気が散る部屋
韮崎旭
気が散る部屋
ものの多い部屋というのはよろしくない。際限なく気が散る。注意の対象が分散していく。その本からこの本へ、右の絵具から左のペットボトルへ、注意の焦点が落ち着くことがない。
聴覚情報の量の多い部屋というのはよろしくない。際限なく気が散る。聴覚情報にかかずらわっている間に気が付くと2時間半が過ぎているということだって、大いによくあることだ。彫刻情報と向き合うのは時に困難を極める。視覚のようには遮断できず、処理能力がたいへん問われる。そこを処理しきれないのならば、際限なく与えられる聴覚情報に振り回されて一日を無為に費やしている。聴覚情報への対処を考えるうちやがてその考えさえも拡散してゆく。自分の頭を球に見たてて、本棚を相手に壁打ちの卓球をしたらどうか、とか。
自分のいる部屋というのはどうもよろしくない。聴覚情報を得てしまうし、おおくのものを見てしまう。自分がいないのなら、その部屋で気が散ることもないのだ。私が部屋で気が散らない為には、部屋から私を排除する必要があるに違いない。
私はブロック肉を切り分けた経験から肉の切り分けの大変さを学習していたので、一度も使用していないし、これからも使用する見込みもなさそうなこたつの電気コードを利用して自分の首を括ることに決めた。まさに生きる機能の限界に立っているという確固たる実感。中枢神経系の軒並みの労働への拒否。不具合。不適切さ。立つ瀬のないいま、ここ。
いま、ここにいる実感だけで生き抜こうと試みていく精神性の欠如。「今ここで君を見つけて手を繋いでいるそれだけで生きていることを肯定できたんだ、役立たずな僕だった。役立たずな今日を生きる。それでもいいと思えたんだ、君がいるなら。」そういうことは微塵もない。肯定は瞬時の誤解。それなら末期の苦痛の方がまだ明るい温かみのある感傷を私におよぼせる。いま私が私にもたらすであろう、末期の。私は部屋の情報量が全般的に多いことから、気が散らないように気を使いながら慎重に電気コードを然るべき形態へと結ぶと、任意の支点にそれをひっかけ、そのコードの輪に頭をくぐらせ、気負いなく重力に身を任せた。途端様々な身体感覚の異常を感じるに至ったが、それは部屋の情報量に紛れて混沌とした壁画へと変わっていった。
気が散る部屋 韮崎旭 @nakaimaizumi
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