第四章(総決算長編) 魔王ヴィングラウドの混沌的人間界リアルおでかけツアー
4−01/魔王様、人間界に立つ!
【1】
ここは、平和な人間界。
大陸間の移動に大掛かりな旅程が必要だった時代も今は昔、各地に設置された魔法陣同士が術式で結ばれ、ストレスの少ない、料金も安い、安全で安価な旅がもたらされた。
自由な交流、自由な想像――恐ろしき魔族のいない世界は、今日もまだ、まだまだまだまだ、更なる進歩と多様性への扉を開き続けている。
「こんにちは、御客人。ようこそいらっしゃいました、世界で最も魔導の発達した大陸、ディパメナイアへ!」
その一端をご覧あれ。
門を越えてきた客人の対応をするのは職員ホムンクルスの女性体、「では失礼して」と両手で額に手を添え、受付のカウンターから身を乗り出す。
瞳に浮かぶ
「はーい、動かないでくださいねー……。すぐに済んじゃいますからねー……。みょんみょんみょーん……みょんみょんみょみょーん…………」
ディパメナイアに於ける転移港職員ホムンクルスの客人対応インターフェイスは、【
年齢・性別・職業・種族、外見的特徴から判断出来る性格等に基いて、口調や表情、応対が『その相手が最も好ましく感じるであろう』と思われるものに変わるのだ。
……つまり、今の相手はこうした【非成人・少女・人間・転移港での手続きに不慣れなので、安心感を与える柔らかな態度】が最適だと、職員ホムンクルスに判断された。
たとえばあちらでは、同じ便で転移してきた男性はこうした態度とは打って変わって、男性型ホムンクルスに『ようこそジェントル。では、検査を行わせて頂きますので、朝のカフェでくつろいでいる時間と同じ気分でお待ちください』と、恭しく差し出されたコーヒーを飲んでいる。
なお、こっちの彼女に渡されたのは甘い蜜を溶かしたぬるめのミルクで、こうした判別はまさに大正解で、若干緊張気味の表情を浮かべていた少女は、傍目に見てわかるほどにほぐれていた。
「みょんみょみょみょみょみょ…………はい、お待たせいたしました! オッケーですセーフです、問題一切ございません! 入陸審査、これにて完了なのです!」
近年、大陸間転移で、入陸審査時のトラブルなどそうそうは起こらない。過去の船旅や空旅であった時代ならいざ知らず、魔法転移は交通手段としてとても身近なものであって、誰もが日常的に使い、慣れている。
なのに、今回のその客は、まるでこれが初めての体験であったように、大袈裟にこれまた、わかりやすく安堵の仕草を行った。
――不審、と、いうよりかは、初々しさが先に立つのは、基本プログラムが設計されているるホムンクルスであっても肌で理解出来てしまう、【毒気の無さ】が故。
なんというか。
こう、小動物のように、やたら庇護欲をくすぐられるかんじ。
「では最後に、今回あなたがディパメナイアに訪れた理由を、聴かせていただけますか?」
そうして、形式上な“締め”の段取り。
正直、多少変わったところがあっても、奇抜でも、突飛でも、余程明確にアレソレに触れなければゆるゆるっとスルーされるそんな質問に、
「うむ!」
少女は頷き、意気込んで胸を張り、
「無論! この背徳と退廃に染まり切った堕落の園たる人間界を、魔の理の元にまるっと征服する為であるッ!!!!」
この瞬間。一秒に満たないわずかな間、転移港職員ホムンクルスは【対テロリスト用交戦鎮圧魔導形態】に移行すべきかを自身の思考ルーチンに問い合わせ、
①、相手が“ちょろん”とした、何の変哲もない(人間基準で言うならば相当に美しい、金色の髪と赤い瞳)の少女であることと、
②、先程の七重円検査では魔導・工学・自然物、身体特徴から把握し得る内蔵魔力に至るまで、あらゆる面での危険武装が検知されなかったことを照らし合わせて、
「そうなんだ! すごいね!」
“真面目に言った子供の戯れ”と判断した。
「がんばれがんばれ、おねえさんも応援してるぞー! 魔の理っていうことは、うん、目指せ未来の魔王様、だね!」
「くっはははははは、その意気や良し! わかっておるではないか創られし命の者よ、褒美だ、この土地は征服後、篤き情を持って統治すると約束しようぞ! しかしひとつ誤りがあるな、この身、余の魂は既に、魔の王が座に付いておる!」
くるしうない! と叫ぶ少女が、一緒に転移してきた人のよさそうな男性――おそらく兄か何か、
――改めて。職員ホムンクルスの女性は、今しがた魔法走査された、あの少女の詳細を確認する。
視覚の中に現れる
【 クララ・ウィンウッド/13歳/女性/人間種/出発元転移港:共生大陸ヨズ・ヤーロォ、ヒノモト港 】
【 レベル:2 ジョブ:こども ちから/8 まもり/2 すばやさ/4 かしこさ/5 まりょく/0 】
【 なまいき/9 むがいさ/99 ポパン/9 しょじスキル/あいされキッズ しょゆうまほう/なし 】
過ぎていった背、遠ざかった姿を追うように見て、
「自分を魔族だと思い込む、あの年頃の習性……チューニビョー、だっけ。やっぱ、人間って、やべぇわ」
『今期一番のが来たな』と、人間ウォッチが密かに趣味な女性職員ホムンクルスは、仕事へのやりがいと感激と畏怖の混ざった表情で冷や汗を拭った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます