第十二話 魔獣の肉が食べられる
「伏魔殿の初陣で、この様な圧勝とは。若いパーティではあるがシュヴァーンは大したものだ」
戦いを見守っていた教官のクーノから賞賛された俺達は、素直にその言葉を受け取り喜んだ。
「しかし、まだ終りじゃないぞ」
そうだった。まだ浮かれちゃダメだ。
そう、魔物……ゴブリンの討伐は、討伐証明部位である左耳を削ぎ取り、魔石の回収が終わってやっと終了なのである。ここで魔石を先に取るような凡ミスをするわけ
にはいかないし、ましてや何も回収しないなどあってはならないのだ。
「先ずは左耳の回収だけやって、魔石は後回しで」
ちゃちゃっと指示を出して五体のゴブリンから左耳を剥ぎ取ると、いよいよ魔石の回収となる。
魔物の魔石は、余程の例外を除いて右胸部――すなわち心臓の逆側にある。
「う~ん。やはり気分が悪くなる作業だな」
慣れる必要を感じていた俺は、醜悪な顔に緑の肌ではあるが自分とあまり身長の変わらない人型の魔物であるゴブリンの胸をナイフで開き、魔石の取り出し作業を行ったのだが、何とも言えない気分になった。
「やはり辛そうね」
「辛いっていうか……、いい気分じゃないね」
魔石を取り出した俺に、エルフィが小声で心配するように話し掛けてきた。この辺がポンコツであっても姉であるエルフィの優しさなのだろう。
「よし、シュヴァーンの回収も終わった。次の獲物を探すぞ」
教官クーノの声で、俺達は再び獲物を求めて探索を始めた。
一度とはいえ魔物を狩った俺達は、数日後に卒業検定を迎えるベテランパーティの皆に少しでも狩りをしてもらおうと、今回は見学に徹することにした。
見学ではコボルトとアルミラージの討伐も見たので、探知魔法ではこの二種も気配がわかるようになった。
「よーし、今日の狩りは終了にしよう」
「お疲れ様でしたー」
クーノの一声で今日の狩りは終了した。
「ん? 狩りは終了?」
「どうかしたっすか?」
通常、教官は『実習訓練終了』と言い、『狩りは終了』という言い方はしない。俺はクーノのその言い方が気になった。
「今日はアルミラージが取れたからな。伏魔殿ならではの味を堪能しよう」
「魔物が食べられるのですか? いや、噂話では聞いたことがありますが、御伽噺程度に思っていたので」
俺はクーノの言葉に驚いた。なぜなら、魔物の肉は例え魔石を剥ぎ取る前に切り分けたとしても、原型を留めず魔素に戻ってしまう。そのため、食べるのは不可能とされているからだ。当然だが、座学でも教わっていない。
「魔物の肉は伏魔殿から出すとすぐに消えてしまうが、伏魔殿の中であれば徐々に消滅していく。だから、伏魔殿の中であれば食べることは可能なのだよ」
ただし、食べられるのは獣型である魔獣だけで、人型のゴブリンやコボルトは食用に適さないとのだった。
ちなみに、アルミラージは角の生えたウサギのような魔獣である。
「元が魔素である魔物を食べてぇ、お腹の足しになるのですかぁ?」
「どうして食べられるのかわからんが、実際に食べればしっかり腹は膨れる。しかも美味い!」
些事は抜きにして、食べられるのは事実のようだ。
ベテランパーティは当然この事実を知っているようで、持ち込んでいた調理器具を使ってアルミラージを焼き始めた。
調味料は塩だけであったが、鼻を擽る香りが立ち込めてくると、それだけで美味そうに感じる。
ベテランパーティは、俺達にもアルミラージを振る舞ってくれた。
「いただきます」
ただ塩を振って焼いただけのアルミラージに齧り付く。
「美味い!」
若干の生臭さは感じたが、塩だけの味付けにも拘らず、アルミラージの肉その物の旨味が溢れ出てきて俺の舌を楽しませてくれる。
「魔物ってだけで敬遠したくなるけど、これはメチャクチャ美味いっす」
「肉質が少しプニプニした感じでぇ、この食感も良いですぅ」
「イノシシやシカより美味しーよー」
「美味」
「アルミラージを仕留めた後に、すぐに血抜きを始めたのを見て不思議に思いましたが、こうして食すためだったのですね。納得いたしましたわ」
シュヴァーンのメンバーが思い思いに感想を語っていたが、「美味い!」しか言えなかった自分が少し恥ずかしくなった。
「最初に魔物を食べた人は凄いねー」
「そのお陰で美味しいお肉を食べられるのですもの。その方に感謝ですね」
ミリィとエルフィがそんな会話をしていた。
確かに、先駆者がいるお陰で俺達は安心して魔獣を食べることができている。そして、何事も経験と言えども、自分が先駆者になるのは少々キツいな、と俺は思った。
「リーダー、自分達も調理器具を用意するっす」
「伏魔殿の中でしか食べられないんだったら、当然持ってくるしかないよな」
「そうっす」
俺自身は料理が得意なわけではないが、調理器具があれば誰かが調理してくれるだろうと思い、調理器具の持ち込みには大賛成だった。ただ、塩だけでは少々物足りないのと、できれば臭みを取り除きたいので、値が張る香辛料ではあるが私財を使ってでも必ず用意しようと思う。
その後、すっかりアルミラージを堪能した一行は、伏魔殿の中であるというのにほくほく顔で些か緊張感に欠けてはいたが、無事に伏魔殿から出てきた。
「いやー、それにしても美味かったっす」
「まさか魔獣が食べられるとは驚きでしたぁ」
「しかも美味しー」
「また食べる」
「じゃあ、調理器具は皆に任せるね。俺は姉ちゃんと香辛料を買っておくよ」
未だにほくほく顔のシュヴァーンの四人に調理器具を買うお金を渡し、俺はエルフィと香辛料を購入して寄宿舎へ戻った。
「それにしても、アルミラージは美味しかったね」
「そうね。でも、あれが伏魔殿の中でしか食べられないのは勿体無いわね」
「う~ん、でも、伏魔殿から出したら消えちゃうんだから、それは仕方ないよね」
「冒険者の特権というのかしら」
「そうだね」
俺達もシュヴァーンの四人と同じように、頭の中はアルミラージで一杯だった。
「――はっ!」
突然、エルフィが『閃いた!』、と言わんばかりの顔で俺を見てきた。
「もしかしたら、調理して魔道具袋に入れておけば、伏魔殿の外でも食べられるのではないかしら?」
「それは俺も思ったけど、伏魔殿から出したら消えてしまうのでは、魔道具袋から出した途端に消えちゃうと思ったんだよね」
「でも、伏魔殿の外では消えてしまうと言うけれど、瞬時に消えるとは言ってなかったわよね?」
「いや、すぐに消えてしまうと言ってたよ」
「すぐって言うのは一瞬なの? もしかしたら、咀嚼するくらいの時間があるかもしれないわ。それなら、一口大に加工しておけば伏魔殿の外でも食べられるかもしれないじゃないの!」
「…………」
以前のエルフィは食事に口煩い人ではなかったのだが、俺がお金を渡し、親元を離れてキーファシュタットで暮らすことで買い食いなどをするようになった。すると、あれが美味いこれが美味いとなってしまい、今では美味い食べ物に目がないグルメな人となってしまったのだ。
「一応、明日の伏魔殿でアルミラージが狩れたら、試しにどのくらいで消えてしまうか確認はしてみるけど、過度な期待はしないでね」
「大丈夫よ! 一瞬でなければどうにかなるわ!」
「そうだね……」
まぁ、試してみればわかることだから、結果が出るまでは放っておこう。
「じゃあ、今日はもう寝て明日に備えるわよ」
「はいはい」
「その前に洗浄魔法をお願い」
「姉ちゃんも使えるでしょ」
「あんたの洗浄魔法の方が臭いが取れるのよ」
「練習しないと上手くならないよ」
「それなら、あたしが自分でやった後にあんたがもう一度やってよ」
「わかったよ……」
すっかり俺を便利屋扱いするエルフィだが、それでも俺を心配したり可愛がってくれる大切な姉だ。そのエルフィの可愛い我儘を叶えてあげるのは、弟である俺の義務と割り切り極力聞いてあげているのだ。
それにしても、アルミラージに夢中になって忘れていたけど、俺はゴブリンを仕留めたんだよな。でも、胃が酸っぱくなる思いをしたのに、それを忘れてアルミラージを食べられたんだ。もしかすると、ゴブリンを倒すのは俺にとって大した問題じゃなかったんだろうな。
何事も経験で克服できる、改めてそう感じた俺は、ゆっくりと眠りに就いたのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やったわブリッツェン」
「まさかの結果にビックリだよ」
昨日食べたアルミラージの虜となったエルフィが、どうしても伏魔殿の外でも食べたいと言い張るので、こっそりと加工前の肉と加工後の肉を魔道具袋もどきにしまっていた。
寄宿舎の部屋に戻り、加工前のアルミラージの肉を魔道具袋もどきから取り出すと、案の定即座に消えてなくなってしまった。
この結果は想定していたので、『やっぱりな』程度に思っていたのだが、何と加工後――つまり、焼いたアルミラージの肉は、結構な時間放置して『小さくなったかな?』と思うくらいのゆったりとした速度で小さくなっていた。
この結果にエルフィは大満足で、満面の笑みを浮かべて大ハシャギしている。
「これでいつでもアルミラージが食べられるわ」
「でも、魔道具袋もどきのことはシュヴァーンの皆も知らないんだから、魔道具袋もどきに溜め込むのは無理だよ」
「そ、そうだったわね。となると、冒険者学校を卒業してから一人で伏魔殿に入ってアルミラージを狩って調理もしないといけないのね」
「まぁ、そうなるね」
「ぐぬぬ……」
予期せぬ結果に浮かれていたエルフィだったが、現状はその恩恵を受けられない事実に気付き、先程までの上機嫌から一転、悔しさを滲ませた表情に変わっていた。
姉ちゃんは相変わらずポンコツだな……。
「まぁ、いいわ。今は現地で食べられるのだから、お持ち帰りは必要になったら考えるわ」
「それでいいと思うよ」
これで、エルフィのアルミラージを魔道具袋で持ち帰える件は、お持ち帰り可能と判明したので一先ずは解決した。
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