第十話 やっちゃった

「そう言えば、エルフィ様は『銀の聖女』や『妖精』と呼ばれており、冒険者でもあるのですよ、お父さま」

「ほう」

「シェーンハイト様はよくご存知でですね」


 そういえば、先日会った際にもそう言っていたが、伏魔殿のボスを倒したのはたかだか二ヶ月前だし、そもそも田舎領地での些細な出来事であった。それに、エルフィを『銀の聖女』と呼ぶ者はいても『妖精』と呼ぶ者はあまり多くないと思っている。それをシェーンハイトが知っていることの方が今更ながら驚きだ。


「聖女様であるアンゲラ様はわたくしの憧れであり、いつかはわたくしも聖女様のような立派な女性になりたく思っております。そのため、聖女様のお噂ですとか、メルケル領でどのような幼少期をお過ごしになられたのか参考にしたく思い、神殿の者にメルケル領から情報を頂いておりました。そうしましたら、『銀の聖女』と呼ばれる妹御がおられると聞き、更にブリッツェン様と伏魔殿のボスを倒し『妖精』とも呼ばれていることも耳にしております。わたくし、妖精様とも是非お会いしたいと思っていたのですが、先日は思いがけずお会いすることができました。しかし、あまりお話する時間がありませんでしたので、次に神殿へ行ける日がとても楽しみでしたの」


 興奮した様子でシェーンハイトが一気に捲し立てた。


 この令嬢、どんだけ聖女姉妹好きなんだ?! それに、『ちょっとしたストーカーなのでは?』と若干引いてしまったが、それを表情に出さないように平静を装った。


 そう言えば、姉さんから俺の幼少時の話を聞いたとも言っていたよな……。


 他の方々も若干引き気味にシェーンハイトを見ていたのだが、その視線に気付いたのであろう、彼女は顔を赤く染めて俯いてしまった。


「では、内務伯、明日はその姉妹も登城するように手筈を整えてくれるかな」

「お時間はどのように?」

「ヴィルヘルムと調整して、ブリッツェン君の魔法披露の前にしてくれる」

「「かしこまりました」」


内務伯とヴィルヘルムの返事が同時に聞こえた。


「アルトゥール様、申し上げにくいのですがよろしいでしょうか」


 勝手に姉達を巻き込まないで欲しい。


「何かな? 君の姉を登城させるのは決定事項だけど」

「――なっ!」


 とぼけた表情で決定事項を告げてくるアルトゥールに、俺は何も言えなかった。

 しかし、釘を刺されてしまったのであれば、話が拡散しないように口止めをお願いするくらいはしないといけない。もとより、魔法関連はここだけの話に留めて欲しい旨を伝えるつもりだったので、このタイミングでお願いするのが良いだろう。


「魔法を使う者は『劣る者』という認識は、世間一般にもあると存じております。それにより二人の姉がさげすまれるようなことがあれば、私は姉達に一生償っても償いきれないでしょう。ですので、厚かましいお願いではございますが、魔法に関連することはここにおられる方々のみが知る事実、ということで留めて頂けないでしょうか」


 正式な王族との謁見の場であればこんなことは絶対に頼めないだろうが、今回は非公式であるし、言葉の上では無礼講となっている。だからこそ無礼を承知でお願いしてみた。


「聖女と崇められる者をおとしめるようなことは王国としても得策では無いからね。わかったよ、君のげんを聞き入れよう。ただし、君の姉達の属する神殿の関係者であるシュピーゲル神殿伯には伝える。勿論、神殿伯にもその事実は口外しないように伝えるよ」


 シュピーゲル神殿伯というと、アンゲラ姉さんが王都にきた際に挨拶をしたあの人か。新居を用意してくれたりと可愛がってくれてるようだし、あの人であれば……大丈夫だろう。


「アルトゥール様のご配慮、痛み入ります」

「そんなに畏まらなくてもいいよ。――ヴィルヘルム、内務伯、今の事を考慮した上で手筈を整えてね」

「「お任せください」」


 ヴィルヘルムと内務伯の二人がまたもやシンクロする。


 これで情報の漏洩は防げるだろう。いや、そう簡単にはいかないだろうから、油断はしないようにしないと。



 今日はこれでお開きとなり、明日は魔法を披露をした後に姉達も交えて再度非公式の謁見を行う予定となった。


 牢から出された後に一度宛てがわれた客室へ再度戻る。今回は専属メイド付きだ。

 宮中で働くメイドは、貴族の息女が結婚するまで行っていると記憶している。一応は自分も貴族家の一員であるが、田舎貴族のしかも在地騎士爵の三男なので権力も何も持っていない。そんな自分に本物の貴族家の息女をメイドとして付けられては逆に緊張して落ち着かないのだ。


 まぁ、監視の意味合いもあるのだろうから、要らないとも言えないよな。


 部屋についてソファーまで案内されると、メイドが挨拶をしてきた。


「メルケル卿がこちらに滞在している間のお世話をさせていただくことになりました、フィリッパと申します。何なりとお申し付けください」


 濃紺のロングスカートタイプのメイド服に身を包んだフィリッパが頭を下げると、肩の上で切れ揃えられた茶髪がサラサラと前方に流れる。

 そんなフィリッパに、格下である俺も「こちらこそよろしくお願いします」と頭を下げ返した。


 姿勢を戻したフィリッパは同じように姿勢を戻した俺を見て、深い緑の瞳を丸くして驚いていた。


「申し上げにくいのですが、一言よろしいでしょうか?」

「あっ、はい」

「貴族がメイドに軽々しく頭を下げるのは如何なものかと存じます」

「そ、そうですね」


 日本人時代は平民で、この世界にきてからも田舎貴族だったため、専属メイドなど全く縁がなかった。それどころか我家にはメイドなどおらず、たまにお手伝いさんを雇っても当然ながら貴族の息女などではなかったので、他貴族の息女に仕えられる経験などないのだ。


「あのー、フィリッパさんも貴族の娘さんではないのですか?」


 家名は名乗っていなかったが、宮中に平民はいないだろうと思い質問してみた。


「フィリッパと呼び捨ててくださいメルケル卿」

「すみませんフィリッパさ……フィリッパ」

「お気になさらず。では、私のことでしたね。我が家は法衣男爵家、私はその四女ですので、貴族と名乗るなど恐れ多いです」


 十七、八歳くらいに見えるフィリッパは女性にしては大きい百七十センチを超えていそうなスレンダー美女で、凛とした佇まいでそう答えた。


「それを言うなら、私も田舎領で男爵をしている伯父に任命された騎士爵家の末っ子です。しかも在地騎士爵家の三男ですから、私の方こそ貴族などと名乗れませんよ」

「いいえ、メルケル卿は多くの功績を上げており、宮中のお部屋を与えられた方ですので、とてもご立派です」


 変に持ち上げられても困るよ。


「自分では功績などと思っていないのですが、ありがとうございます。それと、そのメルケル卿というのは勘弁してもらえますか。私は冒険者として自立しているつもりなので、家名ではなくブリッツェンと呼んでもらえた方が気が楽です」

「かしこまりましたブリッツェン様」

「……様って」


 まぁ、監視だとしても建前上俺は客なのだから、『様』付けで呼ばれるのは仕方ないだろう。


「ブリッツェン様、お茶のご用意をいたしますので、お席におかけになってお寛ぎください」

「ありがとうございます」


 フィリッパに頭を下げたときに立ち上がったままだった俺は、慌ててソファーに腰を降ろした。

 お茶を淹れ終わったフィリッパは、夕食の用意をすると部屋を出ていく。

 扉の外には護衛の兵士がいるが、あの人もきっと見張りなのだろう。

 どうにも落ち着かない環境だが、やっと一人きりになれたので気を抜くことができ、フィリッパが淹れてくれたお茶で喉を潤した。

 ほっと一息吐くと、先程まで行なわれていた謁見での出来事が頭をよぎる。


「完全に選択をミスった」


 頭を抱えながら思わず声を洩らしてしまった。


 考える時間が少な過ぎて熟考できなかった故の選択だったが、結果を見れば姉を巻き込み実家に注意を向けさせる最悪な状況になっている。それも、魔法の存在を口にしてしまった上で。


 模擬戦を提案されたとき、そのまま受け入れた場合にどれ程の相手を用意されるかわからず、思わず負けた場合の状況を想像してしまった。今思えばそうそう負けないだろうし、仮に負けて盗賊の一味疑惑が再熱しよとも、その時々の状況によってはいくらでも釈明する方法があったかもしれない。きっと、現状よりマシな未来があっただろう。


「マジでやっちゃったなー」


 思わず独りごちり頭を抱えてしまったが、済んでしまった過去をくよくよ考えても仕方がない、と自分を叱咤する。

 今は悔やんでる場合ではない。姉達を巻き込んでしまったのだ、であれば、むしろ聖女の名を利用してやろうじゃないか、と未来へ向けて思考を変える。


 暫くするとフィリッパが食事を運んでくれ、部屋に備え付けの風呂の用意もしてくれた。

 この世界に風呂の概念は無いと思っていたが、どうやら上流階級には風呂に入る文化があるようだ。


 一通りの世話が終わったフィリッパは隣りにある控室へと戻り、俺はあれこれ考えながら眠りに就いた。

 ちなみに、メイドによる風呂でのご奉仕などは当然ながら無かった。

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