あの


 

 再び、日陰の路地裏にある建物の中に入った。


「やぁ、リック。調子はどうだい?」


 パリン。


 三度、グラスを割ったバーテンダーは、手を滑らして割ることで驚嘆を表現した。


「そ、その横にいるのは……?」


「初めまして。ライオール=セルゲイです」


 その丁寧なあいさつに、リックは震えを禁じ得ない。


 ライオール=セルゲイ。聖闇魔法を高度に使いこなし、その万能な能力は各国共通で評価が高い。なにより、あのヘーゼンに『最高の弟子』と言わしめる若き麒麟児が、『最悪の弟子』と言わしめたアシュ(性格最悪)と並ぶ光景は彼の目には異様に映った。


 二人はバーカウンターに座って、適当なカクテルを頼み、アシュの隣に座ったミラはホットミルクを頼んだ。


「さて、ライオール、聞きたいことがたくさんあるんだ。もちろん、相応の礼は約束する」


 闇魔法使いは、目の前の青年が、聖人君子ことを熟知していた。穏やかではあるが、善人ではない。必要であれば、アシュのような闇の者とも躊躇なく取引を行う性格の持ち主である。


「礼は要りません。交換と行きませんか?」


「交換?」


「ええ。私が一つ答えたら、あなたにも質問を一つ答えてもらう。それでどうでしょうか?」


「……あなた……?」


 瞬間、アシュの顔は歪み、ミラの顔はほころび、ライオールは悪戯っぽい微笑みを浮かべた。


「ええ。そこのミラさんとアシュさん。私の質問に答えてくれるだけでいい。もちろん、必ず2人とも答えろとは言いません。どちらか一方で構いませんよ」


 その提案に性悪魔法使いは思いきり嫌な顔をする。


「この執事は――「はいはーい! わかりました」


「き、君! なにを勝手に……僕が主人なんだから――「いいじゃないですか。質問くらい」


 あっけらかんと答えるノーテンキ美少女。


「くっ……まあ、いいだろう。言っておくが、この小娘が質問に答えたとして、君の望む答えになることはないとだけ言っておく」


「さあ、どうでしょうか?」


 ライオールは愉快そうにカクテルに口をつける。


「……まあ、いい。まずはヘーゼン先生の動向が聞きたいね」


「今、先生はラジステリア城にいらっしゃいます。現在、聖王ライーザ=バージストにご執心で」


「ふむ……聞かない名だね。どのような人物だい?」


「質問は1個ずつですよ。次は、僕です。二人の出会いは?」


「……禁忌の館でたまたま――「あのですね、これがびっくりで。私が昼に教会に行ってたら、野盗たちが出てきて、で、逃げてて。全力で走ってって夢中で走って気がついたら変な館があったんです。私、もう夢中で夢中で。で、誰かいないですかーっ、誰かいないですかーって誰かしら探したんですけど全然いなくて本ばっかで。こんちきしょ―ッて思ったんですけど、それでもなにかないかなって探し回ってたら、ある部屋にアシュさんがいたんです。で、鎖に繋がれてて最初凄く怪しくて胡散臭かったんですけど、話してみると、やっぱり胡散臭くて。凄く怪しかったんですけど、結局なんだかんだあって、鎖外したら野盗たちに金バラまいて女買えって。私は凄く最低だなって思ったんですけど、野盗たちも最低だったみたいで、アシュさんが悪口言ってたら急に怒りだして襲われたんで二人して一緒に逃げてたんですけど急に野盗たちが動かなくなったんで、よかったって。で、結局、二人でご飯作って――」








 それから、ミラの話は、一五分続いた。

 


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