Sランク冒険者㉙
ケネスに詮索されることを覚悟するレオンであったが、意外にもケネスはレオンに声を掛けることなく訓練場を離れていった。どういう風の吹き回しか知らないが、詮索するつもりがないのなら、それはそれで好都合である。
レオンは胸を撫で下ろして模擬戦の様子を覗う。
やはりというべきか、そこには代わり映えしない攻防が繰り返されていた。
クライツェルは兵士の一撃を交わしての反撃、ベティとルークは互いに牽制をしながら相手の隙を覗っている。
こうなると、やることのない魔術師は退屈で仕方ない。ミハイルは真剣に模擬戦を見ているが、ヴェゼルやウィズは退屈そうに
やることのないレオンは壁に凭れ掛かり、ぼんやりと模擬戦を眺めることにした。激しく木剣がぶつかり合う音が、次第に子守唄のように思えてくる。睡眠不要のアイテムを装備していなければ、眠っていてもおかしくないだろう。
現に先程まで欠伸を繰り返していたウィズは、今は膝を抱えて蹲り、ピクリとも動こうとしない。完全に睡眠モードに入っている。
(こういう時に寝られるのは羨ましいな。俺もアイテムを外して睡眠耐性のスキルをオフにすれば寝られるが――今日のところはやめておくか。地面に座って寝るのはみっともないし、何よりフィーアの主として恥ずかしくない振舞いをしないといけないからな)
レオンは横目でウィズの寝入る姿を羨ましそうに眺めると、肩を落として退屈な模擬戦を再び眺め始めた。とは言え、やはり退屈なのは否めない。
模擬戦を観戦している女性を観察するか?そんな馬鹿なことを考えるのに然程時間は要さなかった。
尤も、女性の多くは模擬戦そっちのけでミハイルに夢中である。そのためレオンはミハイルの側から離れることを忘れない。そうしないと女性たちと直ぐに視線が合ってしまうからだ。
レオンはそれと気付かれないように何気ない素振りで周囲を見渡す。やはり女性の多くは若い女性だ。体が細いため前線で戦う兵士というよりは事務方なのかもしれない。
若いということもあるのだろう。綺麗と言うよりは、可愛らしいという表現の方がしっくりとくる。
(こうして見ると、この世界の人間は男女問わず美形が多いな。思い返せばギルドの受付嬢も綺麗な女性ばかりだ。ニナやエミーは勿論だが、その他の受付嬢も外見のレベルは相当高い。この世界で女性にモテたら、それだけで人生勝ち組なんじゃないか?どうしたらミハイルみたいにモテるようになるんだろうか……)
レオンが阿呆なことを考えながら女性を見渡していると、一人の女性と視線が合う。この世界ではよく見かける金髪碧眼の何処にでもいる女性だ。
他の女性とは少し違い、体つきはしっかりとしていて背も高い。剣を携えていることから、現場で働く兵士なのだろう。髪も短めに切り揃えて、激しく動いても邪魔にならないようにしている。美しい女性ではあるが、その体からは力強さが感じられた。
女性はニコッと笑みを向けるとレオンの下へと歩み寄る。その笑顔から敵意は感じられないが、レオンは妙な違和感を覚えていた。
女性はレオンの前で立ち止まると――
「失礼ですが、貴方はレオンさんですよね?」
「……如何にも。私はレオン・ガーデンだが」
「初めまして、私はシャイン・フォン・アスタリーテ。気軽にシャインとお呼び下さい。獣人を殲滅させた王国の英雄にお会いできるなんて光栄です」
「英雄?獣人を殲滅させたのはサラマンダーだ。私自身は何処にでもいる一介の冒険者に過ぎない」
「そのサラマンダーを従えているのですから、獣人を殲滅させたのはレオンさんも当然です。過度な謙遜は嫌味になりますよ」
「……で?私に何のようだ。挨拶をするためだけに来たわけではあるまい」
「王国の英雄と一手お手合せ願いたく参りました」
笑顔でそう告げるシャインにレオンは溜息を漏らす。
レオンにその気は更々ない。こういった模擬戦は一般的な魔術師には不要である。普通は剣の腕を磨く暇があったら魔法の腕を磨くからだ。
それに付け焼刃の剣技を覚えたところで、杖では同じことをするのも難しいだろう。剣も同時に携える魔術師もいるが、それは魔法の腕が未熟な魔術師のみ。一般的な魔術師から見たら、携えた剣は動きを阻害する
「悪いが私は剣を使えない。他を当たってくれ」
「ではレオンさんは剣を持っているだけで構いません。私はその剣に打ち込むだけ、これなら誰も怪我をすることもありません。安全に手合わせができます」
「それなら私でなくともよいのではないか?なぜ私がそのようなことをしなければならないのだ」
「憧れの英雄と剣を交えることに意味があるのですよ」
屈託のない笑みでそう告げられてはレオンも断りきれなかった。
何よりシャインには引き下がる気がないように見える。それなら適当に剣を受け、早く終わらせた方が賢明である。
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