Sランク冒険者㉖
訓練場の中に入ると、そこは蒸し風呂のような熱気に満ちていた。
暖房の効いた広い空間では、大勢の兵士が木剣を手に取り打ち合いをしている。寒さ対策で部屋を締め切っているせいか、汗の
レオンが視線を落とすと下は剥き出しの土になっている。土が柔らかいせいか、僅かではあるが弾力が感じられた。見上げた天井は高く作られており、長い槍で突こうにも、届かない程だ。
(床を敢えて土にしているのは、倒れた際に衝撃を緩和するためか。それにこれだけ天井が高ければ、槍のような長い武器でも問題なく模擬戦ができるな。それなりに考えられているということか……)
レオンが足を止めて訓練場を見渡している間に、クライツェルたちは先に進んで武器を手に取っていた。訓練場の一角には、木で作られた様々な武器が置かれており、みな思い思いの武器で素振りをしている。
後からやってきたレオンに、クライツェルが笑みを浮かべて木剣を投げ渡す。
「どうだレオン。俺と一勝負しないか?」
「馬鹿を言うな。私は魔術師だぞ?それとも魔法を使ってもよいのか?」
「流石に屋内での魔法は駄目だろ……。外には魔法の練習場もあるんだが、この強風だから使用はできないだろうな」
「では私は見学をさせてもらう。お前たちの模擬戦を見ているだけでも、戦いの参考になるだろうからな」
クライツェルは一度フィーアに視線を移して様子を覗う。フィーアは口元をハンカチで覆い、不快そうに眉間に皺を寄せていた。恐らく訓練場に充満する汗の臭いが気になるのだろう。フィーアの機嫌は見るからに悪い。
クライツェルは声を掛けるべきか迷うが、やはりフィーアの実力は気になるところだ。
「それならお前の嫁さんと模擬戦をさせてくれないか?ケリーの背後を取れたんだ。魔法以外でも戦えるんだろ?」
「何を言っている、あんなものは偶然だ。偶々背後を取れたに過ぎない。抑、魔術師相手に剣で戦えと言うのは無理があるだろ?それとも自分で何を言っているのか分からないのか?」
「お前の言葉は最もなんだが――その様子だと何を言っても無駄のようだな。仕方ない、諦めるか……」
肩を落として遠ざかるクライツェルに、レオンは胸を撫で下ろす。
(何を言い出すかと思ったら、まさかフィーアと模擬戦がしたいとは……。フィーアが上手く負けてくれたらいいんだが、そういう芝居はフィーアには敷居が高そうなんだよなぁ……)
フィーアとの模擬戦を断られたクライツェルは、マントと防寒着を脱ぎ捨て身軽になると、訓練場の中央へと歩み出た。
それに気付いた兵士たちが次々と壁際に寄って行き、遂にはクライツェルだけが部屋の中央で佇む形となっている。これは何時ものことなのか、クライツェルは気にした様子もない。
そして、その場で対戦相手を求めるように声を張り上げた。
「俺と模擬戦をしたい奴は前にでろ!Sランクの冒険者と戦える機会は滅多にないぞ!」
その言葉に数人の兵士がクライツェルの前に歩み出ると――
「順番に掛かってこい!どうやったら上手く戦えるのか、他の奴らもよく見ていろ!」
一人の兵士が一歩前に出て身構えた。
手に持っているのは木で出来た刃先の丸まった槍。殺傷能力はないが、打ちどころが悪ければ大怪我も十分に有り得る。
二人は武器が届かない間合いから互いの出方を覗っていた。尤も、クライツェルはいつでも踏み込めたが、それでは簡単に模擬戦は終わり訓練にはならない。
暫しの沈黙が流れ、クライツェルが瞬きをした次の瞬間!兵士は土を蹴って勢いよく踏み込む。その踏み込みは一介の兵士とは思えないほどの鋭さがあり、同時に槍の穂先がクライツェルの体を捉える。
だが、クライツェルは僅かな足捌きだけで槍の切っ先を難無く交わしていた。その動きを目で追えた者が果たしてこの場に何人いただろうか。
兵士も全体重を乗せた一撃に全てを懸けていたのだろう。二の手を出すことはできず、その喉元にはクライツェルの木剣が突き付けられていた。
周囲から一斉に歓声が上がる中、レオンはクライツェルの動きを高く評価する。
「スキルを使った様子はない。それであの動きは中々速いな……」
「そうでしょうか?あの程度でしたら、本気を出さずとも私でも可能ですが?」
「あくまでも、この世界の人間にしてはだ。我々と比べるのは余りにも可哀想ではないか」
「確かに……」
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