第四十一話 宝物庫

「討伐証明部位の鉤爪は取ったわよ」

「了解。それじゃあ、魔石を取り出すよ」


 伏魔殿の真のボスであるワイバーンを倒した俺とエルフィは、倒した充足感に満たされ休憩がてら暫しおしゃべりをしていたが、程なくして剥ぎ取りを行うために動き出し、素材になる鱗などをなんとか剥がし、残るは魔石の取り出しとなった。


「よいしょっ!」


 覚えたばかりの魔法『土棘』をアレンジして、ワイバーンをひっくり返した。

 鱗を剥がしても背中側の肉が固くて魔石の取り出しが面倒だったので、どうにかひっくり返して腹側から取り出すことにしたのだ。


 ひっくり返したワイバーンから魔石を取り出そうと腹側を開くと、何とも異様な光景が目に映った。

 それは、ワイバーンの胸部が空っぽで、直径一メートル程の球体の魔石が浮いているのだ。


「えっ? 何で浮いてるんだ? ってか、内部構造はどうなってるんだ?」

「あの魔石に触れて大丈夫なの?」

「それは大丈夫だと思うけど、ぱっと見触れ難いよね」


 原理もわからないし、これがワイバーン特有の構造なのか、それとも伏魔殿のボスの特徴なのか判断できないが、空っぽの胸部に大きな魔石が浮いている光景は、なんとも精神を不安にさせるものであった。


 そういえば、伏魔殿のボスを倒すと大きな魔石が現れるって話だったけど、それってボスの体内から出現するってことだったのか?!


「ねぇブリッツェン」

「なに姉ちゃん?」

「この魔石って凄く高く売れるのかしら」

「ああ、伏魔殿のボスを倒して得られる魔石は、規模の小さな伏魔殿のボスであってもかなりの値段になるよ」


 そんな高価なボスの魔石だからこそ、金銭ではなく名誉として爵位を与えられたりするのだ。

 何を隠そう、曽祖父も伏魔殿を平定し、ボスの魔石を王国に献上することで男爵になった経緯がある。そう、メルケル男爵領は曽祖父が切り開いた土地なのだ。


「ただ、この伏魔殿は伯父さんの所有地だから、まずは伯父さんに知らせてから売買するかどうかの話になるよ」

「あぁ~、そうなのね」


 ここが王国の所有する伏魔殿であったのなら、魔石の売買はギルドを通して王国と行うことになる。結果、莫大な財産か爵位を賜ることになるのだ。

 しかし、現在は王国がボスの討伐を許している伏魔殿はあまりない。

 それは領主も同じで、伏魔殿は素材収集の場であり平定することを望んでいないのだ。

 それは、大きな出費を抑えるためであったり、平定された地が再び伏魔殿に戻らないように開拓しなければならないことの煩わしさから逃れる、などの何かしらの理由があるのだろう。


「特に伯父さんは、改革より現状維持を心掛けているというか、事なかれ主義だからね。ここの開拓とか嫌がると思うんだ」

「それって、あんたに爵位を与えて開拓させるってこと?」

「多分だけど、そうだと思うよ」

「もしかすると、あんたはここで貴族としてやっていくつもりなの?」

「それはないよ。だから、もしこの土地をくれると言うなら、それは父さんのものとしてもらうつもりだよ。でも、一から開拓するのは大変だろうから、それは俺が何とかする予定」


 伏魔殿を平定するのは簡単なことではない。それはボスを倒すことの意味ではなく、倒した後のことだ。

 単に褒章を貰い名誉を得るだけであれば苦労はしないのだが、現状は平定したらその土地を開拓して領主になることが当たり前になっている。

 領主になれるのだから良いことだ、と思うかもしれないが、既にある街を引き継ぐならまだ楽だろう。しかし、何もない森を人が住める土地に変えていくのは一朝一夕でできることではない。


「あんた、わかっていてボス討伐をしたの?」

「一応ね。でも、簡単ではないこともわかっているから、じっくり時間をかけてやる予定だよ」

「それでも、お父様がここの領主になるのでしょ?」

「まぁ、言いたいことはわかるよ。でも、ここは元々開放されていなかった伏魔殿だから、利益を生み出すこともなく、時折討伐隊を出さなければならなかったお荷物の土地なんだ。そこがもしかしたら開拓されると言うだけで、伯父さんには得になるかもしれない話ではあっても不利益にはならない。だから父さんに迷惑はかからないよ」


 俺としては、ちょっとした青写真があったのだが、今回のワイバーンとの戦闘で更に計画が進行した。


「難しいことはよくわからないのだけれど、あんたが一人でどうにかするということでいいのかしら?」

「そういうことだね」

「――ブリッツェン」


 軽く逡巡したエルフィが、キリッとした表情で俺の名前を呼んだ。


 うん、凛々しい表情になると姉ちゃんは美人さんだね。……なんて余計なことを考えている場合じゃないな。


「なに?」

「あたし王都に行くのを止める」

「何を急に」

「あんたが一人で開拓するのは大変でしょ。だからあたしも手伝うわ」


 また面倒臭いことを言い出したなー。でも、これは自業自得かな? 姉ちゃんにあんなことを言ったら、手伝うと言い出すのは簡単に想像がつくのに、それを考慮しないで捲し立てちゃったわけだし。


「姉ちゃんの気持は嬉しいけど、それはダメだよ」

「そもそも、開拓なんて子どもが一人でできることではないでしょ」

「俺には魔法があるから」

「あたしにも魔法があるわ」


 ホント面倒臭いな。取り敢えずこの話は一旦終わらせよう。


「そんなことより、伏魔殿の境界が消えて冒険者達が入ってきているはずだから、先に神殿の中を探索しよう」

「そんなことって……。まぁいいわ。あんたの言うとおり、先に神殿の探索しましょう」


 うん、切り替えが早くて助かる。


「確か……あっ、あそこの祠だね」

「あの祠から中に入るのよね? 神殿に務める者として、古代の神殿に入れるのは嬉しい限りだわ」


 祠とは、伏魔殿に存在する神殿の入り口である。

 古代の神殿が長い年月を経ていつしか土に埋もれたのか、はたまた何らかの意思により意図的に埋められたのか定かではないが、とにかく神殿は地中にある。

 そんな神殿だが、最上部に装飾の一部のように祠があり、その祠を玄関口として神殿の内部へと侵入できるのだ。

 そして、祠は伏魔殿のボスが存在する付近に必ずあると言われている。


「メルケルムルデの神殿にも最上階へ繋がる階段があるけれど、行き着く先は祠にあたる部分であっても、それは開放可能な小さな窓なのよ。本来は人が出入りする扉の大きさなのね」

「神殿本部を模倣しているからと言って、祠まで忠実に再現したら大変なことになるだろうね」

「どうして?」

「だって、扉を開いて一歩足を踏み出したら地面がないんだよ。そんなの落下事故が頻発して大変でしょ?」

「そ、そうよね。あの高さから落ちたら大変だわ」


 そもそも、本来ならこの出入り口はいらないはずだ。しかし、神殿が地中に埋まることが前提であれば、この出入り口が必要になる。では、神殿は地中にあることを前提に作られたのか? うん、俺は考古学者でも何でもないんだから、これは考えても仕方ないな。


 考えることを放棄した俺は、祠の扉を開いてエルフィと中へ入った。


「真っ暗ね」

「ちょっと待って。『照明』――これで大丈夫だね」

「それ便利よね」

「姉ちゃんも使えるんだから使えばいいのに」

「あんたがいなければ使うわよ! あたしのはあんたみたいに広範囲を照らせないのだから、わざわざ使う必要はないでしょ」

「そうだね。ごめんよ」


 エルフィに怒られながら、俺達は明るい光に照らされた階段を下って行った。


「ここは――」

「多分だけど二階ね」

「神殿ってあんなに大きな建物なのに平屋だと思ってたけど、二階建なの?」

「正確に言えば祠の部分が三階になるから、三階建てかしら」


 俺は神殿の関係者ではないので、神殿の詳しい構造は知らなかったのだが、吹き抜けになっている大ホール?の天井が高いことから、超巨大な平屋なのだと思っていた。しかし、実際には真ん中を除いた左右が二階建になっており、神官の一部はその二階で寝泊まりしているとのことだ。

 とはいえ、二階建にしても高過ぎる作りになっているのだが。


「宝物庫は二階にあると思うわよ」

「メルケルムルデの神殿がそうなの?」

「そうよ。それにキーファシュタットでもそうだったから、神殿自体がそう作られていると思うの」

「じゃあ、姉ちゃんは宝物庫の場所がわかるの?」

「同じであればね」


 自信半分不安半分といった感じのエルフィに指示されるまま、魔法の灯りに照らされた石造りの廊下を歩いた。


「ここだと思うわ。でも、通常は扉が閉められているのに、ここは扉があっても開け放たれているのね」

「まぁ、考えてもわからないし、せっかく開いているのだから素直に入らせてもらおうよ」

「そうね」

「ああそうだ、俺の『照明』は奥の方に飛ばしておくから、手前は姉ちゃんの『照明』で照らしてくれる」

「了解よ」


 神殿の中に魔物はいないと言われているが、お宝を守る番人的な魔物がいる可能性がないとはいえない。なので、念の為に予防線を張っておいた。


「取り敢えず問題は無さそうだね。……というか、ガラガラだな」

「少し期待外れだわ」


 明るくなった室内を見渡すと、そこに見えるのはただの空間で、とても宝物庫とは思えなかった。


「奥の方にあるのかな?」

「そうね。奥の壁には棚があるでしょうから、そこに何かあると思うわ」


 生物の気配が無いことを確認しながら奥に進むと、エルフィの言うとおり壁に棚が備え付けられていた。


「――おっ!」

「何かあるわね」


 目に映った棚の上に、何かが置かれているのを発見すると、にわかにテンションが上がってきた。

 俺とエルフィはいそいそと棚に近付き、そっと手を伸ばす。


「これは――」

「魔道具袋……かしら?」


 手にしたそれは、程よい大きさの巾着袋だ。だが、ここにただの巾着袋が置いてあるとは思えない。それであれば、この巾着袋は非常に便利でありながら希少性のある魔道具袋である可能性が高い。

 しかし、仮にこれが魔道具袋であっても、自前の魔道具袋もどきがある俺としては、少々残念な気持にならざるを得なかった。


「まぁ、俺達もこれがあれば魔道具袋もどきを使っても怪しまれないし、悪くはないよね」

「そ、そうね。それに、いくつもあるのだから、シュヴァーンの皆にも分けてあげれば喜ばれるわ」

「そうだよね」


 巾着袋が魔道具袋だと確定したわけではないが、どうやらエルフィも魔道具袋だと思ったようだ。そして、お宝が魔道具袋だったことが残念だったのは俺だけではなかったらしく、エルフィも引き攣った笑顔をしていた。


「あっ!」

「どうしたの?」

「魔道具袋の中に何か入っていないかしら?」

「――! 姉ちゃん、確認しよう」

「ええ」


 エルフィの閃きにより可能性を見い出した俺とエルフィは、祈るような気持で魔道具袋に手を入れた。

 既に巾着袋が魔道具袋で確定しているかのようなやり取りであったが、巾着袋に手をいれた途端に、この巾着袋が魔道具袋であることがわかった。


 魔道具袋の外見は巾着袋や小銭袋のように見えるが、その袋の許容量を無視した質量を保管できる。

 では、どうやって魔道具袋であるか判断するかと言えば、袋から出した物が明らかに袋に入りきれない量であったことを目にするか、自分で袋に手を入れるかのどちらかだ。

 魔道具袋の不思議なところは、質量を無視した許容量も然ることながら、袋の内部の時間が停止されることだ。しかし、もうひとつ不思議なことがあり、それは袋に手を入れただけで中に何が入っているかパッと脳内に浮かび上がることであろ。これにより、手当たり次第に物を入れて、袋の中身が何であったか覚えておく必要がなくなるのだ。


「姉ちゃん、槍が入ってる!」

「こっちは空ね」


 気落ちしたエルフィを他所に、俺はウキウキで魔道具袋から槍を取り出した。


「……長い」


 当然の結果なのだが、浮かれていた俺は失念していたのだ。


「俺の身長に合う槍なんてそうそうないよね……」


 そう、自分が低身長であることを。


「でもほら、エドワルダみたいに加工してもらうのはどうかしら?」

「エドワルダは剣だから柄だけ細くしてもらえたけど、槍はそうもいかないから」

「そ、そうよね……」


 気を使わせてしまってすまんね姉ちゃん。


「まぁ、身体が成長してから使うからいいよ」

「あっ! 伏魔殿産の武器は高く売れるでしょ?」

「う~ん、初めてのお宝だからね。できれば売りたく――」

「……どうしたの?」


 ちょっとした可能性に賭け、槍をギュッと握り魔力を流してみると、まさかの感触に絶句してしまった。


 これは……、気の所為じゃないよな。

 これはとんだお宝を拾ったのかもしれないな。


 あまりにも長い槍を見て気落ちしていた俺だが、ある可能性に気付いたことで一気にテンションが上がったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る