侵攻㉕

(危なかったなぁ……。まさか俺の声を覚えているとは。ケネスの記憶力は侮れないな)


 レオンは従者と合流すると、サラマンダーに跨り移動しながら、ケネスとのやり取りを思い出していた。

 確かにケネスの記憶力は驚異的である。顔を覚えるならまだしも、声を覚えていたのだから――

 これが昔からの親友や家族であれば納得もするが、相手は数回しか会ったことのない冒険者だ。レオンが驚くのも無理はない。

 では何故、レオンの声を覚えていたのか?それはケネスの仕事柄とも言えた。

 ケネスは副隊長という立場上、口頭での報告も数多く受ける。多くの部下を覚えるのも仕事の一つ、自然と顔や声を覚えてしまうのはケネスの特技とも言えた。

 レオンの偉そうな口調は、さぞ覚えやすかったに違いない。特にレオンには魔導砲を勝手に撃つなど散々な目に合わされている。

 ケネスにとって、レオンは忘れようにも忘れられない存在であった。

 覚えていたのは必然と言えよう……


 いまレオンが目指している場所は残り二人の王がいる主要都市。

 尤も、街の名前も場所も分からない。今になってドンから聞いていればと後悔するも、後の祭りである。

 仕方ないため、レオンらは隠密に探らせながら国の中心を目指していた。ドンとの約束もあり不用意に砦や街には立ち寄れない。

 何故なら――


「どうだツヴァイ、少しは落ち着いたか?」


 レオンがツヴァイに尋ねると、ツヴァイはムスっとしながらレオンに答える。


「あの通りすがりの獣人はレオン様に殺気を向けておりました。何故お許しになられたのですか?魔法の使用さえ許可していただければ、私が雷神の鉄槌トールハンマーで跡形もなく消してご覧に入れましたものを」


(相手は遥か格下、しかも一人だぞ?流石に雷神の鉄槌トールハンマーはやり過ぎだろ?まぁ、そんな風にツヴァイを創ったのは俺だけどさ……。俺が殺気を向けられただけでこれだからな、街に入ったらどうなるんだろ……)


「ツヴァイよ、私はドンに約束をしたのだ。これ以上、獣人の命を奪わないとな。お前も聞いていたはずだ」

「恐れながらレオン様、それはレオン様に従うという条件付きでございます。殺気を向けるような愚か者は生かす価値がございません。もっと言わせていただければ、レオン様がお約束なされた時、あの熊は既に亡くなっておりました。約束は無効でございます」


(いや、確かにそうかもしれないけどね。色々あるだろ?死ぬ間際に寛大な配慮をと頼まれたんだし、心情的に最後の願いを叶えてあげたいなぁとかさ……)


「これは私の気持ちの問題だ。ドンの言う通り、残り二人の王が私に従うのなら、獣人とこれ以上争う必要はない」

「レオン様がそのように仰るのでしたら――」


 理性では納得して頷いているが、心情的にはレオンに殺気を向ける者は許せないのだろう。ツヴァイのピンク色のツインテールがへにゃんとしおれていた。

 元気のないツインテールを見てレオンは苦笑する。


(流石はミラクル魔法少女。ツインテールに意思が宿っているかのようだ)


 流石に半月も一緒に行動していると機嫌の直し方も分かってくる。

 レオンが目の前にあるツヴァイの頭をポンポン叩くと、その都度ツインテールの張りが綺麗な曲線を描いていった。

 レオンの理解が及ばない不思議現象で、ツヴァイの機嫌がすこぶる良くなるのが見て取れる。

 ツヴァイのツインテールで分かっていることは、ツインテールの垂れ方で機嫌の善し悪しが分かること。頭をポンポンすると機嫌がよくなること。この二つだけである。 

 それは不思議現象としか言い様がない。

 レオンも解明するのは既に諦めている。解明しようにも、レオンの乏しい頭では調べようがないのだから……

 レオンはピンと張りのあるツインテールを見て安堵すると、振り返り背後のヒュンフに視線を移した。


「ヒュンフ、隠密からの情報はどうなっている?」

「このまま進むと街がございますが、どうやら其処に獣人の王はいないようです」

「そうか、ではその街は迂回して次の街に向かう。隠密にもそう伝えろ」

「畏まりました」


 簡単に見つかるとは思っていなかったが、やはり居ないと分かると気落ちする。

 レオンはヒュンフの声を聞きながら溜息を漏らす。


(やはり直ぐには見つからないか……。まぁ、隠密に任せておけば、その内お目当ての王も見つけてくれるだろ)


 

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