第四十三話 反省

 昼食を済ませた俺とエルフィは移動を開始したのだが、俺は違和感を覚えていた。


「あそこに冒険者がいるよね?」

「そうね」

「……」

「どうしたの?」

「何で俺は視認するまで冒険者の存在に気付かなかったんだろ?」


 そうなのだ、俺は視界に入った冒険者を確認して、初めて「冒険者がいる」とわかった。伏魔殿で遠距離にいる魔物に気づく俺が、だ。


「ねぇブリッツェン」

「なに?」

「あんた、もしかして魔力の探知しかしていないんじゃないの?」

「――――!」

「その顔は……図星ね」


 エルフィの言うとおりだった。

 伏魔殿では境界の付近であれば魔力を持たない獣が存在することもあるが、奥に進むにつれて魔物だけになる。それであれば、魔力に気付けば必然的に敵の存在に気付ける。そのため、俺は魔力を少しでも温存しようと気配探知は使っていなかったのだ。


「だからといって、何か問題があるの?」

「さっきのオーク戦、辺りには魔物しかいないと思っていたから普通に魔法を使っていたんだ。もしあのとき、何処かに冒険者がいたら魔法を見られた可能性がある」

「考え過ぎじゃない?」

「そうであってくれればいいけどね」


 凡ミスもいいところだ。結局姉ちゃんに魔法に頼りきるな、と注意するのを忘れてたけど、むしろ俺の方が危機管理を怠っていたじゃないか。

 過ぎてしまったことを悔いても仕方ない。反省は大事だが、今は同じミスをしないことを考慮して行動しないと。


 俺は魔力のみを探知していた魔法を、気配も探知できる魔法に切り替えた。すると、思いの外多くの気配が周囲にある事実にようやく気付いた。


「チッ! こんなに冒険者が入り込んでいたのか」

「わかっていたことでしょうに」

「そうなんだけど……」


 エルフィの言葉が胸に突き刺さった。これは「わかっていたこと」なのだ。それなのに、俺は忘れていた……いや、忘れてはいない。他の冒険者に見られないようにしようと思っていたのだから。

 だからそう、俺は魔法を過信していたのだ。魔法を隠すために魔法を使っていた程に魔法を信じていた。だが、魔法は万能ではない。……それは違う、魔法を使っている俺が・・万能ではないのだ。魔力を発していない人間を感知する魔法を使い忘れていたのは、他でもないこの俺なのだから。


「悔やんでも仕方ないわ。過ぎたことより、これから同じミスをしないように気をつければいいの。――あたしも少し考えが足りていなかったわ。これからはもう少し状況を確認してから魔法を使うように気をつけないといけないわね」


 そうだよ、もう反省はしたんだ。いつまでもクヨクヨしていてはダメだ。それに、姉ちゃんも反省したじゃないか。俺が注意しようとしていたことを、姉ちゃんは自分で気付いて反省した。これは喜ばしいことだ。


「それに、幸か不幸かあたし達は派手な放出魔法が苦手でしょ? だから、傍から見たら”凄く動きが早いわね”みたいな感覚だと思うの」

「姉ちゃんはそうだけど、俺はどうなんだろ……」

「地面に手を付いて蹲ってたように見えたと思うわよ?」

「でも――」

「過ぎたことはもういいの!」

「そ、そうだね」


 いかんいかん。どうにも気になってしまう。でもこれでは駄目なんだ!


「姉ちゃんの言うとおりだね。――よし、ここからは少し気をつけて帰ろう」

「そうね」


 そこからは、極力冒険者と近付かないようなルートを選んで進み、適当に魔物を狩るようにしていた。

 すると、覚えのある気配を察知したのだ。


「姉ちゃん」

「どうしたの?」

「ちょっと寄り道するよ」

「え? まぁ、いいわ」


 エルフィは根掘り葉掘り聞いてくることもあるが、冒険者として行動しているときは何かを察してくれるので面倒がなくて助かる。


「やっぱりな」

「あら?」


 感じた気配はあの四人だった。


「何でここにいるんだ?」

「うわっ! あっ、リーダーじゃないっすか」

「リーダーにエルフィ様ではないですかぁ~。ごきげんようですぅ」

「ごきげんようイルザ」

「驚いたよー」

「驚愕」


 まだ伏魔殿には入れない十一歳だけのパーティ、シュヴァーンのメンバーがそこにはいた。


「で、何でここにいるんだ?」

「あっ、すいませんっす。実は――」


 ヨルク曰く、ボスが倒された伏魔殿は境界がなくなる。それは、伏魔殿が伏魔殿でなくなることを意味する。そうなると、本来なら伏魔殿に入れない仮冒険者でも”通常の森”に狩りに入るのと同義となる。

 そう説明してくれた。


「それって、ちょっと屁理屈っぽいな」

「でもぉ、仮冒険者が禁止されているのは伏魔殿に入ることでぇ、魔物を狩ることではないのですよぉ~。単にぃ、魔物が伏魔殿にしかいないだけなのでぇ、通常は伏魔殿に入らないと魔物が狩れないだけですからねぇ」


 腑に落ちないながらも、イルザのいうことには納得できた。これは俗に言うグレーゾーンなのだろう。だが、あくまで仮冒険者が伏魔殿に入れないだけで、魔物そのものを狩るのは禁止されていないのだから、”通常の森”にたまたまいた魔物を狩るのは罰せられないのだ。


「でも、換金はできないだろ?」

「それは、リーダーにお願いするつもりだったっす」


 そう、魔物を狩ることは禁止されていない仮冒険者だが、魔物の換金は許されていないのだ。これは暗に仮冒険者が伏魔殿に入ることを禁止しているが故の措置なのだが、滅多にない伏魔殿の平定や氾濫を想定していないために穴ができてしまった。その穴こそが、『仮冒険者の魔物狩り禁止』が設定されていないギルドの規約である。


「ちゃっかりしてるな」

「フヒヒッ」


 ヨルクの笑い方が何だか気持ち悪かった。


「でも、誰がその事実に気付いたのですか?」

「それはイルザだよエルフィさまー」


 エルフィの質問にミリィが元気よく答えた。


「イルザはよく気付いたな」

「冒険者規約を読み返して見たのですがぁ、これが罰則になることはないとわかりましたよう」

「流石だなイルザ」

「でもぉ、気になったので神殿で相談したところぉ、過去にも伏魔殿平定のときにぃ、魔物を狩った仮冒険者はいたとのことでしたぁ」

「前例があったんだね。それでもギルドの規約は直されていないんだ」


 仮冒険者の安全を考えて伏魔殿に入ることを禁止している規約のはずだが、滅多にないことだから問題ないってことなのかな? それとも、滅多にない状況が伏魔殿の平定か氾濫だから、そのときには多くの冒険者が集まってる。それなら、仮冒険者も安全だという判断か、仮冒険者の手も借りたいってことなのか? どちらにしても、皆が罰せられないなら問題ないな。


 問題がありそうでも深く考えない、それが俺なのだ。


「それで、成果の方はどうだ?」

「いや~、いきなりベアハッグに出くわしちゃいまして……」

「ん? 逃げたのか?」

「いや、何とか倒せたんすけど、それだけで疲れきってしまってその後は動けなかったっす。それで、やっと行動を再開したのが今さっきなんすよ」


 ベアハッグの攻撃はサバ折りだけなので、捕まらなければ一切攻撃をもらうことはない。しかし、巨体の割に動きが素早いので、捕まらないように倒すのはかなり苦労するのだ。


「よく倒せたな」

「リーダーに通常のクマとベアハッグの違いを聞いてたからねー」

「疲れたけど大丈夫だった」


 ミリィはドヤ顔で、無表情のマーヤは雰囲気で『ドヤ』感を表していた。


「ヨルクがぁ、捕まらないように上手くベアハッグを誘導してくれましたからぁ」

「捕まったら一溜まりもないっすから」


 普段は攻撃を受け止めるのが仕事である盾職だが、流石にサバ折りしか攻撃手段のないベアハッグを受け止めるのは自殺行為だ。なので、ヨルクはベアハッグに捕まらないように動きながら、上手くベアハッグの注意を引き付けたのだろう。その隙に他のメンバーが攻撃をすることでベアハッグを仕留めたのだとわかる。


「で、そのベアハッグはどうしたんだ?」

「大きすぎて運べないっすから、魔石だけ取ってきたっす」

「それは勿体無いな」

「仕方ないっす」

「ベアハッグの毛皮は高く換金できますけどぉ、毛皮を剥ぎ取って更に運ぶことを考えますとぉ、放棄して他の魔物から魔石を得る方が得策と思いましたぁ」


 その辺は、頭の回転が早いイルザの判断に皆が従ったわけか。それは正しい判断だろうな。


「そうだ、これやるよ」

「なになにー」

「ん? これは魔道具袋だよ」

「ま、マジっすか?!」

「マジだよ。ボスを倒して神殿に入ったらこれがあったから、皆にも渡そうと思ったんだ」

「よろしいのですかぁ?」


 ヨルクとイルザとともに、ミリィとマーヤも魔道具袋の価値はわかっているようで、二人も本当にいいのかと聞いてきた。


「実は、十個以上もあったんだ。それで、俺と姉ちゃんは個別に持つことしたから、皆にも個別にって思ったんだ」


 当然、俺と姉ちゃんは自前の魔道具袋もどきがあるので、実際には拾った魔道具袋は使わない。しかし、ここで拾った体裁を整えておけば魔道具袋もどきを自由に使える。


「こんな高価な物、パーティに一つでも贅沢っすよ。それを個別に貰うなんて……。本当にいいんっすか?」

「ん? 要らないなら返して貰うよ」


 恐縮するヨルクに、俺は悪戯っぽい笑みで以て答えた。


「要らなくないよー」

『コクコク』


 慌てて声を出すミリィと、物凄い勢いで首を振るマーヤ。


「リーダー、本当によろしいのですかぁ? 魔道具袋を売ればかなりの収入になりますよぉ」


 それは知っている。魔道具袋一つで冒険者の年収など軽く吹っ飛ぶ。それこそ仮冒険者の彼らの収入では、飲まず食わずで全て貯金しても数年がかりとなる大金だ。


「だったら、皆で稼いで金持ちになってくれればいいよ。今日だって、魔道具袋があればベアハッグの素材を持ち帰れてただろ? 普段も大きな獲物を纏めて狩るのを敢えて止めているけど、これがあればイノシシを一日に数頭狩っても持ち帰ることができる。そうなれば皆の稼ぎが増えるだろ。それは俺一人で稼ぐことより有意義なのだから、気にしないで受け取ってくれ」


 正直、俺は金に困っていないし、今後も困らないと思っている。それなら、深く関わった四人に少しでも良い生活をさせてあげたい。

 そのついでといっては何だが、シュヴァーンに魔道具袋を持たせることで、そのリーダーである俺も魔道具袋を所持している、と広く周知させる役目も彼らは担っている。


 シュヴァーンは俺の子飼いの冒険者と思われているので、可愛い女の子が三人もいる冒険者であるにも拘らず、変なちょっかいはかけられていない。こんな俺でも一応は貴族であるので、その貴族がリーダーを務めるパーティに手出しするのは、後々面倒だと思ってのことなのだろう。なので、魔道具袋を持たせたとしても、あまり問題はないように思う。


 それでも跳ねっ返りはいるかもしれないからな、用心を心掛けるようにしっかり言っておかないと。……いや、一応あの人にひと声かけておこう。


 ◆


 これは後日談なのだが、顔見知りであるメルケルムルデの冒険者の重鎮のような立場の高位ランク冒険者に魔道具袋を一つプレゼントし、シュヴァーンに悪い虫が寄り付かないようにお願いした。すると、彼は俺に感謝しきりで、『任せてくれ!』と、厚い胸板を叩いて引き受けてくれたのだ。

 これにより、一層シュヴァーンに手出しがしにくい状況になったのであった。


 ◆


「俺達は男爵にボス討伐の結果を伝えにないといけないからもう行くけど、皆は無理しない程度に頑張れよ」

「はいっす。この魔道具袋に入り切らないくらい狩ってやるっす」

「それは無理し過ぎだ。じゃあ行くよ」


 魔道具袋を受け取った四人は、大事そうに抱えながらにこやかに俺とエルフィを見送ってくれた。


「俺達にはハズレの魔道具だったけど、皆が喜んでくれたから良かったね」

「そうね、これで心置き無く魔道具袋もどきが使えるのでしょ? いつでもお肉が食べられるわね」


 姉ちゃんは相変わらずブレないな。


 ズレた感想を言うエルフィだが、嬉しそうに笑う姿を見たら文句を言う気もすっかり失せてしまったのだった。

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