残り
アシュが禁忌の館に戻ってきた。やっとアホ娘を追い出すことができ、ひとしきり満足感を抱えながら、書斎へと戻る。
「……さて」
再び執筆作業。先日書いた膨大な記憶を整理し、論文へとまとめる作業。地味な作業ではあるが、必要不可欠な仕事である。
・・・
二六時間が経過し、闇魔法使いは大きく伸びをした。おおむね終わり、学会へ送る用の資料もまとめた。
「腹が減ったな」
つぶやき、階段を降りて調理場へと向かう。アシュは執事を雇わないため、必然的に料理などは自身でこなす。掃除も、洗濯も煩わしい作業ではあるが、永劫の時間が与えられているので、特になにかを急ぐ必要はない。
保管庫を開けると、作り置きしていた料理がズラリ。
『お腹が減ったら、食べてください。ニンジン食べなきゃ駄目ですよ――ミラ』
「……」
アシュは、一時の躊躇もなく、料理に入ってる全てのニンジンを取り除いた。
そして、なにも言わずに料理を温める。
グツグツ。
「……ふぅ、そろそろか」
書を閉じて、温められた料理をお皿に盛りながら、対へ―ゼン=ハイムのことを考える。幽閉された8年間の半分あまりをそれに費やした。すでに、理論は完成し、それを構築する材料の入手手段も検討済みだ。
「しかし、それでも勝算は3割……まったく、恐ろしい恩師だな」
戦天使リプラリュラン。聖剣オリディクスを携え、一瞬にして敵を数千回切り裂く。その体躯は炎氷雷土を微塵にも通さず、鋼鉄より遥かに硬い。なにより恐ろしいのは、凝縮された聖光位体が弾け飛び、数千の敵を葬る『這う者への断罪』。それを一度躱したのは、さすがにアシュだけだろうが、連発できたのは全くの予想外。二度目に捕まり、身体はバラバラに弾け飛んだ。
「こちらも、今までにない高位の悪魔がいる」
先の戦いで召喚した悪魔は為す術もなく、戦天使に敗れた。より、強力な悪魔が必要不可欠だ。いや、それだけでなく、アシュとの相性がよく、戦術に応じて柔軟な対応ができるような悪魔が――
!?
「しょ……正気か、あの小娘」
料理に口を入れた途端、ほのかに出てくる隠し味。
すなわち、ニンジン。
「こ……これにも」
間違いなく、すべての料理にニンジンを隠し味に使っている。
恐ろしいほどの押し付け感。
思わず、今まで考えていた思考がぶっ飛んだ。
・・・
モグモグ。
「……しかし、異常だったな」
世界は、今も変わらず狂っていると、アシュは強く思う。
なんの変哲もない村の、なんの変哲もない家。そこに、母親らしい母親がいて、父親らしい父親がいる。恐らく、その息子たちも、息子らしい息子なのだろう。そんな家庭だった。
そんな家庭が、平気で娘を売り飛ばす。それが、異常でなくて、なんなのか。
恐らく、あの村の全員が普通で異常なのだろう。
唯一、ミラのみが、あっけらかんとした天然娘。よくぞあそこまでしっちゃかめっちゃかになったと思う。むしろ、どうやったら、あんな娘が育つのか。
「……いや、あのアホ娘には関係ないか」
たまに、そう言う人間がいる。どんな家庭環境で生まれても、己がなんら変わることなく……いや、変わることができないまま生きていかなければいけない人間。
それが、幸せかどうかは別の話だが。
「まあ……関係ないな……」
モグモグ。
「……まったく……どれだけ僕が大食漢だと思ってるんだ。こんなに食べられるわけがないだろうが」
保管庫には、まだまだ山ほどの料理がある。ほとんど、ミラが食べていたので、とてもじゃないが、完食などできない。
「食べ物を粗末にするなと言うなら、量ぐらい調節して欲しいものだね」
モグモグ。
「……」
当然だが、返事は帰ってこない。
モグモグ。
「……うーっ、ニンジンの味が口に残る」
なんとか完食して、食器類を流しへ持っていく。
・・・
「執事が必要かな……」
闇魔法使いは、ボソリと、つぶやいた。
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