Sランク冒険者㉘

 緊張感が漂う中、二人は盾を構えながらジリジリと間合いを詰め、互いの出方を覗っていた。二人は速度よりも力を重視するタイプ。使用している武器が木剣とは言え、気を抜いたら最初の一撃が致命傷にもなりかねない。

 ベティよりもルークの間合いが僅かに長いのだろう。最初に木剣を振り上げたのはルークであった。上段からベティ目掛けて勢いよく木剣を振り下ろす。

 ベティが盾で攻撃を受け止めると、ガン!と、大きな音が訓練場に響き渡った。更に間合いを詰めて今度はベティが木剣を突くが、今度はルークの盾がそれを阻止する。互いに様子を見ながら打ち合うが、どちらも攻撃より防御に重きを置いているため、その攻撃は中々通りそうにない。

 防がれるのを分かっているせいか、ベティの攻撃にも本来の勢いは見られず、相手を倒すためと言うよりは、隙を作るために攻撃をしているように見えた。

 それはルークも同じなのだろう。どっしりとした構えで防御を優先しているため、その攻撃には体重が乗っておらず、ベティの盾の前にルークの木剣は難無く弾かれていた。

 尤も、二人だからこそ簡単に攻撃を防いでいるだけであり、この様子見の攻撃でさえも、常人であれば盾ごと吹き飛ばされていておかしくはない。それを知ってか、一部の兵士が固唾を飲みながら、二人の戦いを食い入るように見つめていた。

 何とも玄人受けする――地味な――戦いであるが、一部の兵士には好評らしい。

 長期戦の様相を呈しているのは二人の力が拮抗しているからに他ならない。こうなると後は互いのスキルがものを言うのだが――


「ミハイル、ベティはスキルを使えたはずだ。なぜ使わんのだ?私の見る限り二人の力は拮抗している。このままでは何時まで経っても決着はつかないぞ?」


 レオンの言うことは最もであるが、ベティにも簡単にスキルを使えない事情があった。それはスキルを使用した時に生じる僅かな隙である。取り分けベティの使用するスキルは隙が大きい。特に不動金剛盾は巨大な魔物の突進をも止めることができるが、スキルの使用中は身動きがとれなくなる。他のスキルも似通ったものが多く、とても対人戦に向いているとは言えない。

 それを知るミハイルは、ベティが簡単にスキルを使用できないことを知っていた。


「スキルによっては使用前に隙が出来たり、使用後に動けなくなります。それに見る限り、ベティの使える攻撃スキルで、ルークさんの防御を突破するのは難しいでしょう。それに、彼女の扱うスキルの多くは防御スキルですから……」


(スキルの発動時間と硬直時間か?確かにあれだけの至近距離では下手に隙を見せるのは命取りかもしれない。だが……)


「ベティが有効なスキルを持っていないのは分かった。だがルークもスキルを使う気配がないのは何故だ。ベティと同じく有効なスキルを持っていないのか?」

「それは何とも言えませんね。ルークさんがどのようなスキルを使うのか分かりませんから……。様子をみているだけかもしれませんし、敢えて最後までスキルを使わず戦うのかもしれません」

「なるほどな。腕を磨くという意味では、力の拮抗した相手と戦うのはよい訓練になるだろう。そういう意味ではスキルを使わない手もあるか……」

「そうですね。これはあくまで戦闘訓練、必ずしも相手に勝つ必要はありませんから……」


 口ではそう告げるミハイルであるが、決して仲間の負ける姿が見たいわけではない。寧ろベティには勝って欲しいと願っていた。相手はSランクパーティーの一人、模擬戦とは言え勝つことができたら、それはベティの自信にも繋がるからだ。

 真剣な面持ちで二人の戦いを見つめるミハイルを尻目に、レオンは怪訝そうに訓練場を見渡していた。


(ベティとルークの模擬戦が長引くのはいいんだが……。それよりも何だこの兵士の数は?こいつらどっから湧いて出た?)


 レオンの視線の先にいるのは夥しい数の兵士たち。何時の間にか兵士の数は倍以上に膨れ上がり、そこには女性の姿もちらほら見える。しかも女性の多くは模擬戦を見ている様子もない。その熱い眼差しは何故かミハイルに向けられていた。

 レオンは釈然としない様子で隣のミハイルに視線を移す。ミハイルは模擬戦に夢中で女性の視線に気付いた様子はない。それが唯一の救いではあるが、レオンはこの状況を嘆かずにはいられなかった。


(女性のお目当てはミハイルか……。確かにミハイルは可愛いというか、女性受けしそうな顔をしているが……。あまりにモテすぎだろ?女を三人も囲っておいて他の女も篭絡するなよ!お前どんだけモテるんだよ!変なフェロモンでも出してるんじゃないだろうな?)


 レオンはもう一度訓練場を見渡した。ミハイルを見つめる女性の多くは十代にしか見えない。この世界では十代の結婚は当たり前、二十代では未婚の方が珍しい。恐らくミハイルへの憧れというよりも、結婚を希望している女性たちなのかもしれない。

 レオンは心の中で、「リア充爆発しろ!」と、念仏のように繰り返し唱えながら女性たちを見渡した。すると見覚えのある人物と偶然にも視線が合う。それは――


(げっ!あれはケネス、あいつも来ていたのか……。よりにもよって一番会いたくない奴に合うとは……)


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