パパの心、娘知らず

カゲトモ

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「私は博愛主義者でね」

「知っています」

「おや、知っていたのかい」

 どこからどう見ても、常盤さんは博愛主義者だろう。誰にだって優しくて、誰にだって愛を囁いているのだから。

「博愛って言葉は常盤さんを表すためにあるって感じがしますね」

「そうかい? 照れるねぇ」

 照れるとこなの?

「誰にでもお優しいですもんね」

「そんなことはないよ、優しいのは花菱君にだけだよ」

 とか言ってくるあたり、素直にこの人に憧れているのを認めたくなくなる。このキザったらしさがなかったらなぁ、なんて。神はニ物を与えず、か。

「何か失礼なことを考えているね?」

「おや、まさか。御冗談を」

「可愛いなぁ、花菱君は」

 おいおい、御冗談を。

「それで、どうしたんですか」

「話を変えるのかい」

「戻しているんです。博愛主義がどうしました?」

 常盤さんは含むように微笑んで、ゆっくりとグラスを傾けた。それから一度息を吐いてから言った。やけに溜めるな。

「私は博愛主義なんだけれどね」

「はい」

「平等に周りの人を愛しているのだけれど」

「はい」

「その、娘に、ね・・・」

「娘に?」

「私の、愛が届かなくなってしまったみたいなんだ」

「は」

 つい素の声で返事をしてしまった事よりも、常盤さんの表情に動揺する。

「少し前まではそんなことなかったのに・・・花菱君、どうしたらいいと思う?」

どうしたらって、どうしたんだ。こんな情けない顔の常盤さんは初めて見た。いつもキザで余裕と自信に溢れた格好いい男なのに。なんだその悲しい時の犬みたいな表情は。

「どうしたんですか? 志麻ちゃんと何かあったんですか」

「そうなんだよ~花菱くんんん。志麻がね、最近変なんだよぉ」

「変?」

 志麻はいつも変だけど、と喉まで出かけてグッと嚥下する。たまに顔を出す常盤さんの娘の志麻は、箱入り娘(いや、箱入りきらない娘)でその性格はいささかアレだ。うん、常盤さんには面と向かって言えないけど、アレだ。態度がアレだ。アレがアレしてる。

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