第三章 魔王とはこれ積み上げるものなれば

3−01/魔王様、迷走す



 その日、666代魔王ヴィングラウドは、驚くべきSNSの声を目にした。



【@666vin 最近のヴィンさんちゃんなんかおかしい  一般熾天使@天界より愛をこめて】

【@666vin なんだ……風が止んだじゃねえか……  ひとつぶで風速300Mワイバーン】

【@666vin 見なさい息子よ あれが牙を抜かれたワーウルフだよ  愛狩人ポンおじ】



 毎度お馴染み、幻夢魔城ガランアギトが玉座の間にて、スクリーンを見上げる魔王の端正な顔が、みるみるうちに、こう、くしゃっとなっていく。


「……ズモカッタよ。我が右腕、幻惑の道化、百妖元帥、百代の魔王に仕えし四天王の中の四天王よ」

「はっ。我が偉大なる主、金紗の髪、黒血の瞳、選ばれし血族の高貴なる力を持つ記念すべき666代メモリアル魔王、ヴィングラウド陛下」

「これ、ホントか?」


 サッと斜め右後方に伏せられる道化の視線。言葉にせずともその仕草が真実を物語る。

 ヴィングラウドは硬く唇を結び、眉間に皺寄せ眼を瞑り『なんてこった——』という言葉を意味する動作として膝を叩いた。


「一体……どうして、こうなった————」


 捻られる首、沈痛な空気。

 そして、リプ欄を上にスライドさせていけば——

 ——これらのリプの発端となった、投稿が現れる。

 そこには、



【じゃーん! 今日のランチはシェフが腕を振るった魔界の伝統的メニュー! 極上瘴気のヤバ沼でとれた厳選素材の魔魚カルパッチョで、午後も人間界征服の奸計練りまくっちゃうぞっ☆】



 との文章と共に、魔王城バルコニーの特設テーブルに並べた料理に渾身のてへぺろフェイスで映り込む、スタンプ盛り盛りなヴィングラウドの自撮り写真が添えられていた。


 つまり。

 本日の人間界絶望計画、そのアプローチは——【人間界には存在しない美食をまざまざと見せつけられる、手が届かず悶々とするしかない、メシテロリズム】であった。


「わからん、全然わからん……この一枚の為に、十日前から予約した魔界有名店にわざわざ亜空間まで出張してもらい、余もナチュラル・ピュア・メイクを頼み写真映りは万全、撮影の角度も最大限検討を重ね、マジッタースタンプも添えて楽しげ雰囲気のバランスもいい——非の打ちどころなど、一切、どこにも無かったはずなのに……!」


 悲しみに呼応するように、と腹の虫も鳴る。

 何を隠そう、写真に撮られた魔界五つ髑髏の有名店ランチはあくまで【人間界攻撃作戦用資料】という扱いで領収書を切られており、そのままヴィングラウドの舌を通ることは許されなかったのだ。主にズモカッタ’Sジャッジで。


 それもまた致し方なき。魔王には魔王の仕事があり、マジッター投稿の役目があり、ゆっくりとランチでとろけている場合ではないのだ。

 せっかくの料理がその後どうなったのかといえば、気の利く忠臣の計らいで、『魔王様からの下賜である』と丁度昼休憩の時間である魔王城勤務のスタッフに配られた。

 魔王様の好感度、同時に【クーデターはもうしばらくいいかな】度、こうして知らぬところでまた上がる。


「なあ! こんな、なぁ!? そのさ、余が自分で言うのもなんだけど、こっ、これっ……カワイイの撮れたんじゃなくなくない!? ごはんだってほらぁいいじゃん! 特に魔ッチョ魔魚カルパッチョ、この色合いこの光沢! そそるでしょ! 獣欲! だって実際我慢するの大変だったもん、余!」


 そんなふうに上がった好感度を、無に帰させるリアクションを取ってくれるのが魔王様。


「満点笑顔浮かべとるけどさ、こん時笑顔の裏で余が何考えとったか知っとるか!? 正解はぁ、『ふぱぁ〜っこんな面倒なの終わらして一刻も早く食らいつきてぇ〜〜〜〜』でした! あふれ出るヨダレ我慢すんのどんだけしんどかったと思っとるの! なのになのに撮影が終わったと思ったらおあずけで即撤収とか聞いとらんかったし、挙句の果てにこの反応ってマジどゆこと!? 本年の魔界・どゆこと・オブ・ジ・イヤー最有力候補! もぉーーーーっあぁーーーーーーーー腹も心も空きましたぁっーーーーーーーーーーッ!!!!!」


 空腹と失意極まり実施されていない賞にノミネートする魔王。

 玉座の間に響き渡る(恒例の)涙、慟哭、腹の音の三重奏。

 まさしく魔を統べる者の本拠地に相応しい混沌と混乱、しかし、その中にあって揺るがぬ知性と慧眼を持つ知将は、玉座の上で丸まってエネルギーの消耗を押さえる主の代わりに、状況を分析する。


 具体的には、【イケてるランチ】に送られてきたリプラスを、くまなくチェックすることで。


「……成程。これは、そうか——わかりました、魔王様」

「にゃぬっ!?」


 魔王が冬場のネコちゃん体勢究極完全対外界無慈悲衝撃用防御形態からカムバックする。

 歓喜と期待、全幅の信頼が揺るぎなく籠る眼差し、目を凝らせばその頭に耳やら尻に尾やらが見えそうなほどの魔王に見つめられた道化仮面の忠臣は、恭しく一礼をして、


 ステッキを鳴らし、答えるアンサー


「この写真、マジッター民向けではありません。どう考えてもマジスタグラム——マジスタ映えするほうのやつでした」


 いやあ食い付かれないはずです、と。

 腕を組み深く頷くズモカッタに、


「どう違うんよそれぇッ!? どっちもおんなじ、写真アップするツールじゃんか!!」


 666代魔王ヴィングラウド、魔界のあらゆる魔導書を読み解いた叡智の持ち主は、「若者の文化とか流行とかマジ複雑怪奇摩訶不思議!!!!」とカーペットの上を転がりバンバン叩き、あと空きっ腹をぐうぐう鳴らした。



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