手だとするならば、僕らのどんな備えすら意味を為さない」
「ふむ……僕を僕だと知っていて商談を持ちかける者は、なかなかいないがね」
だからこそ、
アシュ曰く、彼らが残らず消えたのは自業自得だ、ということだが。
「それだけ我々も切迫していると思っていい」
「……ライーザ王だね」
アシュの問いかけに、シシュンはわずかに唇を噛む。
瞬く間に隣国を滅ぼした英雄は、その圧倒的なカリスマで大陸の統一に駆け上がらんとしている。もはや、このまま土着の民の守護をしているのでは限界がある。選択肢は2つしかない。奴隷として従うか、反旗を翻すか。
「……このままでは、勝機の目がない。しかし、他に協力を仰げる者もいない」
「クク……」
闇魔法使いは低く笑う。
「なにがおかしい!」
「やめろ!」
シシュンが激昂した暗殺者の1人を制止する。
「いや……失敬」
アシュはそう口にしながらも、
禍々しい眼光でシシュンを見据えた。
「……しかし、君たちは、運がいい」
漆黒の瞳を見たシシュンは、かつてないほどの悪寒と冷や汗を感じざるを得なかった。
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