第四十話 真のボス
伏魔殿のボスであるオーガを仕留めた俺とエルフィは、存外余力を残していたとはいえ、それでも緊張からか必要以上に疲労していたので、今は腰を下ろして休憩していた。
ボスであるオーガからは、既に討伐証明部位の角と魔石を取ってあるが、噂に聞くボス討伐時に現れるという大きな魔石が出現していないので、出現を待ちながらの休憩でもある。
「そう言えば、オーガの肩を破壊した技は何だったの?」
「あれは、レイピアが抜けなくて焦ってしまったの。それで『風砲移速』の応用でレイピアを抜こうとレイピアの先端から風を噴出させたの。そうしたら思いの外オーガが固くて、風の量を増やしたらオーガの肩が爆ぜたのよ」
「……結果的には良かったけど、焦ったときは基本に戻って確実にできることをやった方がいいよ」
「そうよね」
焦って慣れないことをするのはより状況を悪化させる可能性がある。今回のエルフィは新しい戦法を生み出せたが、いつもそんなに上手く行くとは限らない。なので、結果的に良かったとしても、基本に忠実であるべきだとお小言はしっかり伝えた。
ちなみに、エルフィの新しい魔法は『風爆』と名付けたようだ。
「まぁ、俺も姉ちゃんに言われたとはいえ、ぶっつけでやったことのない魔法を使ったからね。人のことを言える立場じゃないね」
「あんたの場合、あれが失敗していても窮地に陥るような場面ではなかったのだから、良い意味で挑戦できたと思うわよ」
「そうかね」
「そうよ」
エルフィは何とも俺に都合の良いことを言ってくれるが、俺はエルフィのその優しい気持を素直に受け取った。
「それにしても、あの茨は凄かったわね。あたしは最初に土から飛び出た茨を想像していたのに、そこから更に棘が出るとは思わなかったわ」
「だって、茨って言われたから……。茨って蔦から棘が出てるし」
「ま、まぁ、茨も棘も同じようなものだし、結果的に良かったのだから問題は無いわね」
「姉ちゃんのいう茨って、棘だけのことを指してたの?」
「問題がなかったのだからいいでしょ」
どうやら、茨に対して俺とエルフィの見解が違っていたようだが、結果的には問題なかったのでこれで良いことにした。
「それはそうと、――」
何だこの魔力は?!
「どうしたの?」
「姉ちゃん戦闘準備!」
「え? わ、わかったわ」
さっきまでこんな魔力は無かった。これは近付いてきたんじゃなくて、今発生したんだ。
ん? ボスを倒したのに魔物が発生するのか? まだ大きな魔石を取っていないから伏魔殿が生きているってことなのか? でも、大きな魔石が何処に有るかわからないし……。
それにしても、これは完全に想定外だな。
考えても仕方ない、魔物がいるなら戦うだけだ。
「ねえ? もしかして、さっきのオーガはボスでは無かったというの?」
「わからないけど、新たな魔物が出現する。それも、さっきのオーガより魔力が多い」
「…………っ!」
俺の言葉を聞いたエルフィは何か愚痴を言おうとしたのだろうが、グッと堪えて顔を
「姉ちゃん、ちょっと拙いかも」
「何がよ?」
「魔力が多く感じられたのは、頭上……、しかも遥か上空なんだ」
「どういうこと?」
「そろそろ見えるだろうから自分の目で確認してみると良いよ。あの方向だ」
「もう、なんな……の……よ…………」
エルフィは俺が指差した右側を見ると、威勢の良かった口調が尻窄みになっっていった。
「あれに、……か、勝てる……の?」
「勝つしかないよね……」
上空には、亜竜種であり劣化竜とも呼ばれるワイバーンがこちらに近付いてきていた。
通常、竜種と呼ばれるのは、四本足の蜥蜴に蝙蝠のような羽根が生えている。
それに対し、亜竜種であるワイバーンは、二本足で羽根から鉤爪が生えている。
「どうしてこんな小さい伏魔殿にワイバーンがいるのよ……」
「失念してた。――特殊気候の伏魔殿は、小さくても伏魔殿の格が高いんだよ……」
伏魔殿の格は、通常であれば大きさがそのまま格を表す。なので、この伏魔殿は最小に近い大きさなので、格は最低のはずだった。
しかし、特殊気候の伏魔殿は、理由は不明だが大きさ以上の格があり、ボスも大きな伏魔殿と同じような魔物が務めている。
完全に忘れてた。祠を見付けたとき、小さな伏魔殿に相応のオーガが近くにいたから、すっかりあれがボスだと思ってしまっていた。
「ど、どうやって飛んでいるワイバーンと戦うのよ?」
「……」
この伏魔殿には飛行型の魔物がいない。その所為で、その対策はまったく行っていなかったのだ。
確か、ワイバーンは魔法攻撃をしてこない。攻撃手段は上空から一気に降下してきて鉤爪で突き刺してくるか、脚爪で捕まえてくるかの二択。必ず近接戦闘になる……はずだ。
降下速度がどれ程かは不明だけど、それを躱せればこちらの攻撃を叩き込むことは可能だ。戦う手段はある。
とはいえ、ワイバーンの鱗は竜種以下とはいえども、かなりの硬度があるはず。こちらの攻撃が通用するのだろうか……。
「ブリッツェン! ワイバーンが降下してきたわ」
「――取り敢えず、躱すことに集中!」
「了解」
ここは周囲が開けている。木の影に隠れることもできないのであれば、ワイバーンの速度を見極めながら躱し、攻撃の余地があるか調べるしかない。こっちの攻撃は、まずはワイバーンの攻撃を躱せると判明してから考えよう。
「くる!」
ワイバーンは翼をはためかせることもなく、一直線に俺達に向かってきた。
全長は五メートル、尻尾まで含めて十メートルってところか?! ん? 脚を少し前に出したってことは、捕まえるつもりのようだな。
集中してワイバーンの挙動を観察していると、動きはしっかり確認できていた。
これは、動きの速いエルフィに見慣れている俺からすると、十分に対応可能そうであった。俺もエルフィ並の速度で動けるので、エルフィも対応できるだろう。
「避けろ!」
タイミングを見計らって声を出した俺は、一気に地を蹴り横っ飛びした。
思いの外余裕を持ってワイバーンの攻撃を躱した俺は、反撃の隙があることも確認できた。
そしてエルフィに目を向けると、彼女もまた余裕で躱していた。
気を抜くわけにはいかないけど、躱すことだけに神経を使う必要はないな。むしろ、どう攻撃するかを考えないと……。
上空に戻るワイバーンを意識しつつ攻撃手段を考えていると、エルフィが近付いてきて話し掛けてきた。
「躱すこと自体は問題ないわね。むしろ問題はどう攻撃するか、それよね」
エルフィも俺と同じ考えだった。
「多分、姉ちゃんのレイピアではワイバーンの鱗に歯が立たない」
「でしょうね」
「だから、どうにか俺がワイバーンの動きを止めるから、それまでは回避に専念して」
「どうにかなりそうなの?」
「まだ考え中だけど、絶対に何とかするよ」
「わかったわ。あんたを信じる」
さて、大見得を切ってしまったけど、実際には具体案はまだないんだよな。どうしよう。
取り敢えず、飛ばせないようにするのが先決だよな。そうなると、羽根を潰す必要がある。しかし、ちまちまやっている余裕なんてないよな。であれば、羽根の付け根を一気にやるか。見た感じ、可動部の付け根は鱗がなかったと思う。あれなら何とかなりそうだ。
そんなことを考えていると、再びワイバーンが降下してきた。
今度もまた捕まえにくるようだ。
多分、標的の俺達が小さいから、鉤爪での攻撃ができないんだろうな。こっちからすると、脚を出そうとするタイミングで動きが遅くなってくれるので有り難い。
そう分析した俺は、ワイバーンの攻撃を躱すのではなく、一気に飛び上がりワイバーンの羽根の付け根に槍を突き刺し、『風刃改』を放った。
――ギュアアアアアアア
ワイバーンの叫び声を聞いた刹那、俺はその場を離脱した。
「おっ、バランスを崩して落下したぞ」
ワイバーンが地面をガリガリ削りながら勢いを失うのを見て、軽く気分が良くなっていた。
「まだこれからよ!」
そんな俺をエルフィが
「あれくらいではまた飛ばれてしまうわ」
「そうだね」
冷静なエルフィの言葉に、俺は再度気を引き締めた。
前方では土煙を上げながら地を滑っていたワイバーンが、
「させるか!」
ワイバーンに向かっていた俺は、先ほど傷付けた羽根の付け根に攻撃をする。
初撃ではまだ浅かった傷が、二撃目でかなりのダメージを与えたようで、僅かに血が滲んでいた負傷箇所からドクドクと血が流れ出した。
「ブリッツェン、そのまま逆も潰してしまいなさい」
「任せろ!」
エルフィにいわれるまでもなくそのつもりでいた俺は、続け様に『風刃改』で逆の付け根を攻撃した。
――ギュアアアアアアアァァァァァ
ワイバーンは悲鳴を上げるが、もはや羽根を動かせなくなっていた。
試しに、ワイバーンの背中に槍を突き立ててみたが、表面に僅かな傷を就けるに留まり、槍はポッキリと折れてしまった。
外皮というか鱗は想像以上の硬度だな。でも、腹側なら若干柔らかい気がする。それなら――
俺はワイバーンの背から降りると、地面に手をつき魔力を流した。
「いけー! 『土棘』」
オーガ戦で覚えた土の棘を、ワイバーンに腹に目掛けて作り出した。
今回は複数本ではなく、一点集中でぶっ太い一本の円錐を生み出した。
――ギュアアアアアアアァァァァァアアアアアアアア
今までで一番大きな悲鳴を上げたワイバーンは、尻尾を大きく振り乱していた。
「姉ちゃん、ワイバーンの目にレイピアを突き刺して、強力な『風爆』をお見舞いしてやれ」
「任せなさい!」
ワイバーン戦では回避に徹していたエルフィだが、攻撃に参加できなかったことでストレスでも溜まっていたのだろうか、喜々として飛び出していった。
「うりゃー!」
嫌々をするように首を振っていたワイバーンだだが、そんなことはお構いなしにエルフィは風砲移速で突っ込み、寸分違わずワイバーンの目にレイピアを突き刺した。
「ハッ!」
エルフィが気合を入れるや否や、『ドゥンッ』という重低音が響き、ワイバーンがギュワアァと断末摩を上げると、バタリと動きを止めた。
どうやら、体内までもが硬質ではないようで、エルフィの風爆はワイバーンの目から脳内を破壊したと思われる。
「姉ちゃんお疲れ」
「そうね、少し疲れたわ」
止めを刺したエルフィを労うと、かなり魔力を消費してのだろう、疲れた様子で対応されてしまった。
「ワイバーンに動き回られると、あの鱗もあって攻撃するのは大変だけど、動きさえ封じられればどうにかなるもんだね」
「そうね。あんたみたいな規格外と一緒であれば、ワイバーンはどうにでもなりそうだわ」
俺は自分が規格外だとは思わないけれど、他人からすると規格外なのかな? でも、身内にそう思われるくらいは許容範囲だな。
そんなことを思いつつ、真のボスであるワイバーンを仕留めた俺達は、緊張を解きほぐし、暫し身体を休めるのであった。
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