侵攻⑬
部屋の残る二人の王にもやることはある。
最悪の事態に備えての準備は必要不可欠だ。何千何万の首を差し出しても許されるとは限らない。種が途絶えるという最悪の結末を回避するためにも、少しでも多くの同胞を逃がしておきたいのが二人の本音であった。
「ガルム、北に辛うじて原型を留めている砦がある。そこにできるだけ多くの同胞を逃がしたい。敵も一度襲った砦には直ぐには行かないだろうからな。もし人間たちが我らを許してくれるなら、後日それを伝えて街に戻そうと思う」
「なるほど。連絡兵が来ない時は我らは皆殺し、若しくは全員奴隷として捕縛されているという事か……」
「その通りだ。一週間経っても連絡兵が来ない場合は国を離れてもらう。尤も、周りは全て敵国、逃げられる場所は北の山脈しかないがな」
ヴァンがいう北の山脈とは、標高が高く、山頂付近には万年雪を頂く険しい山だ。
しかも今の時期は山頂で雪が降り始める頃。獣人はある程度寒さに耐性があるが、それでも雪山を越えるのは命がけになる。寒さ以外にも滑りやすい足場と急な斜面が行く手を阻むからだ。
そのためガルムも険しい表情を見せる。
「あの山脈は標高も高く越えるのは難しい。逃げるのも命懸けだ。ドンには是が非でも勝ってもらわないとな」
「勝てると思うか?」
「……難しいだろう。敵の侵攻速度は異常だ。抑、砦を吹き飛ばすような兵器を上空から使われたら為す術がない」
ガルムも勝って欲しいとは思う。
だが現状はそんなに甘くない。ドンが何を考えているかは分からないが、勝つのは至難の業だ。例え上空の敵に運良く攻撃が届いたとしても、最初の一撃で仕留めなければ、更に上空へと逃げられてしまう。
ガルムの言葉を聞いて、ヴァンは言葉少なめに頷き返した。
「だな……。俺たちは最悪の結末に備えて、やるべき事をやるだけだ」
「ああ、それでさっきの話だが……。ヴァン、襲われた砦の中で雨露を凌げ、身を隠せる砦はまだ残っているか?」
「それなら殆どの砦が大丈夫だ。尤も、どの砦も半壊状態で酷い有様らしいがな」
それを聞いたガルムは、ほっと胸を撫で下ろした。
一つの砦に纏めて逃がしても利点は少ない。見つかった時には一網打尽にされるため、それでは逃がした意味がなくなってしまう。
ガルムはそうならないためにも複数の砦に分散した方が良いと考えていた。
「なら幾つかの砦に分けて広い範囲で逃がそう。北の山脈から離れることになるが、その方が見つかった時の被害を分散できる」
ヴァンは腕組みをしながら暫しの時間考え込む。この判断で逃す同胞たちの命運も大きく変わってくる。そう簡単に答えを出すことはできなかった。
(確かにそれなら見つかった場合の被害は分散できるだろう。だが山脈に入るまでに時間が掛かり過ぎる。いっそ初めから山脈に向かわせるか?だが、それでは人間に許してもらった場合どうする?もう逃げ延びた同胞に追いつくことはできない。否応がなしに危険な山越えをせざる得なくなる。それだけでも凡そ半数以上は命を落とすはずだ。それなら早々に山脈に足を踏み入れるのは危険か……。ガルムの言っていることは正しいのかもしれないが……)
ヴァンは考え
例え逃げ延びたとしても、山を越える時点でどうしても死者は出るのだから……
「分かった。逃がす人数や内訳はどうする?」
「其々の部族から有望な男女を合わせて二千、全部族で六千が限界だろう」
「まぁ、そんなものか。数が多くなり過ぎても見つかりやすくなるからな」
「時間もあまりない。行動に移ろう」
「分かった」
二人は同時に椅子から立ち上がった。
やるべきことは決まった。先ずはこのことをドンにも伝え、そして自分たちの部族の下へ戻り、降伏することを告げなければならない。
獣人は好戦的な種族だ。誰もが死ぬまで戦うと言い出すだろう。だが今回の相手は戦いにすらならない。
勝てる見込みがない相手と刃を交えても意味がない。
今は敗北を喫しても構わなかった。
王には何よりも優先すべきことがある。
それは種を絶やさないこと。
部族の遠い未来の繁栄を願い、同胞の子孫が仇を討ってくれることを信じて――
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