侵攻⑯

 そのままレオンの喉に当たると思われた瞬間――槍はピタリと動きを止めた。

 ツヴァイは頭上に手を上げ槍を受け止めると、血走った瞳で獣人を睨みつける。


「熊ごときがレオン様に刃を向けるとは――殺す!」


 ツヴァイの怒りの声を聞いて、レオンも槍を投げた獣人に視線を移す。

 それはノワールから聞いた熊族の王と特徴が一致していた。

 他の熊族よりも一回り大きい体躯、そして遠目に見ても見事な鎧、何より大きな特徴として、左目に縦に切り傷が入っている。


「よせ!あれは恐らくノワールの言っていた熊族の王だ。殺すな!」

「……では、致命傷とならなければ問題ございませんか?」


 ツヴァイは振り向きもせず、槍を投げた熊族を見据えたままレオンに話し掛けた。

 その声は低く重い、不機嫌な様子が伝わってくる。


(ミラクル魔法少女がお怒りだ。このまま魔法を使わせたら碌な事にならないだろうな……。ミラクルなことしそうだし……)


「構わんが強力な魔法を使うことは許さん。そうだな、魔法の矢マジックアローの使用は許可しよう」

「ありがとうございます。ですが魔法を使うまでもありません」


 レオンにそう告げると、ツヴァイは持っている槍を上空に放り投げて半回転させた。

 落下してくる槍の端を持ち、手首を曲げて、指先で槍を押し出すように投げ返した。

 だが、軽く投げたように見える手の動きは常軌を逸している。

 常人の目では追えない速度で手首が動き、槍はドンが投げるより更に速い速度で空を切っていた。


 暗闇の中から突如現れた槍にドンは反応することができない。

 回避も防御も間に合わず、槍は分厚い鎧に突き刺さる。

 金属が当たる甲高い音と、槍が破裂する炸裂音が鳴り響き、同時にドンの体は後ろに吹き飛ばされていた。

 その衝撃で後ろに控えていた熊族の兵士が城壁の上から弾き飛ばされる。

 兵士が緩衝材となったことでドンが落下することはなかったが、それでもあれほどの衝撃を受けて無事なはずがない。

 配下が直ぐに駆け寄るも、ドンは仰向けに倒れ身動き一つしなかった。苦悶の表情で瞳を見開き、白目を剥いて完全に気を失っていた。

 身に纏う分厚い鎧は、ひしゃげてはいるが穴は空いていない。

 投擲用の槍は飛距離を伸ばすために軽く作られていたからだ。強度も通常の槍より遥かに劣るため、それが幸いしたのだろう。もし、これが通常の槍であったなら、恐らくドンの体は貫かれ、絶命していたはずである。

 近くにいた配下が胸を撫で下ろすも、砦の中は大いに混乱していた。突如落下してきた熊族の死体に、どの種族も大騒ぎである。

 指揮をするドンも気を失い、もはや収拾がつかなくなっていた。

 抑、二万もの獣人を一つの砦に押し込めること自体無理があったのだ。

 砦内は足の踏み場もないほど獣人で溢れ返り、移動するだけでも容易ではないのだから。

 今まではドンがいたから、みな不平不満を言わず従っていたが、それがいま崩れさろうとしていた。

 ドンが倒れたことは波紋のように口々に広がり、その怒りの矛先は当然レオンらに向けられた。

 窮屈な場所に長時間押し込められていた事もあり、一部の獣人が勢いのまま砦から飛び出すと、堰を切るように、他の獣人も次々と後に続いて砦を飛び出していった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る