教国②

「人間への手出しは本来レオン様の許可が必要だが、こと教国に関しては私の裁量に任されている。メア、低レベルのアンデットを創れるな?」


 メアと呼ばれた金髪の少女は、眠そうに目を擦りながら半眼でコクンと頷いた。

 少女と言っても外見はサタンより更に若い。

 碧眼の周りにクマをつくり時折体がぐらりと揺れる。

 金髪の髪は目深に被ったフードで殆ど見えないが、顔の作りは決して悪くなかった。

 今にも眠りそうなメアを見てもサタンは咎めない。

 態度が悪いように見えるが全ては設定だ。こうあるべきと創られた者を後から変えることはできない。


「うむ。では城から南に十キロ行った場所に小さな村があるのは聞いているな?」


 またもやメアは一言も発することなくコクンと頷いた。

 もはや眠くて頭が落ちているのか頷いているのかすら分からない。それでもサタンはお構いなしに話を続ける。


「ではお前のアンデットに村を襲わせろ。ただし最初は負けることを前提とする」


 メアはコクンと頷くが意を唱える者がいた。

 背中に生えた巨大な蝙蝠の羽が一度だけバサリと動くと、胸を強調した黒いビキニ姿の美女が不満げに口を膨らませた。

 跪いていることもあり、黒い艶やかな髪は床に張り付くように広がっている。

 頭から突き出た角は捻れ曲がり、妖艶な美女は角の根元を指先でカリカリと掻いた。


「ん~、ねぇサタン様~、私は馬鹿だから全然分かんないんだけど? 何で人間なんかに負ける必要があるの? 皆殺しにすればいいのに~」


 サタンの真紅の瞳がギョロリと睨んだ。


「リリスか、馬鹿は黙っていろ」

「え~、そんなこと言わないで教えてくださいよ~。後で任務に支障が出たらサタン様のせいですよ~」


 豊かな胸を弾ませ反論するリリスにサタンは「ちっ」と舌打ちをした。

 反論されたことよりも豊満な胸を妬んでのことだ。

 サキュバスという種族を鑑みれば胸を大きく創られたのも分かるが、サタンは自分の胸と見比べて不愉快になる。

 リリスの胸に比べたらサタンの胸は絶壁と同じだ。

 しかしリリスの言うことは一理ある。

 嫉妬で任務に支障をきたしては元も子もない。

 

「近隣の村や街にアンデッドが現れたことを知らせるためだ。初めから村人を全員殺して誰が知らせに行くというのだ。この馬鹿が! それでは教国の軍隊を誘き出せないだろうが! わざわざ北の辺境に城を構えた意味を考えろ。少しでも遠くに軍隊を誘き寄せるために決まっているだろ」

「あ~、なるほどね~」


 サタンは語気を強めるが、リリスは馬鹿と言われても飄々としていた。

 美しいと創られた従者が、美しいと言われて当然と思うのと同じこと。馬鹿として創られたのだから、馬鹿なのが当たり前なのだ。

 当然のことを言われて不快に思うはずがない。

 馬鹿の面倒は御免とばかりに、サタンはメアに視線を戻して話の続きを始めた。


「馬鹿のせいで話が逸れた。メア、お前は村を襲う度にアンデットのレベルを徐々に上げろ。もし村人を殺せるレベルに達しても若い女は殺すな。女はレオン様の玩具おもちゃとして献上することにした。全てを一任されている今でなければ、人間を捕縛できる機会はないからな」


 メアは何も考えずコクンと頷いた。

 レオンが拠点を出た日の出来事は従者の間では有名な話だ。

 拷問を受けた少女をレオンが物欲しそうに見ていたと――。

 もっとも、それは同行していたフュンフの勘違いであるが、ナンバーズの一人である彼女の言葉を疑う者はこの場にいない。


「少々お待ちをサタン様、レオン様が拷問用の玩具おもちゃを欲しているのは広く知られておりますが、簡単に壊れるような玩具おもちゃでは失礼に当たるのではないでしょうか? どんなに数を揃えても、全てが粗悪品であればレオン様は気分を害すると思われます」


 ボサボサの赤黒い髪をした赤眼の男は、下がった丸眼鏡を指でクイッと上げた。

 細い体に身に着けている白衣は所々が血で赤く染まっているが、サタンはそのことに関して問う気はない。それは取得している職業と設定に起因するからだ。


「拷問官のグライトか、確かにお前の言う通りだな。では捕縛した女はお前が耐久テストをしろ。レオン様に粗悪品を渡すことがないようにな」

「畏まりました。私にお任せください」


 グライトが了承すると、サタンは椅子の背もたれに背中を預けて腕を組んだ。

 今できることはそう多くない。任務を成功させるためにも、先ずは相手の出方を覗い慎重に事を進めることが肝心だ。


「私からは以上だ。他に質問や意見のある者はいるか?」


 リリスが手を挙げようとしているのを見て、サタンはそれより早く声を上げた。


「では解散だ! メア以外は速やかに自室で待機せよ!」


 正確には話している途中で手は挙がっていたが無視だ。

 明らかに自分の質問を遮ったことに、リリスは「ぶー」と頬を膨らませるが、周りが立ち上がると同じように玉座の間を後にした。

 立ち去り際に質問できるところを質問しないということは、リリスの質問とは所詮その程度のことなのだ。

 残されたサタンは天井を見上げて頬が緩む。

 美化されたレオンの絵画が自分を見ているようで体中が熱を帯びていた。サタンは甘い吐息を漏らしながら愛しいレオンに思いを馳せる。

 自分の覚えを良くするためにも、献上品は喜んで貰えるだろうかと――。



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