第三十四話 祈れば神が応えてくれる

「ブリっち」

「――ん、……」

「起きて」

「んぁ……お、おう……」

「スープ温めておいた」

「ん~、……ありがと」

「ボク寝るよ」

「おう、お疲れ」


 エドワルダを連れて専用伏魔殿に入るようになってから一ヶ月弱、才能の塊であるエドワルダは、エルフィの予想どおり魔法制御にも才能を発揮し、今では野営の番を任せられる程である。


 覚えたての頃こそ、エドワルダは魔力素切れを起こしていたが、それは魔力制御ができていなかったのではなく、『次で切れる』と宣言してから倒れるくらい、残量管理ができていた。

 しかし、結果的に魔力素切れを起こしているので、それでは正しい意味で残量管理ができているとはいえず、当然泊まり込みもできるはずもなく、当初は日帰りであった。


 十日目くらいからだっただろうか、エドワルダは肉体強化のコツを掴んだようで、魔力素切れを起こさずに一日を終えることができるようになった。

 それからは索敵系に力を入れており、まだまだ索敵可能範囲は狭いものの、元から野生の勘のような索敵能力があったためか、既に初心者の頃の俺より索敵能力は上だろう。


 早く身体強化も教えろとエルフィは煩かったが、幾ら才能の塊でもそれは無理だ。

 しかし、不慣れな肉体強化を先にしっかり覚えれば、身体強化は魔術で慣れていることもあり教えればすんなり覚えるだろう。なので焦る必要はない。

 まずは肉体強化、ついで身体強化、そして同時発動と、ひとつずつ段階を踏みながらしっかり覚えて欲しい。

 そもそも、一ヶ月弱でここまで成長したエドワルダは素直に凄い。だからこそ、一つ一つ丁寧に確実に、しっかり身につけて欲しいと思う。


 こんな感じで、退屈な夜番の時間は色々と思い出したり考えたりすので、あながち無駄な時間でもなかった。


 ちなみに、野営では約八時間の睡眠時間があるのだが、魔力素の全回復に連続睡眠四時間を必要とすることを考慮し、一人は前半四時間、一人が後半四時間、一人は夜番無しとしていた。


 さて、今日は伏魔殿から数日ぶりに出て帰宅する。明日は一日休みにしたし、明後日から旅が始まる。気を抜いて怪我とかしないように心掛けよう。


 明後日から八月となり、エルフィの長期休養が終わる。それに伴い、九月から上流学院の後期授業が始まるエドワルダを一ヶ月掛けて王都に送りながら、その期間に色々教えるつもりなのだ。

 エルフィは、更に休暇を延長して風砲移速魔法を伝授する、などと言いい出したが、これ以上の連休は流石に拙いので諦めさせた。そもそも一ヶ月かけて王都に向かうのだ、帰りを考えると一ヶ月の延長では済まない。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ふぁ~、やっぱ家は落ち着くなぁ~」

「あんた、明日は休みだからって夜更かししないようにね」

「はいよ~」


 伏魔殿からの帰路は何ら問題なくサクサク進み、伏魔殿を出る前にオークの調理ができるくらいの時間的な余裕があった。

 帰宅後も水浴びと夕食をさっさと済ませ、久々の寝台でゴロゴロしていると、ゴワゴワする藁布団でも快適に感じていつしか自然と眠気が襲ってきた。



「ブリッツェン、起きなさい」

「――んぁ……おはよ……」

「あんた、また服を着たまま寝たの」

「脱ぐの面倒だし」

「底辺でも貴族は貴族なのだから、あまりダラシないのは許さないわよ」

「はいはい」


 いやはや、なんで服を着たまま寝るのがダラシないのかねぇ。服が皺になるとか? いやいや、そんな上等な服じゃないし。

 しかし、全裸で寝る習慣には慣れたつもりだったけど、野営で着衣のまま寝ることが増えたから、わざわざ寝るときに全裸になるのが面倒なんだよな。


「ほら、いつまでも寝ぼけていないで、シャンとしなさい」

「今日は休養日なんだから、ダラダラしててもいいでしょ」

「はぁ? あんた、自分で回復魔法を覚えたいって言っていたでしょ?」

「いや、俺も覚えたいなーって言っただけだし……」

「だから、あたしが教えてあげるってことになったでしょ!」


 いやいや、確かに覚えたいけど、教えて欲しいなんて一言も言ってないのだが。


 なぜか俺は回復魔法をないがしろにしていた。

 魔法を覚えてから俺は禄に怪我をすることもなく、ちょっとした怪我とも言えない傷は過保護な姉達に『聖なる癒やし』で治され、筋肉痛的な痛みは筋肉の成長のために放置し、疲労は寝れば回復する。シュヴァーンで活動していても、誰かが怪我をすればエルフィかイルザが治してしまう。これでは回復魔法の重要度が低くても仕方ないだろう。

 アンゲラやエルフィに光魔法の回復を覚えて貰ったとき、俺も一緒に覚えれば良かったのだが、当時は他の魔法を覚えるのに夢中でそこまで余裕がなかった。

 しかし、明日からはエドワルダと王都に向かう旅を始める。

 これが俺だけなら、回復魔法を必要だとは思わなかっただろうが、エドワルダが怪我をした場合などに大変だ。

 それを考えたら、俺も回復魔法を覚えた方が良いと思ったのだが、俺は無意識に考えを口に出していたようで、その言葉をエルフィに拾われてしまい、なぜかエルフィに教わることとなった。


 無意識に独り言を言う癖がまだ直らないんだよなぁ~。こういった面倒もあるから直したいとは思うけど、長年培った癖だけに、なかなか直らなくて困るよ。


 しかしなんだ、高卒で授業も一生懸命受けてなかった俺だけど、それでも人体については姉ちゃんより詳しいと思うんだ。そうなると、イメージを具現化するのが魔法である以上、姉ちゃんより俺の方がより明確なイメージができるはずだから、わざわざ教わる必要なんてないんだよな。


 ――そう思っていた時期が俺にもありました。


「あんた、本当に光属性の適正があるの?」

「あるはずなんだけど……」

「それなら、ちゃんと神に『この傷を治してください』って心の底から祈ってる?」

「いや、そんなんじゃ治らないし……」

「だから、あたしはそうやって治しているのよ」

「それがおかしいんだよな」

「おかしいのはあんたの頭よ!」


 エルフィより人体を理解しているはずの俺は、小さな傷の一つも治せずにエルフィから罵倒されていた。


 何故だ!? 切り傷から血が出てるってことは、皮膚が裂けて血管が切れてるってことだろ? だったら、血管を繋いで皮膚も繋がれってイメージすれば治るんじゃないのか?

 何だよ、『この傷を治してください』って、『神に心の底から祈る』って? そんなんで治るなら、誰だって一生懸命神に祈りを捧げるだろ!


 ――? あれ? 確か光と闇の属性って、神から与えられる加護だとかって師匠が言ってたけど、あれは迷信じゃなかったのか?!


「姉ちゃん」

「なによ馬鹿」

「馬鹿って……。それより、回復魔法って本当に神に祈ってるの?」

「当然でしょ」

「マジかよ……」


 もしかすると、本当に神の力で治して貰っているのかもしれない。

 でも、光って便利そうだから、光魔法で灯りが出せないかと思って『照明魔法』を作ったけど、神に祈らなくても作れたんだよな。なんでだろ?

 あれか、怪我を治すのって人体を修復する行為だから、それは人体に手を加えるってことになる。そんなのは人間如きがして良い行為ではないから、神にお願いして治して貰う。だから光属性が使えるのは、神に選ばれし人間、ってことか?

 で、医療行為以外の照明とかは単なるオマケとか?


 良くわからんが、実際に使える姉ちゃんがそう言うんだから、ここは素直に従ってみよう。


「神様お願いします。この傷を治して下さい。お願いしますお願いします。何でもしま――」

「ほら、しっかり祈れば神が応えてくれるでしょ」

「マジで治ってる……」


 本当に人体の構造がどうたらとか関係なく、治して欲しいと本気で神に願ったら治っちゃったよ。

 ホント、この世界がわからない……。でも、祈りに応えて怪我を治してくれる神がいる世界って、なんだか嬉しいな。


 俺はそんなことを思い、心がポカポカと温かくなる感じを味わっているというのに、それをぶち壊す輩がいた。


「次は骨折を治す練習をしましょ。エドワルダ、ブリッツェンの腕を折って」

「分かった」

「ちょっおまっ……、なに物騒なことを言ってんだ姉ちゃん。エドワルダも簡単に返事するな」


 魔術の『聖なる癒やし』は他人に施すもので自分を治せないが、回復魔法は自分にも効果がある。そんなわけで、俺は自分で自分の腕にナイフで軽く傷を作って回復魔法の練習をしていたのだが、アホな姉はエドワルダに俺を骨折させて、それを治す練習をさせようとしている。


「俺は神殿で熱心に祈りを捧げているわけではないけど、毎晩のお祈りは欠かしたことがないんだ。だから今も姉ちゃんに言われたとおり真剣にお願いしたら傷を治せたろ? 大丈夫、もうコツは掴んだ。骨折を治す練習は必要ないよ」

「それはわからないわ。切り傷は治せても折れた骨は繋げられないかもしれないでしょ? ぶっつけ本番で失敗しないように、事前に練習をしておくべきだわ」


 姉ちゃんの言うことは尤もだ。だからって、繋げる練習のために骨を折る? 揶揄では無く物理的に骨を折るとか、そんなの正気の沙汰ではないよ。

 そもそも、魔法は集中力を必要とする。そうなると、骨折の痛みで集中などできないだろう。それは即ち、練習にならないということだ。

 しかしそれをいうと、『痛みに耐えて集中する練習をすべきよ』などと姉ちゃんなら言いそうだ。

 ここは懐柔作戦でいこう。


「姉ちゃんの言葉は本当に為になるな。ありがとう」

「どういたしまして」

「だから、姉ちゃんの言葉を心に刻み込むために、今日はもうその事だけを考えていたいんだ」

「そんなのはいいから、早く練習を――」

「ちょっと疲れちゃったから休みたいな。そうだ昼寝をしよう」

「あんた何――」

「明日から旅だから姉ちゃんと離れ離れか。寂しいな……。」

「そうね……」

「そうだ、一緒に昼寝をしよう。姉ちゃんの温もりを忘れないように一緒に昼寝がしたいんだ」

「し、仕方ないわね……」


 よし、これで骨折回避だ。

 姉ちゃんは世間じゃ銀の聖女なんて呼ばれてるけど、実はただのポンコツなんだよな。


 緊急事態を何とか乗り切った俺は、予定どおり休日をダラダラ過ごす時間を獲得した。

 ただし、エドワルダの無表情は寂しさを纏わせている様に感じたので、明日からの旅では優しくしてあげようと思った。


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