第8話 思い出話

 なんとなく気が滅入って携帯をいじる。千佳の連絡先が目に入って電話をかけた。電話口でハッと声を飲んだのが微かに聞こえた。

「…もしもし。川島です。」

「川島さんって呼べばいいんだっけ?」

「ううん。電話、緊張しちゃって。」

 強ばっている声。だけど心なしか弾んでいる声。その声を聞くだけで心は爽やかな風が吹くように澄み切っていく。千佳が通した風がどろどろとした黒い醜い思いを吹き去ってくれるようだった。

「今度、会えないかな。」

「…うん。いいよ。」


 数日後、千佳とカフェで待ち合わせをした。何度かしたメールで千佳がケーキ好きだと判明して行こうと誘った。誘ったくせにケーキは全く分からなくて千佳にお任せだ。千佳が気になっている店で男でも入りやすそうな店を選んでくれたらしかった。

「久しぶりだね。」

「そうだな。あ、またこれやる?」

 テーブルに立てかけられたアンケート用紙。微笑んだ千佳が懐かしむように話した。

「小さい頃、紙ひこうきが来ると嬉しかったなぁ。」

「うん。俺も。」

 大抵は褒めてくれる言葉が書かれたものが飛んで来た。子どもの頃はまだ本物の紙ひこうきで。飛んでくる度に嬉々として紙ひこうきを開いていた。見上げればじいちゃんが笑っていて、その向こうに清々しい澄んだ空が広がっていて。

「紙ひこうきが嫌いなわけじゃないんだね。」

「子どもの頃の話だよ。」

 嫌いなわけじゃない。子どもの頃は大好きだったくらいだ。今は…好きでも嫌いでもない。が、一番しっくりくる。

「私も子どもの頃の方が好きだったなぁ。本物の紙ひこうきが飛んできて。不思議ですごく嬉しくて。」

 本物の紙ひこうきが届く不思議。褒められるような言葉が書かれている紙ひこうきを開く喜び。そしてそれを届けているじいちゃんへの憧れの気持ちも。それは今も色褪せない綺麗な思い出。

 紙ひこうき届け屋になれば紙ひこうきの不思議を知ることができると思っていた。そしてみんなに幸せを届けられるとも思っていた。それが父さんの代になり、郵便になった時はがっかりした。

「ずっと本物の紙ひこうきだったら良かったのにな。」

「俺も…。」

 本物の紙ひこうきから郵便に変わり、そして電子化の波も押し寄せる。そんな中で俺はみんなに幸せを届けられているのだろうか。

移り行く度に大切なモノを置き忘れていっているような気がする。

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