第八話 賭け

「なんだい? 何か知っていそうな口ぶりだね」


 僅かに口籠った俺を、アルトゥールは笑顔でありながらも笑っていない瞳で問うてきた。


「いいえ、事実は全てお伝えしました。しかし、私は違和感を覚えたのですが、違和感はあくまで私の感覚なため、その違和感に起因する憶測に関してはお伝えておりません」


 尋問で真実以外のことを言っても、俺自身が疑われているのでは言い訳だと思われるので、敢えて感じたことなどは伝えていなかった。


「その違和感とやらは何かな?」

「王女殿下が乗っていた馬車に王家の紋章が無かったとはいえ、とても立派な馬車でございました。しかし、救出した王女殿下を馬車にお乗せした際に目にしたのですが、馬車の内部は王女殿下を攫う際に抵抗したであろう荷崩れはございました。しかしながら、荷を漁った形跡はございませんでした」

「王家の紋章は、君が賊を捕らえたという場所にあったと聞いているが」


 そういえば、そんなことを尋問中に聞いていたが、あのときは精神が疲弊していたので、すっかり失念していた。

 であれば、あの馬車が王家の馬車であったことを隠蔽しようとしたのか、はたまた襲った後に気付いて慌てて取り外したのか、などと今考えても仕方がない、当時の心境で応えることを優先した。


「紋章のことはさておき、荷を漁られていなかったことに違和感を覚えたのです」

「それがどうかしたのかい?」

「盗賊全般がそうだとは言いませんが、通常の盗賊があれだけ立派な馬車を襲って人攫いだけをし、荷に手を付けないのはおかしいと感じました」


 仮に人攫いが目的であったとしても、あの人数で襲撃したのであれば、荷にも手を出すのが普通だと思う。

 ただ、紋章を取り外して持ち出していたとなると、人攫いがが目的でもそれは何か意図があったものに思えてくる。

 普通に考えれば、賊が襲った後に王家の馬車だと気付き、もし捕まった場合に、王家の馬車を襲ったのではないと言い張るために偽装した、とかの結論に至るのだろうが、そんなことではないような気がする。


「盗まれた荷は君が回収したのでは?」

「いいえ、私は王女殿下を救出しただけで、荷物は一切回収しておりません」

「では、ユニコーンの角も手付かずだったと?」


 ユニコーンの角? あぁー、あの布で巻かれた細長い棒はユニコーンの角だったのか。尋問で、俺がユニコーンの角を餌に王女殿下を釣りだしたなどと言われたが、もしかして俺が納品したあの角か?


「あの布で巻かれた細長い棒がユニコーンの角だったのであれば、あれは馬車の中にそのままありました」

「ふ~ん、ユニコーンの角目当ての犯行であったなどと言う意見もあったそうだけれど、そうではないと言うことかな」


 尋問では荷物の所在など一切聞かれていないのだが……。


「そういえば閣下、あのユニコーンの角を納めたのはそこのブリッツェンとのことでございます」


 ヴィルヘルムが何処かで得たのであろう情報をアルトゥールに伝える。


「ん!? 君が特殊個体のユニコーンを仕留めたのかい?」

「確かにユニコーンに止めを刺したのは私ですが、姉のエルフィが囮になってユニコーンを無力化してくれたお陰ですので、功績で言えば姉の方が遥かに大きいでしょう」

「姉とは、シェーンハイトの言う『聖女』かな?」

「いいえ。エルフィも聖女などと呼ばれておりますが、アルトゥール様の仰っている聖女は長女のアンゲラのことでございましょう。しかし、今回の姉は次女のエルフィになりますので、別人でございます」


 この場で家族の話題が出るのは嫌なのに、どうしてそんな話になってしまうのだろう……、いや、自業自得か。ここはわざわざ真実を伝えず、自分が一人で狩ったと言えば済んだ話だ。何やってるんだ俺は……。

 ――いや、そんな嘘はボロが出るか。


「君には聖女と呼ばれる姉が二人もいて、しかも特殊個体ユニコーンの囮もこなせる程の人材なのか……」

「あー……、はい」


 姉ちゃんに興味がいっちゃったよ。少し話題を逸らすか。


「質問よろしいでしょうか?」

「何だい?」

「私たちが特殊個体ユニコーンを狩ったのは拙かったでしょうか?」


 どうにも、あのユニコーンが関係しているように思える。


「そんなことはないよ。トラバントの代官から特殊個体ユニコーンの角を入手したから、上流学院に進学するシェーンハイトの入学祝いにその角を魔杖にどうかと言われてね、その受取にシェーンハイトが体調を崩して行けなかったんだ。それで替わりにシェーンハイトの姉貴分のレギーナ王女が行ったのだけど、その帰りに誘拐されただけだからね。たまたまそのような事件が起こっただけで、特殊個体ユニコーンを狩ったこと自体は問題ではないよ」


 そもそも、俺がユニコーンを狩らなければ譲渡も何も無かったのだから、元を正せば俺の責任な気がするが、それをわかっていて言ってくれているのだろう。余計なことを言い出すのは止めておこう。


 そんなことを考えていると、不意に一つの考えが頭を過ぎった。


 状況的に、盗賊の目的が物取りでなく最初から誘拐だった可能性が高い。とすれば、本来ならあの場には王女ではなくシェーンハイト様がいたはずだよな。


 あの日、シェーンハイトが体調を崩して神殿を訪れていたのだから、それが予定どおりであれば誘拐されたのがレギーナではなくシェーンハイトだった。だとすれば、今後もシェーンハイトが狙われるのではないか?


「アルトゥール様、一つよろしいしいでしょうか?」

「ん? 何だい」

「賊の目的が物取りではなく誘拐であったとの仮定なのですが、――王女殿下は体調を崩されていたシェーンハイト様の替わりにあの場にいたわけです。しかし、体調を崩されたシェーンハイト様の替わりに王女殿下があの場にいたと賊が知ることは難しかったのではないでしょうか?」


 あくまで仮定ではあるが、強ち間違ってはいないと思うんだ。


「う~ん、そうかもね」

「ならば、賊の本来の目的はシェーンハイト様の誘拐だったのではないかと愚考いたします」

「なっ!?」

「閣下、私もその線があるのではないかと考えておりました」

「ヴィルヘルムも思っていたのかい?」

「はい。物取りどうこうは別にして、仮に人攫いが目的であったのであれば、無差別誘拐も考慮しなければなりませんが、計画的犯行であれば、あの場にシェーンハイト嬢がいることも前提の一つとなりますので」


 ヴィルヘルムが王女の乗っていた馬車の状況を調べたのかはわからないけど、もし調べもせず、物取りがなかったことも知らずにそう考えたのなら、このヴィルヘルムという人物はかなり優秀だ。


「あ、あのぉ~、わたくしが体調を崩した所為でお姉様が危険な目に合われたのでしょうか?」


 話題に自分の名前が上がり、その内容がよろしくないと気付いたのであろうシェーンハイトが、おずおずと質問してきた。


 ハッとした表情を一瞬浮かべたのアルトゥールが、「シェーンハイトの所為ではないから気にしなくていいよ」と笑顔で諭すように語りかける。


 この話をしたのは俺のミスだ。こんな話をしたら自分が悪いと思ってしまうよな……。


「この件については後程としようか」


 アルトゥールも流石にこれ以上の話しはしたくないようだ。


「話は変わるけどブリッツェン君。先程も言ったけれど、僕は君の実力をこの目で見たいと思っているんだ。どうだろう、模擬戦の一つでもやってくれないかな?」


 アルトゥールは随分と軽く言うが、話を変えるにしてもそれはない。唐突にそんなことを言われたら、それはもう命令であり嫌とは言えないのだ。


 しかし、身体強化と肉体強化をして剣を振るえばそれなりに戦える自信はあっても、魔法を使わずに王国の正規の騎士を相手に確実に勝てる自信はない。そこで万が一無様に敗北し、『やはりコイツは盗賊の一味だ』などと何処かから言われては堪ったものではない。


 大抵の人には負けないと思うけど、王都にいる正規の騎士であれば、化物みたいな人がいないとも限らないし。それこそ眼の前に居るヴィルヘルム様が相手とかになると、とてもではないが勝てる気がしないよ。


 別に無様に負けても構わないが、負けた事実により盗賊の一味などと言われては家族に迷惑をかけてしまう。それならば、自分は劣った人間である魔法使いだと暴露し、家族に迷惑が及ばないようにして、自分だけがさげすまれた方が良いのではないかと思い始める。


 アルトゥール達の感じから、俺が盗賊の一味だと思われていない気もするのだが、模擬戦の観衆がここにいる人だけとは限らない。だからといって、『観衆のいない状況でお願いします』などと言えない。そうなると、どうしても俺を盗賊呼ばわりしている人が難癖を付けてきそうだ。


 でもなぁ~、以前思い浮かんだ仮説を考えると、俺が権力者、この場合で言えばアルトゥール様に駒として使われる可能性があるんだよな。そうなると、俺は一生駒として働き続けることも……。

 それでも、盗賊の一味ではないことを証明して、家族にも迷惑をかけない方法となると、魔法使いだと暴露するのが最善な気もするんだよな。


 幾許か頭を悩ませた俺は覚悟を決め、「アルトゥール様のお望みとあらば」と取り敢えず答え、暫し逡巡しながら更に言葉を続ける。


「しかしながらアルトゥール様、生意気かと存じますが、質問させていただいてもよろしいでしょうか?」


 片眉を上げつつもアルトゥールは「かまわないよ」と答えてくれた。


「失礼ながら申し上げます。アルトゥール様は魔術ではなく魔法をどのようにお考えでしょうか?」


 アルトゥールはいぶかし気にこちらを見つつ口を開く。


「その問は今この場で必要かな?」

「私にはとても大事でございます」

「ならば答えよう。魔法は、魔術が使えぬ者がみっともなく縋るものであり、劣った者が使うものだ」


 何とも微妙な表情でアルトゥールが答える


「然様でございますか。では、私がその『劣った者』が使う魔法を操る者であったとしても、アルトゥール様は私に模擬戦を行えと仰りますか?」


 これは賭けだ。

 魔法使いである事実を伝え、自分だけが劣った者と認識されたのなら家族に迷惑がかからないだろう。最悪、俺が駒としてアルトゥール様に仕えれば済む話だ。

 そして、魔法使いであることに興味を持ってもらい、あわよくば実力を見せろと言われたなら、魔法に魔術以上の力があることを伝えられる自信はある。

 一番困るのが、『メルケル騎士爵家の末っ子は劣った者である上に盗賊の一味だ』と、家族を巻き込んだ判断をされた場合だ。そうなったら……と、最悪の事態を想定しているとアルトゥールが口を開いた。

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